home > 通信 >注意を向けるものが栄える:『アセンション館通信』第1077号



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2024/12/08(第1077号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。

 あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
 それを得たり、培ったりする必要はありません。
 あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
 注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。

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◇◇ もくじ ◇◇

1.注意を向けるものが栄える

2.編集後記
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■1.注意を向けるものが栄える
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現象世界はものすごい速さで

まるでコマ落ちで変化するような様相ですね。

いま日本のお隣の国韓国では

「戒厳令」発出して失敗した

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の

弾劾議案の採決が行われているようです。

そういう時期なのですね。

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”と

“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。

『アセンション館通信』配達人のpariです。

この永遠の<今>をいかがお過ごしでしょうか?

尹(ユン)大統領は

戒厳令の発布を急ぎすぎたのか

軍隊への根回しが充分でなかったようです。

その戒厳令は議会を封鎖できずに事実上失敗し、

大統領はわずか6時間後には

戒厳令の解除に追い込まれました。

この戒厳令に関しては

韓国国民の7割が今回のクーデターを

「内乱罪に該当する」と回答しているのだとか。

この今回の韓国の戒厳令については

日本のサイバー空間でも

さまざまな見解が露出しています。

実際、これまでの例から見るかぎり、

韓国の大統領の方々は

あまり有終の美を飾れないことが多いですね。

どうも大統領の近辺で汚職が起こることが多く、

あるいは何らかの腐敗が暴露されたりして、

途中から政治的反対勢力からの

一種の復讐劇のようなことが起こるようです。

韓国の方々は自分たちが選んだ大統領を

最後には引きずり下ろしたくなるのでしょうか。

個人に一種の精神年齢的時期があるように、

社会集団にも

そのような集合意識的精神年齢の時期があると

考えるべきなのでしょうね。

そういった精神年齢の社会的集合意識にとっては

そのような不満の事態を呼び寄せているのが

自分たち自身(の思考・執着・拘り)だとは

なかなか気づけないものなのでしょう。

自分(pari)が不幸だったころのことを考えても、

その不幸は自分(の理解)が呼び寄せており、

自分(の理解)がその不幸に執着しているのだとは、

とうてい理解できなかっただろうと思います。

結局のところ、

この宇宙では誰一人として他人の犠牲になど

なっていないというわけです。

「自分」も「他人」も

ただの想像でしかいないのですから。

個々の意識エネルギー(と感じられたところ)に

そのような現実を幻出する……。

宇宙というのはそのための仕組みなのでしょう。

ルパート・スパイラが言うところの

【私たちが注意を向けるものが栄えます。
 私たちが注意を向けるものが
 私たちの現実になるのです】

ということなのでしょう。

このことがあまりにも自明の理として

納得されてくる瞬間には、

まあ、不幸になることは不可能です。

自分が【注意を向けるものが栄える】と知っていて、

わざわざ「不幸」を選択するのは不自然ですから。

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 平安と幸福のない状態は
 苦痛や不幸の体験として知られ、
 そこから回復するための模索を伴います。
 苦しみながらも、
 平安や幸福を求めない、
 ということはないはずです。
 
 『プレゼンス―第1巻』(p129)
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【苦しみながらも、
 平安や幸福を求めない、
 ということはない】ように、

自分の「こだわり」こそが

不幸を掴んで離さない張本人だとはっきり知りながら、

なおもその「こだわり」(対象物)を

掴みつづけることは起こらないでしょう。

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  【幸福は最も高度な、スピリチュアルな実践である】
 
 
 質問:
 体験の真の性質を実現するために、
 見かけ上の個人にできることは何もない
 と言う教師が多くいます。
 本当でしょうか?
 
 
 もしそこに分離、
 つまり「私」は体の内に、
 体としてあるという信念と、
 より重要なことに感覚があるのなら、
 その信念と感覚は、
 体験の現実を覆い隠し、
 分離した自己が「ここに」あり、
 分離した対象物、他者、世界が
 「そこに」あるように見せているはずです。
 
 『プレゼンス―第1巻』(p284)
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自分は「分離した自己」として身体の中いる

という信念と感覚があるかぎり、

実際の体験の現実は覆い隠されてしまう。

そして分離した「対象物」「他者」「世界」が

身体の外に(外界として)あるように見えてしまう。

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 私たちの真の性質が
 一見したところ覆い隠されることで、
 それに本来備わる平安と幸福もまた
 覆い隠されてしまいます。
 覆い隠されることは、
 悲しみ、苦しみの体験であり、
 苦しみには幸福の追求がつきものです。
 
 幸福を求めることがなければ、
 言い換えるなら、
 もし現状に完全に満足していれば、
 そこに苦しみはありません。
 
 『プレゼンス―第1巻』(p284-285)
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すべてのあらわれに気づいている

「気づき」こそが本当の自分だという真実が

(見た目の上で)覆い隠されると、

「気づき」に本来備わる平安と幸福もまた

覆い隠されてしまいます。

この「気づき」に本来備わる

平安と幸福が覆い隠されることが

悲しみの体験、苦しみの体験なのです。

そして苦しみの体験があるかぎり

幸福を追求することは避けられません。

「分離した自己」という観念自体が、

「気づき」本来の平安と幸福を覆い隠し、

平安と幸福が覆い隠されること自体が

悲しみと苦しみの体験なのです。

またそこに悲しみと苦しみの体験があるかぎり、

<いま・ここ>に現存する幸福を否定し、

それを“将来の・どこかに”投影して、

その未来の幸福を追求する活動に入るでしょう。

それが悲しみ、苦しみの体験なのです。

もし幸福を追求していないのなら、

つまり、現状に満足しているのなら、

そこに苦しみはないわけですから。

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 このため、
 「幸福を覆い隠すこと」、
 「苦しみ」、
 「幸福の追求」は、
 どれも同じです。
 この追求に与えられた別の名前が、
 「分離した自己」です。
 この分離した内側にある自己は
 実体ではありません。
 それは抵抗し模索する活動そのもの、
 つまり苦しみの活動です。
 
 『プレゼンス―第1巻』(p284-285)
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ということは、

「分離した自己」という観念こそが

「幸福が覆い隠すこと」であり、

「苦しみ」であり、

「幸福の追求」なのです。

それらはすべて同じものです。

実際の体験に即して言うなら

身体の内側にいる「分離した自己」とは

単なる架空の想像でしかありません。

「分離した自己」に実体は存在せず、

実際にそういうものを体験することはありません。

要するに、

「分離した自己」とは、

抵抗し模索する活動そのもの、

苦しみの活動そのもののことなのです。

そして宇宙とは、

真の実在である「気づき」が

「認識し」(「愛し」)、

「受け容れ」た想像が

「あらわれ」として実現した姿のことなのでしょう。

(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
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(-||-)

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 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
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……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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読み物として面白ければと思っています。

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■ 2.編集後記:
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これまでの生き方の惰性で

われわれはついつい心理的に、

つまり思考に何かを求めてしまいます。

この思考に何かを求めてしまう癖、

この習慣化した

現状に抵抗して、

未来に幸福を求めて模索することが、

すでに存在している幸福を覆い隠し、

悲しみと苦しみを現実化するという

活動になっているのですね。

「あらわれ」の中に

「幸福」の幻を追い求めることが

<いま・ここ>に、

永遠に存在している「幸福」を覆い隠している。

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 あなたの幸福への探求自体が、
 あなたを惨めに感じさせているのが
 わからないだろうか?
 ほかの方法を試してみなさい。
 苦痛と快楽に無関心でありなさい。
 求めず、拒まず、
 永遠に存在する「私は在る」のレベルに、
 あなたのすべての注意を払いなさい。
 すぐにあなたは平和と幸福が
 あなたの本性そのものであることを悟るだろう。
 
 『私は在る』(p258)
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(-||-)

今日も遅くなりました。

おやすみなさい。

(-||-)


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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