home > 通信 >現象は経過である(PFNM):『アセンション館通信』第1019号



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2023/10/29(第1019号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

 〈自己〉は展開する宇宙的ドラマの壮大なショーを生み出し、
 それを観ながら、そのなかに、そしてそれとして現れているが、
 それは夢を見ている人が自分の夢を作り出すと同時に
 それを見ながらそこに出演しているのと同じだ。
 (『夢へと目覚める』レオ・ハートン)
 
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。
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◇◇ もくじ ◇◇

1.現象は経過である(PFNM)

2.編集後記
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■1.現象は経過である(PFNM)
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今日も秋らい一日でした。

このごろまた柵のなかに動物が入っていて

ツワブキの茎がきれいに食べられていました。

すべては夢のなか。

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”と

“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。

『アセンション館通信』配達人のpariです。

この永遠の<今>を

あなたはいかがお過ごしですか?

半年ほど前、

友人から神人(かみひと)さんという

霊能者の存在を教えられました。

いくつか動画を見せていただいたり、
https://www.youtube.com/hashtag/大日月地神示

ミュージシャンKENJINさんの演奏をきかせていただいたり
http://www.ken-jin.com/

していました。

まだ前半だけですが『大日月地神示【前巻】』

も読ませていただきました。

ずいぶんどっしり内容が詰まって、

艮の金神様の歓びが伝わってくる感じです。

世の中への伝わり方も、

岡本天明さんの『日月神示』ころとは

ずいぶん様相が違ってきましたね。

現在の丹沢山麓に移住するきっかけになった

架空さんが降ろされた

『火水伝文(ひみつつたえふみ)』

のころの動きとも時代が違うようです。

『火水伝文』は地球の主宰神である

国常立大神のご神示と伝えられましたが、

『大日月地神示(おおひつくしんじ)』は

「大銀河霊団」を意味する大日月地大神御霊

のご神示ということのようです。

地球はある意味でかなり特殊な星でもあり、

また今回のことは

大宇宙全体の大きなイベントなのでしょう。

いい時代になりそうですね。

「では、いつからそうなるかは、
 それぞれの御魂に応じて既に始まっておるのじゃ。」

ということのようです。

個々人にそれがすんなり起こるかどうかは

また別のことだということでしょう。

そういうわけで、

この身に起こる未来のことは

あまり心配する必要はなさそうです。

いまこの瞬間の明白な真実について

ラメッシ・バルセカールが伝える

マハラジの最期に近い

ある日のメッセージを聞きたいと思います。

ラメッシ・バルセカールは

マハラジの当日の様子をこう伝えています。

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       ****    
 
 1981年7月12日日曜日──
 いつものようにマハラジはベッドに寝ていて、
 彼の忠実な帰依者であり、
 付き人であるアナに
 マッサージをしてもらっていました。
 彼はたいてい口から荒い呼吸をして、
 ほとんど眠っているように見えました。
 それから突然彼が体を起こそうと奮闘したので、
 まわりが助けて、
 リクライニングの体勢になり、
 枕を背にして深く後ろに寄りかかりました。
 彼は話し始め、
 その声は驚くほどしっかりしたものでした──
 
 『ニサルガダッタ・マハラジが
  指し示したもの』(p304)
──────────────────

起き上がったマハラジが語ったのは

こんなことでした。

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 私が言いたいことは、
 もしそれが直感的に認識されさえすれば、
 驚くほど単純なことだ。
 その面白い点は、
 「聞き手」が不在であるときだけ(!)、
 それは直感的に認識されえるということである。
 そのとき、
 認識することだけが残り、
 あなたがその認識することそのものなのだ。
 
 『ニサルガダッタ・マハラジが
  指し示したもの』(p304-305)
──────────────────

マハラジが伝えようとしていることは

「聞き手」が不在であるときにしか

その真の伝達が起こることはありえない。

なにか重要な話が伝えられると思って

伝えられるそのメッセージを理解しようと

聞き耳を立てている「聞き手」には

絶対に伝わりえないのだ、と。

「聞き手」が不在であるとき、

語られたその言葉は

探求者不在のその純粋な認識空間のなかで

直感的に認識される。

そのとき認識が起こっているその空間があなただ。

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 起こることは、
 非現象の絶対が現象の中に
 自分自身を表現しているということだ。
 現象化は無数の形態を通じて起こる。
 意識は一つひとつの形態を通じて機能し、
 それぞれの形態の行為と働きは
 一般的にその形態が所属する種類
 (それが惑星であれ、昆虫であれ、
  ライオンであれ、人間であれ)
 の基本的性質、
 つまり、
 特にそれぞれの形態の基本的要素の
 特定な組み合わせに従っている。
 
 (まったく同じ二つの指紋がないように)
 どんな二人の人間も同じではない。
 なぜなら、
 八つの面(五つの基本的元素と三つのグナ)
 の無数の順列と組み合わせの結果が
 無数の形態を生み出し、
 まったく同じ二つの性質の形態はないからである。
 そういった無数の形態は
 現象化のプロセスでたえず創造され、
 破壊されている。
 
 『ニサルガダッタ・マハラジが
  指し示したもの』(p305)
──────────────────

(意識の見かけである)現象が起こるということは、

実在である<気づき>という非現象が

現象の中に自分自身を表現するということだ。

この現象化には多種多様な形態がある。

たとえば、惑星という形態、

たとえば、昆虫という形態、

たとえば、ライオンという形態、

たとえば、人間という形態というふうに。

その多種多様な形態のなかで

機能しているのは同じ意識だ。

そしてそれぞれの形態のふるまいや働きは

その形態が属する種類の基本的性質に対応している。

特に、

それぞれの形態固有の基本的要素の

可能なバリエーションの範囲内にあると言える。

基本的要素の可能な組み合わせに従っているのだ。

基本的要素の可能な組み合わせが膨大になれば

現象化の形態の種類も膨大なものになる。

まったく同じ二つの指紋がないように、

どんな二人の人間も同じではない。

人間の形態を構成しているのが八つの面

(五つの基本的元素と三つのグナ)だとすれば、

その無数の順列と組み合わせの結果は

無数の形態を生み出すことになり、

二つとしてまったく同質の形態はない。

現象化のプロセスの中では

そういった無数の形態が

たえず創造されては破壊されている。

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 現象のこのプロセスの明確な認識は
 次の理解をもたらす。
 (a)個々の形態との一体化という問題は
   本当は何も存在しない。
   なぜなら、
   この現象のまさに基本は
   (一つひとつの形態の)経過であり、
   経過とは時間の観念であるからだ。
 そして
 (b)私たちの本質はこのショーの観照である。
 言うまでもなく、
 観照を起こるのはショーが続いているときだけであり、
 ショーは意識があるときだけ続くことができる。
 そして、
 誰がこのことすべてを理解するのだろうか?
 もちろん、
 意識が自分の源泉を求めようとしているのだが、
 それを見つけることができないのは、
 探求者が求められているものであるからだ。
 この真理の直感的認識が
 究極的で唯一の「解放」であり、
 そして、
 「予測のつかないこと」とは、
 「解放」さえ観念であるという事実である!
 さあ、
 家へ帰って、
 このことを深く考えてみなさい。
 
 これらの少数の言葉を話したあと、
 マハラジは完全に疲れ果て、
 ベッドに横たわりました。
 彼は弱々しい声でこう付け加えました。
 「今朝私が言ったことが、
  人が知る必要がある真理のすべてだ」
 
 『ニサルガダッタ・マハラジが
  指し示したもの』(p305-306)
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この現象化のプロセスが明確に認識されると

次の二つの理解が起こる。

ひとつは、

(a)個々の形態に一体化するということは
   実際にはまったく問題にならないということだ。

   なぜなら、現象というのは
   何らかの形態の経過に関わることであり、
   
   経過とは時間の観念だからだ。
   
   つまり、何らかの形態に一体化するとは、
   観念に一体化することでしかないわけだ。
   
   それは単なる観念的想像にすぎないのだ。

もうひとつ自明になるのは、

(b)私たちの本質はこのショーの観照である、

   という理解だ。

言うまでもなく、

観照を起こるのはショーが続いているときだけだ。

またショーは意識があるときだけ続くことができる。

では、

誰がこのことすべてを理解するのだろうか?

明らかに

意識が自分の源泉を求めようとしている。

しかしそれを見つけられないのは、

そこで求められているのが探求している当人だからだ。

非顕現である<気づき>が

現象という認識の対象物のなかに自らを探すかぎり

それを見つけることはできない。

非顕現である<気づき>が

認識の対象物として現象内に現れることは

絶対にありえないからだ。

この真理を直感的に認識することが

究極的で唯一の「解放」だ。

そして、

これは探求者には「予測できないこと」だが、

その「解放」さえも観念だということだ。

なぜなら、

現象のなかに束縛されている者は

存在していなかったからだ。

マハラジが最後に弱々しい声で付け加えたのは、

「今朝私が言ったことが、
 人が知る必要がある真理のすべてだ」

という言葉でした。

(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
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(-||-)

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 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
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……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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読み物として面白ければと思っています。

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■ 2.編集後記:
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ラメッシ・バルセカールが伝えてくださる

マハラジの言葉は単純です。

しかしそうではあっても

マインドがそれを受け取ることはできません。

それを受け取るマインドはありえませんから。

マインドの消滅を

マインドが望むことはありうるでしょうか?

(-||-)

今日も晩くなりました。

おやすみなさい。

<(__)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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