━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆『アセンション館通信』2024/12/15(第1078号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇
アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。
あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
それを得たり、培ったりする必要はありません。
あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。
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◇◇ もくじ ◇◇
1.真我は常に実現されている
2.編集後記
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■1.真我は常に実現されている
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われわれは常に何かを願っているようです。
常にわいてくる思考に注意を向けています。
時間と空間という概念装置を使って
思考が描き出す現象世界(つまり幻想)では
いよいよ冥王星が水瓶座に入って
待ちに待った「風の時代」が始まるのだとか。
こういう類まれなる時節の現在
この地球世界に肉体をもって生きていることは
途方もない幸運であると
言われることもあるようです。
来年の一月には二期目のトランプ大統領が
ホワイトハウスの主人として戻って来る……。
もっともお隣の国では韓国議会では
「戒厳令」発出して失敗した尹大統領の
弾劾案が可決されたようです。
夢の中では<いま>はそんな時期に当たります。
さて、またまた一週間が過ぎて、
楽しい“アセンション噺”と
“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。
『アセンション館通信』配達人のpariです。
この永遠の<今>をいかがお過ごしでしょうか?
もしいま、あなたが何を願おうと
どんな大胆な夢であれその願いが叶うとしたら
あなたの最高の願いとは何でしょうか?
【ミトキ】という言葉を聞いたことがありますか?
【御刻】と書いて「ミトキ」と訓むのだそうです。
哲理学者さとうみつろうさんのこんなYoutubeを見ました。
【ついに来た、「レイワのミトキ」とは?!】
とても上手なプレゼンテーションをするものですね。
さて、どんな願いでも叶うそうです。
何を願いましょうか?
いったい願うに値することとは何か?(-_-;)
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【真我は常に実現されている】
真我は達せられるべきどこか遠い場所に
あるのではありません。
あなたはすでに「それ」なのです。
ただ真我ではないものとの自己同一化という
長年の習慣を放棄しなければならないだけです。
すべての努力はただそのためにあります
心を外側に向けることで、
あなたは非真我である世界を見続けてきました。
もし心を内側に向けるなら、
あなたは真我を見るでしょう。
真我に達するというようなことはありません。
もし真我が達せられるようなものなら、
それは「今ここ」には存在せず、
新たに獲得されるものということです。
新たに獲得されたものは、
やがて失われてしまいます。
それはつまり、
儚い一時的なものだということです。
「永遠なるもの」でないのなら、
努力して得るだけの価値もありません。
それゆえ、私は
「真我に達するということはない」と言うのです。
『真我』(p16-17)
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> 心を外側に向けることで、
> あなたは非真我である世界を見続けてきました。
朝目覚めてからわたしがやり続けてきたことは
まさに「心を外側に向けること」、
変化する現象世界に
注意を奪われつづけることでした。
経験を苦しみ続けてきたわけです。
もしこの苦しみから抜け出たいのなら
しなければならないのは
変化する現象世界から
注意を逸らすことしかありえないわけです。
そしてラマナ・マハルシは保証します。
> もし心を内側に向けるなら、
> あなたは真我を見るでしょう。
と。
しかし、
われわれの心はなかなか内側を向きません。
永遠の変化の相である現象世界が
目まぐるしく儚い一時的な「見かけ」を
変化させつづけ、
もっともらしい「解釈」を提供しつづけて、
われわれの気を引きつづけるからです。
幼いわれわれは簡単にその誘惑に乗ります。
そして架空の分離幻想のなかで
展開される“多様性”を真に受け、
そこで“個性”の実現とやらを必死で追い求めます。
そしてそれによほど疲れ果てなければ
ラマナ・マハルシの次の言葉などは
浸透してこないわけです。
> 真我に達するというようなことはありません。
真我に達するというようなことはない。
真我とは新たに獲得できるようなものではない。
なぜなら、
> もし真我が達せられるようなものなら、
> それは「今ここ」には存在せず、
> 新たに獲得されるものということです。
それは間違いない。
ところが当然のことに、
> 新たに獲得されたものは、
> やがて失われてしまいます。
たしかに。(@_@) ⌒★?
> それはつまり、
> 儚い一時的なものだということです。
間違いなく。(-_-;)
> 「永遠なるもの」でないのなら、
> 努力して得るだけの価値もありません。
ああ。(;_;)
> それゆえ、私は
> 「真我に達するということはない」と言うのです。
(-||-)
たとえば、pariなどの場合は、
【「今ここ」に存在しないようなものは
努力して得るだけの価値もない。】
というラマナ・マハルシの言葉の自明性が
マインドの防御を破って浸透してくるのに
一生が費やされたと言えるでしょう。
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ある女性が
首にかけたままのネックレスを失ったと思い込み、
探し回っていました。
そして友人から
それが自分の首にかかっていることを
教えられたのです。
ネックレスが失ったという感覚、
探している間の不安、
発見したときの喜びは、
すべて彼女が自分で作り出したものです。
同じように、
あなたが探求しようとしまいと、
真我は常にそこにあります。
その女性が
失ったネックレスを取り戻したと感じたように、
無知を取り除き、
身体や心との偽りの自己同一化を止めることが、
「今ここ」に存在する真我を明らかにするのです。
これが真我実現と呼ばれるものです。
何も新しいことではありません。
それは結局、
無知を取り除くことに他ならないのです。
『真我』(p17)
──────────────────
自分が失くしたと思っていたネックレスが
見つかったときは、
本当に嬉しかったでしょうね。
それはもう間違いありません。
われわれの場合は、
ネックレスが首にかかっていることは
すでに(ラマナ・マハルシに)
教えてもらっているわけです。
ただ、
まだ自分で完全に納得していない。(*^_^*)
だからまだ心が外側に向かうわけです。
そして大宇宙の管理頭脳である
ミナミAアシュタールの紡ぎ出す言葉も、
思考のエネルギーを外側に向けることを
語りつづけるわけです。
ただ、この「圧縮学習」の星、
地球の卒業生だけが
それと正反対のことを語るのです。
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あなたは真我です。
あなたはすでに「それ」なのです。
事実は、
あなたが至福に満ちた自分の状態に無知であり、
その無知が純粋な至福の上に
覆いを被せてしまったのです。
私たちが試みるべきことは、
この無知を取り除くことだけです。
この無知は誤った知識によって起こります。
謝った知識は
真我を身体や心と同一視することで
成り立っています。
この偽りの自己同一化が
取り除かれなければなりません。
そうすれば、
そこには真我が残るのです。
あなたは常に「それ」であり、
「それ」から離れたことなど一度もなかったのです。
真我として在ることほどシンプルなことはありません。
それは努力も助けも必要としません。
人は誤った自己同一化を捨て去って、
永遠の、
自然な、
本来の状態にとどまらねばならないのです。
『真我』(p17)
──────────────────
> 事実は、
> あなたが至福に満ちた自分の状態に無知であり、
> その無知が純粋な至福の上に
> 覆いを被せてしまったのです。
「至福に満ちた自分の状態に無知」だから、
われわれは儚い束の間の「見かけ」のなかに
その代替品を探し求めるわけです。
> 私たちが試みるべきことは、
> この無知を取り除くことだけです。
【無知を取り除くこと】以外に
試みるべきことはない。
その無知とは何なのか?
> この無知は誤った知識によって起こります。
> 謝った知識は
> 真我を身体や心と同一視することで
> 成り立っています。
> この偽りの自己同一化が
> 取り除かれなければなりません。
> そうすれば、
> そこには真我が残るのです。
「真我」を「身体や心」と同一視すること
これを取り除かなければならない。
> あなたは常に「それ」であり、
> 「それ」から離れたことなど一度もなかったのです。
> 真我として在ることほどシンプルなことはありません。
> それは努力も助けも必要としません。
> 人は誤った自己同一化を捨て去って、
> 永遠の、
> 自然な、
> 本来の状態にとどまらねばならないのです。
自分は「身体や心」という対象物に
気づいている「気づき」であるのに、
「身体や心」という対象物そのもの
であるかのように誤解してしまった。
この誤った自己同一化をこそ
捨て去らなければならないのです。
永遠につかの間の「見かけ」でしかない
現象世界のなかに
自分の幸福を追い求めてはならない。
仮に現象世界の状況のなかに
幸福が見つかることがあったとしても、
その状況がその幸福の真の源泉なのではなく
その状況ゆえに
「見かけ」のなかに幸福を追求することが
一瞬止まったからにすぎない。
その幸福は自分が存在することに満足している
永遠の、自然な、本来の状態の
遠い反響にすぎないのです。
──────────────────
あなたが存在しなければ、
質問することさえできません。
それゆえ、
あなたは自分の存在を認めるはずです。
この「存在」が真我です。
それはすでに実現されています。
それゆえ、
実現のためにする努力は
「真我」を実現していないという
現在の誤った思い込みに気づくことにあるのです。
「私は真我を実現していない」
という観念を捨て去りなさい。
私たちは常に真我なのです。
新たな実現というものはありません。
ただ真我が明らかにされるだけです。
真我は常に実現されています。
そして、
すでに実現されているものを
探す必要はありません。
なぜなら、
自分自身の存在を
否定することはできないからです。
その存在が意識であり、
真我です。
『真我』(p18)
──────────────────
> あなたが存在しなければ、
> 質問することさえできません。
> それゆえ、
> あなたは自分の存在を認めるはずです。
はい。
わたしは自分が存在することを認めます。
> この「存在」が真我です。
わたしは存在しています。
他の誰に教わらずともわたしは自分で
自分が存在することを知っています。
ですから、わたしは真我です。
> それはすでに実現されています。
> それゆえ、
> 実現のためにする努力は
> 「真我」を実現していないという
> 現在の誤った思い込みに気づくことにあるのです。
わたしが手にしうる最高のものを
わたしはすでにもっている。
というか、むしろ
わたしが「それ」なのです。
「真我」はすでに実現されています。
> 「私は真我を実現していない」
> という観念を捨て去りなさい。
わたしは真我です。
> 私たちは常に真我なのです。
はい。
> 新たな実現というものはありません。
了解です。
> ただ真我が明らかにされるだけです。
はい。
この上達成すべきことなどありません。
> 真我は常に実現されています。
了解です。
> そして、
> すでに実現されているものを
> 探す必要はありません。
はい。
何も探し求めていません。
> なぜなら、
> 自分自身の存在を
> 否定することはできないからです。
わたしは自分が存在することを
自分で知っています。
> その存在が意識であり、
> 真我です。
わたしは真我です。
(-||-)
──────────────────
あなたは在る。
ほかのすべては現れにすぎない。
『私は在る』(p421)
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(-||-)
──────────────────
永久的なもの、
それはあなた自身の存在である。
真我として在りなさい。
それが至福である。
あなたはいつもそれなのである。
『あるがままに』(p58)
──────────────────
……。(-_-)
ありがとうございました。<(_ _)>
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(_ _)m
………○…………○…………○………
「ニサルガ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/ndic/
「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/rdic/
おこがましくも『アセ通』既刊号は
すべてここに置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/
………○…………○…………○………
▼『アセ通』へのご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
………○…………○…………○………
▼『アセ通』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518
………○…………○…………○………
キンドル本の『地球世界はかなり特殊』
手にとっていただけました?(^^;)
アマゾンに入って
【地球世界はかなり特殊】と検索してくださいね。
読み物として面白ければと思っています。
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■ 2.編集後記:
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マインドの中に
「幸福」の幻を追い求めることが
<いま・ここ>に、
永遠に存在している「幸福」を覆い隠す。
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あなたの幸福への探求自体が、
あなたを惨めに感じさせているのが
わからないだろうか?
ほかの方法を試してみなさい。
苦痛と快楽に無関心でありなさい。
求めず、拒まず、
永遠に存在する「私は在る」のレベルに、
あなたのすべての注意を払いなさい。
すぐにあなたは平和と幸福が
あなたの本性そのものであることを悟るだろう。
『私は在る』(p258)
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(-||-)
今日も遅くなりました。
おやすみなさい。
(-||-)
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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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