home > 通信 >「御刻(ミトキ)」に願う:『アセンション館通信』第1079号



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2024/12/22(第1079号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。

 あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
 それを得たり、培ったりする必要はありません。
 あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
 注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。

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◇◇ もくじ ◇◇

1.「御刻(ミトキ)」に願う

2.編集後記
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■1.「御刻(ミトキ)」に願う
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今日(2024年12月21日)は冬至。

真の2025年銀河新年が明け染める

「御刻(ミトキ)」なのだとか。

あらわれの中で紡ぎ出される物語では、

今回の令和七年の新年は

単に地球世界の周期というだけでなく、

広大な多次元宇宙の複数のサイクルが重合する

近辺宇宙の多くの意識存在が待ちに待っていた

きわめて稀有なタイミングだそうです。

あなたは何かを願いましたか?

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”と

“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。

『アセンション館通信』配達人のpariです。

この永遠の<今>をいかがお過ごしでしょうか?

今日の午後は畦畔の下の畑地を

「菌ちゃん農法」の実践圃場にするために、

もっぱらその畝立てと

厄介な笹の根の抜根に精を出しました。

もうかれこれひと月以上も取りかかっていますが、

畝の位置を修正したり、掘り直したり、

おおよそ効率とは縁遠い作業を続けています。

われながら、いかにも“自分”ふうだなぁと

思わずにはいられません。

「目的」とか「効率」とは無縁な細部で

過剰な完全主義に囚われてムキになって頑張る。

まあpariとはそのような個性の肉体として

誕生させられているらしい。

知らずとムキに(夢中に)なっています。

長く(無意識の中に)放って置かれた笹竹は

見事なまでに辺り一帯の領域を支配下に収め

隆盛を誇っています。

地上に姿をあらわした笹の葉の背後には

力強く地中に根を張る地下茎の

じつに緻密な戦略が控えているのです。

いちどあのふてぶてしいほどに赤紫に膨れた

太い笹の根を見たことがあれば、

あらわれの中に“自己”を見る観点(ヴァーサナー)が

どれほどの妄想をたくましくしているかが

如実に観察されるのです。

笹の根の抜根は、じつに啓発的です。

おそらく、このような観察を報告させるために

pariの肉体は誕生させられたのでしょう。

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 もしあなたが他の物事を追求せずに
 静かにしていられるなら、
 それはとても良いことです。
 もしそれができないなら、
 実現に関するかぎり、
 ただ静かにしていることが
 何の役に立つと言うのでしょう?
 活動する義務があるかぎりは、
 その義務を果たしながらも、
 真我実現への試みをあきらめてはならないのです。
 
 『真我』(p70)
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(-||-)

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 嘆きや悲しみは真の愛のしるしではありません。
 それは対象への愛、
 その形態のみへの愛着であることを
 露わにしています。
 それは愛ではありません。
 真の愛は、
 「愛の対象は真我の中でにあり、
  けっして消滅することはない」
 という確信をもたらすのです。
 
 『真我』(p116)
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【嘆きや悲しみは真の愛のしるしではない】

それならわかるし、

またそうあるべきでしょう。

【それは対象への愛、
 その形態のみへの愛着であり、
 それは愛ではない】

物語への執着は愛ではない。

(-_-)

【真の愛は、
 「愛の対象は真我の中にあり、
  けっして消滅することはない」
 という確信をもたらすのです】

(-||-)

──────────────────
 「私が働いている」という感覚が妨げです。
 「誰が働いているのか?」と尋ねなさい。
 「私は誰か?」という問いを覚えていなさい。
 そうすれば仕事があなたを
 束縛することはないでしょう。
 仕事は自動的に為されていくでしょう。
 仕事をするためや仕事を放棄するために
 努力をしてはなりません。
 あなたの努力が束縛となるからです。
 起こるべく定められていることは、
 起こるでしょう。
 
 『真我』(p119)
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> 仕事をするためや仕事を放棄するために
> 努力をしてはなりません。

(@_@)

> あなたの努力が束縛となるからです。

わかりました。

> 起こるべく定められていることは、
> 起こるでしょう。

了解いたしました。

(-||-)

──────────────────
 もしあなたが
 仕事をしないように定められているのであれば、
 仕事はいくら探しても見つからないでしょう。
 働くように定められているのであれば、
 それを避けることはできません。
 あなたはその仕事をするように強いられるでしょう。
 それゆえ、
 「高次の力」にゆだねなさい。
 あなたの思いのままに
 放棄したり続けたりすることはできないのです
 
 『真我』(p120)
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> 働くように定められているのであれば、
> それを避けることはできません。
> あなたはその仕事をするように強いられるでしょう。

わかりました。

> それゆえ、
> 「高次の力」にゆだねなさい。

はい。

> あなたの思いのままに
> 放棄したり続けたりすることはできないのです

了解いたしました。

(-||-)

──────────────────
 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
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(-||-)

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 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
──────────────────

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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読み物として面白ければと思っています。

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■ 2.編集後記:
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今日の「御刻(ミトキ)」に当たって

自分が何を願うのかを確かめてみました。

そして、

永遠の実在である「真我」以外、

つまり仮初の一時的な「あらわれ」の状態の中に

自分が求めているものなどありえない

ということを再確認しました。

そしてまた

自分が「気づき」以外ではありえないことも

自明です。

ですから、現状ですでに

自分は願いうる至高の状態にあるわけです。

ただ、その真の状態に無知なだけです。

そして仮初の物語のなかで湧いてくる

まだ欲をかけば何かできる可能性があるかのような

幻想に振り回されているのです。

その幻想がじつは、

実在する幸福を覆い隠す行動であるにすぎないことを

絶えず思い出す必要があるのです。

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 体と心(マインド)の肯定的な状態ではなく、
 動揺と欠乏感がないことこそが
 平安であり幸福であると捉えると、
 それらが対象化されることはなくなります。
 すると平安と幸福は、
 心(マインド)、体、世界の領域において
 探求される対象物ではなくなり、
 体、心(マインド)、世界の状態がどうであれ、
 いつもここにある
 私たちの存在(ビーイング)をあるがままに、
 シンプルに知ることと同じになります。
 
 『プレゼンス―第1巻』(p119)
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【体と心(マインド)の肯定的な状態ではなく、
 動揺と欠乏感がないことこそが
 平安であり幸福である】

(-_-)

【平安と幸福は、
 心(マインド)、体、世界の領域において
 探求される対象物ではなく、
 体、心(マインド)、世界の状態がどうであれ、
 いつもここにある
 私たちの存在(ビーイング)をあるがままに、
 シンプルに知ること】

(-||-)

今日も遅くなりました。

おやすみなさい。

(-||-)


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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