home > 通信 >理屈としてではなく:『アセンション館通信』第1084号



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2025/1/26(第1084号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。

 あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
 それを得たり、培ったりする必要はありません。
 あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
 注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。

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◇◇ もくじ ◇◇

1.理屈としてではなく

2.編集後記
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■1.理屈としてではなく
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こうやって週に一回この『アセ通』を書くことが

結果的にと言えるのかどうか……、

否応もなく方向性を定めているようです。

思い返せば、

この『アセ通』を書き始めたときの思いが

そのようなものでした。

なにか途方もない変化が起こるいう予感だけで

何ひとつ自分で体験したと言えるものなどない

「アセンション」を話題にして書き始めました。

そのとき自分の中にあったのは

週に一度何時間かをなにかのテーマに振り向け、

それを習慣化するという感じでした。

それが違いをもたらす、

というような言葉を読んだのかもしれません。

その後、

ニサルガダッタ・マハラジの『私は在る』に出会い、

『アセ通』のテーマは

「アセンション」から「アドヴァイタ」に移りました。

でも、週一の習慣は残って、

ニサルガダッタ・マハラジ、ラマナ・マハルシ

といったインドの聖賢の邦訳本を写経しはじめました。

そしてヒロさんのサイト「resonanz360」
https://resonanz360.wordpress.com/

と出会ったのです。

ヒロさんから教えられてウェスタンの

アドヴァイタ教師たちの存在を知ったことで

アドヴァイタの世界は一挙に広がりました。

以来これまで

東西のアドヴァイタ教師たちの言葉を写経したり、

下手の横好きの「アドヴァイタ」談義を続けてきました。

そして今年、2025年に突入した。

気がつけば、

今となっては「アドヴァイタ」以外の方向性は

取りようがありません。

最初は不思議と思えた言葉たちが、

いまでは単純な事実(真実)になりました。

幸福って、

他者がいないということですよね。

実際は他には誰もいないということです。

波動宇宙の真実を伝える外宇宙の存在が

「ワンネスとは多様な個性の調和のことであって、

 同一個性しか存在しないことではない」

と語っているのは知っています。

でも、それでは調和がなければ

苦しいのではないでしょうか。

pariはその昔、

挫折して・傷ついて、

フラストレーションのあまり、

「なぜこんなものがあるのか?」と思ったのです。

「こんなもの無くてもいいではないか」と。

でも、そう思ったとき、

まさか世界が本当に

実際にそういうものだとは思っていなかった。

そして、

 <何故にすべては始まってしまったのか?>

などという疑問をもったわけです。

宇宙はその疑問の回答へとpariを導いた。

納得がゆく答えとは、

 「何も起こってはいない」

という真実でした。

pariとはけっして一個の主体ではなく、

そのような夢を描くために誕生した

対象物だったということです。

「あらわれ」はすべて知覚の対象物です。

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 そこには想像があるだけだ。
 知性とエネルギーは、
 あなたの想像のなかですべて使い果たされてしまった。
 あなたはまったく想像に夢中にさせられてしまったため、
 どれほど実在から遠く離れてさまよい歩いたのかさえ
 わからなくなってしまったのだ。
 想像が豊かな創造力であることに疑いはない。
 宇宙のなかの宇宙も、
 想像によって構築されているのだ。
 それにもかかわらず、
 それらはみな空間と時間、
 過去と未来のなかにあり、
 実際は存在しないのだ。
 
 『私は在る』(p306-307)
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(-||-)

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 ひとたびあなたの想像以外は
 何も困難をもたらすことができない、
 と絶対の確信を持って知るなら、
 あなたは欲望や恐れ、
 概念や見解に注意を払わず、
 真実とともにのみ生きるだろう。
 
 『私は在る』(p131)
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(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
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(-||-)

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 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
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……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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読み物として面白ければと思っています。

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■ 2.編集後記:
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「あらわれ」がそれ自体で存在している、

と考えるのは「思考」です。

しかし,

それ自体で存在している「あらわれ」というものは

ありません。

「あらわれ」は、

認識されてはじめて存在できるのです。

身体は認識の対象物であって、

認識の主体になることはできません。

マハラジが“マッチ箱”を示して語ったのは

そういうことだと思います。

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 ここでマハラジはマッチの箱を取り上げ、
 それを持ち上げ、
 こう尋ねました。
 「これはあなただろうか?
  もちろん、
  そうではない。
  そのことを理解するのに
  時間が必要だろうか?
  この事実の直感的認識は
  即時ではないだろうか?
  それでは、
  あなたが肉体−マインドと呼ばれている
  その現象的対象物でないと
  直感的に認識することに、
  なぜ時間がかかるべきなのだろうか?」
  
  マハラジは続けて言いました。
 「どうか次のことを理解してほしい。
  直感的認識は
  知性の基本である意識の到着以前にある。
  直感的認識は漸進的練習の問題ではない。
  それは自然に起こることができるだけだ
 
 『ニサルガダッタ・マハラジが
  指し示したもの』(p281-281)
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(-||-)

今日も遅くなりました。

おやすみなさい。

(-||-)


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html
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