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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆ 『アセンション館通信』vol.121 2006,06/18(第121号)
☆☆  ☆   ☆☆
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガは“アセンション情報の広告塔メルマガ”です。

つまり、“アセンション”という言葉の流通拡大を手段として、
地球住民の“集合意識”の基盤を“ゆるめ・ひろげ”ることによって、
地球が向かう新しい光り輝く世界への次元移動を、できるだけ自然で、
スムーズなものにすることを目的に週刊で発行されています。(^_-)


◇◇ このメルマガが想定する“アセンション”◇◇

“アセンション”という言葉を聞いたことがない方は、発信サイトで
https://www.ascensionkan.com/demae/ascension.html
このページ↑をご覧ください。

また、特にこのメルマガが想定している“アセンション”という言葉の意味合
いについては
https://www.ascensionkan.com/demae/ascension_m.html
このページ↑をご覧ください。

これまで地球の次元上昇サポートを背後支援に絞ってこられたETの方々が、
ファーストコンタクトに向けて国勢調査を開始されました。
https://www.ascensionkan.com/demae/ET_message.html
ここ↑をご覧ください。

要するに、グレゴリオ歴2012年12月22日をひとつの仕切として、これからわず
か7年ほどの間に、前後のつながりを辿れなくなるほどの大激変を通過して、
われわれは光り輝く圏域に移行するという、なんともはや嬉しいような、恐ろ
しいようなお話に“悪乗り”して行こう、という楽しい話題を振りまいていま
す。(^^)/

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◇◇ もくじ ◇◇

1.陰陽の二元力とは……

2.写経ニサルガダッタ:知らないということを知ることが真の知識だ(2)

3.編集後記:できるかな。^^;
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■ 1.陰陽の二元力とは……
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

一日一日が新たな日。

一刻一刻が新たな瞬間。

そして、それこそがいつに変わらぬ<永遠の今>。

時間のかかることが非在。

常在こそが実在。

唯一の実在が<わたし>。

ありえた過去をありえたかもしれない過去と比較考量することが後悔。

ありうる未来のありえないかもしれない可能性を思うことが心配。

その虚構の夢を紡ぎたくて宇宙は輪廻する。

どこからか文学は哲学になり、哲学は科学になり、科学は芸術になり、芸術は
詩になり、詩はまた文学になり……、それが継ぎ目もなく連なり、反転し、交
錯し、また逆転する。

すべては同時に在るあるのだと、すべては<いま>存在しているのだと、そし
てそのすべてを存在させている根拠が<わたし>なのだと……。

それが明々白々な展望の中ではただ安らぎだけが休らっていた……。

-----------------------------------------
 だいじょうぶだよ
 やがて死ぬときが来る
 僕達の宇宙ゲームを終わらせて
 夢のない夢の眠りに
 やすらかに帰る時がくる
 初めがないここには
 生も死も
 初めから夢にすぎなかった
 ……
  『絶対無の戯れ』 (ダンテス・ダイジ)
        http://tinyurl.com/qa2p2
-----------------------------------------

(^^;)

というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”にお付き
合いいただく時間がやってまいりました。(^^)/

『アセンション館通信』配達人の pari です。

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

誰もが、最も望ましい現在を紡いでいるのだと、誰もが最も相応しい今を選択
しているのだと、そんなことをただ言葉で言われても、おいそれと簡単に納得
するわけにはいきません。

でも、そうかといって、いや、あなたはじつは“犠牲者”なのだと、誰かに保
証してもらったからと言って、別に嬉しいわけでもありません。

あなたは時代の犠牲者なのだ、あなたは社会の犠牲者なのだ、あなたは家庭の
条件付けの犠牲者なのだ、あなたはこの地球世界の犠牲者なのだ、いまは改心
してしまったアヌンナキの邪悪な支配意図の犠牲者なのだ、いやいや、あなた
は誤って破裂してビッグバンを起こしてしまった神の犠牲者なのだと、そんな
ことを保証してもらっても、別に嬉しくはありません。

ただ、明らかなことは、われわれはみんな、自ら自分の「世界」と認めた対象
にフォーカスし、それに対応して“生きている”(つもりでいる)ことです。

そして、厄介なのは、この時節、これまで明らかに存在していたはずの、われ
われの“共通の現実”というものが、いつの間にやら消失しつつあるらしいと
いうことです。

これまではだいたい、まわりの人たちの様子を見ながら、おおよそみんなと同
じように振る舞っていれば、それでそんなに大きな間違いはなかったはずなの
に……。

『日の名残』という映画を見たことがあります。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD10739/comment.html?flash=1

イギリスの名門貴族に一生を捧げてきたある老執事の淡い恋の思い出を描いた
作品とでも言えばいいのか……。

第二次世界大戦の後、急速に反ユダヤ主義に傾いた旧主人の死後、屋敷の管理
を任されていた老執事は、求人の目的もかねて昔の同僚の女性に会いに外国旅
行をします。

旅の途中、ふとしたことから彼が反ユダヤ主義者として名高かったダーリント
ン卿の執事だったと知った旅客から問いつめられるのです。

わたしはダーリントン卿にお仕えしていただけで……、という執事の言葉に、
その旅客は重ねて問いただします。

「で、あなた自身はどうなのです?」

そのときのアンソニー・ホプキンス演ずる老執事の戸惑いと意外さの表情は、
ちょっとした見物でした。

それまでの生涯、そんなことが自分に関係があるなどとは思ったこともなかっ
たのです。

まるで、悟りとかアセンションなどということが自分に関係があるとは思った
こともなかった、われわれみたいなものかもしれません。

まさか、自分にそんな言葉が突きつけられることがあろうとは。

「で、あなた自身はどうなのです?」

……って、なかなか痛いところを突いていますよね。

これまで世渡りのマナーとして身につけてきたロボットがすべて無効になると
したら、すべていちいち意識的に、意志的に自ら選択しなければならないとし
たら……。

それは、エライことでしょう。

しかし、これまでのマナーをすべて“おシャカ”にするためには、それは必要
な手続き、必要な通過儀礼とも言えます。

そういうところを、通って行くんでしょうかねぇ。(-_-;)

――で、あなた自身はどうなのです?

(@_@)

え、わたしはみなさんと同じでいいんです……。

――みなさんというと、たとえば、Aさんのことですか?

いえ、Aさんというわけじゃありません。

Aさんは、わたしとは随分違います。

――じゃ、たとえば、Bさんとか?

いえ、Bさんはもっと違います。

そういうことじゃなくて、総体的な意味で、皆さんといっしょに行く、という
ことです。

――いえ、ここはご自分で選んでいただくポイントなんですよ。

  これまでは、皆さんといっしょという路線もあったのですが、ここは、

  「で、あなた自身はどうなのですか?」ということを意識的に、意図的に
  選んでいただかないと先に進めないポイントなのです。

そんな……。(>_<)

(*^_^*)

……なんて、まあ、そんな恫喝するようなことも言わないでしょうが、でも、
こういう言葉が“恫喝”に聞こえるようだと、それはその方の耳の方が少し…
…、なんてことはあるかもしれませんよね。(^_-)

昨夜、なぜか久しぶりに、半田広宣さんの『シリウス革命』(1999年、たま出
版刊)という本を本棚から取り出しました。

この本は、わたしが知っている中ではいちばん難しい部類に属する本です。

いや、難しい本はいくらでもあるでしょうが、初めから“無縁な難しさ”とい
うのもありますよね。

その意味で、この本は、マインド系のわたしなどが、何とか読めるのではない
かと思っているにもかかわらず、どうも、いまいち、読み切れないで、これま
で何度も挫折している本です。(*^_^*)

それで、もう通読するのはとおの昔に諦めて、今では時々、その気になったと
きに取り出して拾い読みをする、という感じになっている本です。

ところが、これが、読み出すと、けっこう、読めちゃったりもします。^^;

しかしまた、度を超すと、急にダメになりますけど。

だから、だましだまし、という感じですかね。

昨夜は「やがてコンピュータはすべて停止する!」というタイトルに惹かれて、

(交信記録)1992−03−23 コンピュータとは何か

という箇所を開いてみました。

自分でも以前、『21世紀へ指導原理 OSHO』という本の中で
https://www.ascensionkan.com/work/

「第四章 コンピュータ時代の思考と意識  心と意識」

などというテーマで考えてみたりしたことがあったものですから、ちょっと、
どんなことが書いてあったか、読み返してみたくなったんです。

それが、なかなか面白かった。

(相変わらず)ちょっと引用してみますね。(^_-)

「コ」というのは著者の半田広宣さん、「オ」というのは「オコツト」という
冥王星の意識体だそうです。

----------------------------------------------------------------------
 ■交信記録19820323――コンピュータとは何か
 
 コ 僕らの文明は、この世紀末にきて驚異的な勢いで科学技術を進歩させて
   います。とくに、この数年来のコンピュータテクノロジーの発達には目
   を見張るものがあります。人間が生み出したコンピュータの世界はあな
   たがたにはどのように見えているのでしょうか。
   
 オ プレアデスが作り出した下位次元宇宙、人間の最終構成の反映として見
   ることができます。
   
 コ 人間の最終構成の反映とは?
 
 オ 冥王星が作り出した力の反映ということです。
 
 コ ………冥王星?……冥王星とは、確かあなたがた自身の働きを意味する
   天体だったはずです。ということは、つまり、あなたがたの力の反映だ
   ということですか。
 
 オ はい、冥王星とは人間に最終構成を生み出すために送り出されてきた力
   のことですから。
 
 コ 要するに、コンピュータはあなたがたの力が作り出してきたと……。
 
 オ 反映という意味ではそういうことになります。最終構成の反映とは、以
   前、わたしがお話ししたスマルとほぼ同じ意味です。
 
 コ スマル……あの、「宇宙的虚無」のことですか。あまりいいもののよう
   には聞こえませんね。
 
 オ はい、「スマル」とは精神の力が完全に失われてしまった空間領域のこ
   とを意味します。人間がシリウスとの連結を完全に断ってしまった空間。
   コンピュータが持っている世界はプレアデス的統制が生み出した全く別
   の次元です。
 
 コ つまり、コンピュータが作り出している世界は、人間の世界ではないと
   いうことですね。
 
 オ はい、人間にとっての付帯質のようなものです。
 
 コ 人間にとっての付帯質……? どういう意味ですか。
 
 コ プレアデスがさらに下次元方向に反転した世界と連結点を作り出してき
   ているということです。この空間に入ると、人間が人間として存在させ
   られている元の意味を持たなくなります。
 
 コ それは人間の存在理由がなくなるということですか?
 
 オ そうです。
 
 コ スマルの中にも何らかの世界があるのでしょうか。
 
 オ あるとすれば、それは虚無です。わたしたちには、見ることも、走査す
   ることもできません。
 
 コ なるほど……僕らはコンピュータが作り出す世界をヴァーチャル・リア
   リティなどと呼んで面白がっているけれども、あなたの論法によれば、
   実は本当のヴァーチャル世界というのは僕ら人間が見ている世界のこと
   であって、コンピュータが作り出している空間はヴァーチャルのヴァー
   チャル、つまりヴァーチャルの入れ子的世界だとおっしゃりたいのです
   ね。
 
 オ そうですね、コンピュータには、シリウスへと向かうプレアデスの発露
   が全く存在していないということです。
 
                      『シリウス革命』(p71-73)
                      http://tinyurl.com/lgfwd
----------------------------------------------------------------------

(*^_^*)

まあ、チンプンカンプンかもしれませんが、なんとなく雰囲気が分かるような
気もしません?

わたしにこの本の解説はできませんが、自分勝手な解釈という意味で……

> コ ……人間が生み出したコンピュータの世界はあなたがたにはどのように
>   見えているのでしょうか。
>   
> オ プレアデスが作り出した下位次元宇宙、人間の最終構成の反映として見
>   ることができます。

この「人間の最終構成」という言葉を、わたしは勝手に“アセンション”みた
いなニュアンスで理解しています。^^;

> コ 要するに、コンピュータはあなたがたの力が作り出してきたと……。
> 
> オ 反映という意味ではそういうことになります。最終構成の反映とは、以
>   前、わたしがお話ししたスマルとほぼ同じ意味です。

「反映」というのは、存在を生み出す第一の力のベクトル「負荷」の、反作用
として生じる第二の力のベクトルを意味する術語らしいです。

とすると「最終構成の反映」というのは、勝手な解釈では、“アセンション”
の反作用みたいなことになりますよね。(^_-)

ま、「人間の最終構成」が意図しているものが、“胎児”の誕生だとしたら、
「最終構成の反映」というのは、いうなれば“胎盤”のようなものかもしれま
せん。

それが「スマル」だと、まあ、勝手な解釈ではそうなります。^^;

このオコツトが言う「スマル」という虚無空間について、独り合点ながら何と
なくの感じがあるんですよね。

“ゲーム脳”なんて言葉をご存知でしょ。

せっかく人間に生まれながら……、なんて思うこともありますけどね。

つい先日も、近くのYAOHANに行ったら、両親が揃って、お子さんたちが
ゲーム機をバタバタ叩いているのを見守っている方がいて、うーん、なんて思
ってしまいました。(;_;)

あのゲーム機の中の世界がオコツトに見えないのは当然でしょうが、ゲーム機
のハンドルを叩いている子どもたちの内面も、たぶん、オコツトには“見るこ
とも、走査することも”できないのかもしれません。

> オ はい、「スマル」とは精神の力が完全に失われてしまった空間領域のこ
>   とを意味します。人間がシリウスとの連結を完全に断ってしまった空間。

「シリウス」というのも「プレアデス」というのも、この本独特のテクニカル
ターム、術語です。

著者の半田さんは“シリウス言語”という呼び方をしていますが、この言語が
前提するコスモロジーでは、「オリオン」「シリウス」「プレアデス」という
三つのエネルギーセンターみたいなものがあるらしいんですね。

そのうち「オリオン」と「プレアデス」というのは「宇宙を律動させるための
最も根本的な陽と陰のエネルギーソースのこと」だと説明されています。

そして、“ここで生み出される二つの根源力のことを、それぞれ「観察精神」
と「付帯質」と”呼ぶんだそうです。

----------------------------------------------------------------------
 この両者は、神話的に言えば、宇宙創成のために作り出された始源的な男女
 神のようなものに相当する。
 宇宙が男性エネルギーと女性エネルギーの結合で始まったとする考え方は、
 古代の神話や宗教の中ではそれこそ定番となっているが、実際にそれらの二
 元力が何であったのかについてはあまり明らかにされてはいない。
 オコツトは、この陰陽の二元力とは、実は人間と神のことだという。
 彼らの定義によれば、観察精神とは万物の多様性をすべて一つに統合した偉
 大な宇宙的知性のことであり、一方、付帯質とは、その反映として生まれる
 無限の多様性を持つ物質世界のことと見なされる。
 一なる精神と無限の多様性を持った物質――確かに、この両者は神話的世界
 と人間的世界の関係を彷彿とさせるものだ。
 
                       『シリウス革命』(p34)
                      http://tinyurl.com/lgfwd
----------------------------------------------------------------------

とまあ、おっしゃるんですよね。

これは、了解可能な宇宙論だと思います。

そして、“この二つの力を中間で媒介するのがシリウスだ”と説明されていま
す。

これで、さっきの文面は、おおよそ了解可能になってきたのではないでしょう
か。

> オ ……コンピュータが持っている世界はプレアデス的統制が生み出した全
>   く別の次元です。

たしか、どこか別の所で“プレアデス的統制”という言葉は、「人間型ゲシュ
タルト」と関連づけられて語られていたように思います。

これも、わたしの勝手な理解ですが、「人間型ゲシュタルト」とは、物理次元
が物理次元独自の自律的な創造力を持つように理解する傾向のことなんじゃな
いでしょうか。

> コ つまり、コンピュータが作り出している世界は、人間の世界ではないと
>   いうことですね。
> 
> オ はい、人間にとっての付帯質のようなものです。
> 
> コ 人間にとっての付帯質……? どういう意味ですか。
> 
> コ プレアデスがさらに下次元方向に反転した世界と連結点を作り出してき
>   ているということです。この空間に入ると、人間が人間として存在させ
>   られている元の意味を持たなくなります。
> 
> コ それは人間の存在理由がなくなるということですか?
> 
> オ そうです。
> 
> コ スマルの中にも何らかの世界があるのでしょうか。
> 
> オ あるとすれば、それは虚無です。わたしたちには、見ることも、走査す
>   ることもできません。
> 
> コ なるほど……僕らはコンピュータが作り出す世界をヴァーチャル・リア
>   リティなどと呼んで面白がっているけれども、あなたの論法によれば、
>   実は本当のヴァーチャル世界というのは僕ら人間が見ている世界のこと
>   であって、コンピュータが作り出している空間はヴァーチャルのヴァー
>   チャル、つまりヴァーチャルの入れ子的世界だとおっしゃりたいのです
>   ね。
> 
> オ そうですね、コンピュータには、シリウスへと向かうプレアデスの発露
>   が全く存在していないということです。

ね、こんどは、なんとなくすんなり読めるような気がするでしょ。

続いて引用してみましょう。

----------------------------------------------------------------------
 コ 確かに僕も以前はそのような見方をしていました。しかし、最近のデジ
   タル・カルチャーの動向を見ていると、一概にコンピュータが人間をダ
   メにしていっているとも思えません。例えば、インターネットなどの発
   達によって国家という概念が希薄になり、そこには全人類的な共同体が
   生み出される可能性もおぼろげながら見えたりもします。このような傾
   向は決して悪いことのようには思えないのですが。
 
 オ もちろんです。付帯質がスマルと結節点を持つことが、決して悪いとい
   う意味ではありません。先ほども申し上げたように、スマルとは人間の
   意識進化の反映として出現してくるものです。つまり、新しい精神を作
   り出すためには必要な影の部分なのです。進化は必ずしもあなたがたに
   とって望ましいものばかりを引き起こしてくる訳ではありません。望ま
   しくないことも同時に引き起こしてくるものなのです。
 
 コ つまり、コンピュータの発展には功と罪が当然出てくるけれども、実は
   両方とも人間の進化の結果として生み出されるものだということですね。
 
 オ 最終構成という意味では、その通りです。人間がコンピュータに接する
   に当たって重要なことは、どちらが主体であるのかをしっかりと自覚し
   ておくことです。コンピュータと人間の関係において、あくまでも主体
   となるのは人間であるということを忘れなければ、コンピュータは人間
   の意識進化を促進するものとして働くことでしょう。しかし、コンピュ
   ータ側を主としてしまうと付帯質の対比の関係性が反転し、精神進化を
   完全に失ってしまいます。それがスマルと最終構成の関係なのです。
   
                      『シリウス革命』(p73-74)
                      http://tinyurl.com/lgfwd
----------------------------------------------------------------------

(@_@)

ここを読んだとき、ちょっと驚いたのです。

昔自分が、ある似たような問題意識から、「思考」と「思索」(あるいは、
「洞察」)の違いについて書いたことがあったのを思い出したからです。

我田引水のようで、少し気が引けるのですが……。(*^_^*)

----------------------------------------------------------------------
 昔、思考するとはある種の内面を生きることだったが、今や「思考」は、あ
 からさまな本質だけを抽出されることになった。そこでは、状況はさまざま
 な情報材料【データ】に変換され、ある動機を持った論理意図が強制的な論
 理回路を作成し、その回路にデータが投入され、演算処理が施され、結果が
 出力された。
 それはいわば、仕掛の施された迷路として待ち受けるパチンコの盤面上を、
 投げ込まれたデータという球が駆け抜けるようなものともいえた。
 「思考」は、一種の機械過程になり、それはシュミレーションと呼ばれた。
 コンピュータの出現で“思考”過程は非常に加速されたようにも見えた。
 ……。
 何かがおかしくないだろうか。これが「思考」というものなのだろうか。
 ある意味ではイエスだ。そしてある意味ではノーだ。
 それが「思考」なのかという意味では、イエスだ。それが「思考」だ。
 「思考」とは「論理」であり、それはもともと一種の機械過程だったからだ。
 けれどもそれが、思想家たちの営為「思索」と異なることも確かだ。
 何故なら、その人たちの「思索」とは、純粋の意味での「思考」ではなかっ
 たからだ。
 その人たちの「思索」の肝心要はその「洞察」にあった。
 彼が身を置いていた状況の中で、何かに「問題」を感じたその“直感”、そ
 の“感受性”こそが彼の「思索」だった。

 そしてそれは、彼が<意識>であったからこそ起こりえたことだった。
 コンピュータは、データに対して、前もって与えられている以外の「問題」
 を感じることはできない。
 彼にその能力はない。
 コンピュータは所与のデータに対して所与の処理を施すだけだ。
 もし私たち人間が、コンピュータの膨大な情報処理量に圧倒されてコンピュ
 ータの判断力を信じ、「問題」を感じる自らの能力を引き下げてゆくとした
 ら、それは私たち人間の退化をしかもたらさないだろう。
 その意味では、これまでの段階における「情報革命」は、人間の内面の世界
 に関して退化をしかもたらしていないかもしれない。
 私たちは最も洗練された複雑な道具を使って、最も野蛮な「思考」に焦点を
 合わせる存在に退化していただけかもしれない。
 ……

 『21世紀への指導原理 OSHO』:「思考」と「洞察」の違い(p130-132)
https://www.ascensionkan.com/work/difference.html
----------------------------------------------------------------------

(-_-;)

うーん、思わず似た問題意識と思ったんだけど……。

そうでもないかなぁ。

どうかなぁ。

ま、いっか。^^;

で、オコツトと半田さんの対話は次のように続きます。

----------------------------------------------------------------------
 コ 今、科学者たちの間でAI(人口知能)の問題が話題になっているんで
   すが、もし、コンピュータが自ら思考する力を手にしたとすれば、それ
   はある意味で人間よりも遙かに優れた知性を持つことになりますから、
   人間とコンピュータとの関係における主客が逆転してしまうのは必至で
   す。そうなると最悪だということですね。
 
 オ そういった心配は必要ないでしょう。コンピュータが思考を獲得するこ
   とはあり得ません。
   
 コ しかし、一部の研究者たちはそれが可能だと言っていますが。
   
 オ それは難しいと思います。思考とは、表相をオリオンに持っていくため
   に働いている、潜在化した等価作用のすべてを意味しています。……
   
                      『シリウス革命』(p73-74)
                      http://tinyurl.com/lgfwd
----------------------------------------------------------------------

……。(*^_^*)

ここで、またまた我田引水が働いてしまいました。^^;

> オ そういった心配は必要ないでしょう。コンピュータが思考を獲得するこ
>   とはあり得ません。

はっきり言ってますね。

> コ しかし、一部の研究者たちはそれが可能だと言っていますが。
>   
> オ それは難しいと思います。思考とは、表相をオリオンに持っていくため
>   に働いている、潜在化した等価作用のすべてを意味しています。……

“表相をオリオンに持っていくため働いている潜在化した等価作用のすべて”
なんて、まるでチンプンカンプンの言葉ですが、まあ、そこは門外漢の大胆さ
で単純化してしまうと……。

思考とは、人間の認識作用のあり方を、神の意識にまで持っていくために働い
ている統合作用のすべてを意味する、ということでしょう。

これを要するに、ここで言う意味の「思考」というのは、コンピュータ・プロ
グラミングの世界でいう「論理演算」のことではなく、先に引用した文章の中
では「思索」とか「洞察」という言葉で表そうとしたもののことだと思います。

つまり、ここでオコツトが言っているのは、コンピュータが思索することはあ
りえません、ということです。

それで、またまた、昔自分が書いた文章を思い出してしまった。

だって、さっきの引用に続く文章なんだもの。(*^_^*)

----------------------------------------------------------------------
 ……
 無論、この天才的な作家たちが、小説作法の上のエラーを犯したわけではな
 い。
 彼らは無意識のうちに、人間の知能と同じほどにも賢い判断力と感受性を備
 えたロボットは、当然それなりの「エゴ」を育んでいるという状況を想定し、
 その前提の上で物語を展開したということだろう。
 しかし実は、このことは起こらないのである。
 その理由は、人間が「エゴ」を育む基盤には、単なる論理的思考能力の存在
 根拠とはまったく別の根拠、<意識>の存在が前提されなければならないか
 らだ。
 <意識>のないところに、判断回路だけを基盤として「エゴ」が自然に形成
 されることはありえない。
 なぜなら、ロボットの中に発生する判断とは、何処までいっても処理結果の
 受け渡しと加工であるに過ぎず、それをどのように増幅拡大しようと、どの
 ような演算処理を施し構造化を施そうとも、結局はあくまでも単なる機械的、
 電気的信号に過ぎず、どんな重要な判断も、その判断結果自体がその判断の
 「意味」を形成することはありえないからだ。
 コンピュータの出力が疑似的に“判断”と呼ばれるのは、それが私たち人間
 の<意識>の中で、ある内面的な「意味」に変化するからに他ならない。
 そしてその「意味」の形成なくして、喜びや不安や恐怖や、またそれに対す
 る対抗感情の発露なくして「エゴ」が形成されることはありえない。
 「エゴ」の形成には、判断力回路とはまったく別な根拠、<意識>の場の存
 在が前提されなくてはならない。

     『21世紀への指導原理 OSHO』:ロボットと人間 (p136-139)
https://www.ascensionkan.com/work/robot-1.html
----------------------------------------------------------------------

そして、そして……、「コンピュータが思考を獲得することはあり得ません」
と断言してから、オコツトはさらに付言するのです。

皆さんも、どこか他の情報源から聞いたことがあるはずの、あの話。^^;

現在の地球文明の先端的製品は、いちどすべて使えなくなるというあの話です。

----------------------------------------------------------------------
 オ それは難しいと思います。思考とは、表相をオリオンに持っていくため
   に働いている、潜在化した等価作用のすべてを意味しています。それに、
   位置の変換が起これば、コンピュータはすべて機能停止に陥ってしまう
   はずです。
   
 コ コンピュータがすべて機能停止に陥る……どういうことですか?
   
 オ 「位置の変換」が起こると、電子が方向性を変えてしまうのです。
 
 コ ちょっと待って下さい。それは電気が使えなくなるという意味ですか?
 
 オ はい、電子の反転とは電気の力を相殺してしまうことを意味しています。
 
 コ でも、それじゃ大変だ。コンピュータどころの話じゃない。現在、地球
   上で使用されている電気機械類はすべて動かなくなってしまうではあり
   ませんか。突然、そんなことが起きたらそれこそ原始時代に逆戻りして、
   大パニックですよ。
   
 オ いいえ、そのような事態にはならないと思います。対化の交差のすべて
   が、まったく別のものに変えられていきますから。
   
 コ 対化の交差が別のものに変えられていく……?
 
 オ はい、全く違う力が働き出すということです。
 
 コ 全く違う力?……しかし、どう考えても、政治、経済をはじめ、文明の
   あらゆる要素が機能を停止してしまうような気がするのですが……。
   
 オ 心配はいりません。そのときには、あなたがたの文明の存在の目的自体
   が全く別のものに変わってしまっているでしょう。
   
 コ それは、僕ら人類の価値観や世界観が全く変貌を遂げているということ
   ですか。
   
 オ はい。
   
 コ しかし、そういう時代がここ数十年で本当に訪れると考えてよいのです
   か。
 
 オ はい。「位置の変換」が起きれば、望むと望まざるとにかかわらず必ず
   そうなっていくはずです。
   
 コ そんなバカな……。
 
                      『シリウス革命』(p73-74)
                      http://tinyurl.com/lgfwd
----------------------------------------------------------------------

ふう。

(=_=)

……しかし、半田さんはさすが物理学者ですね。

「電子が方向性を変えてしまう」と聞いただけで、すぐに「電気が使えなくな
る」というところまで自動的に頭が進むんですからねぇ。

念のために確認しておくと、この対話は1992年のことですからね。

ところで、「位置の変換」とは“自己と他者の意識が一体化すること”だそう
です。

そして、“オコツトの話では、2013年に起きるという”と、半田さんは
説明されています。

簡単にいうと、2013年に地球人類はすべて“悟る”ということのようです
ね。

こういうふうに既定の事実みたいに言われると気が楽ですね。(^_-)

『火水伝文』を降ろされた方も、「これは消化試合みたいなもんで……」とお
っしゃっていたけど。

とはいえ、“消化試合”も楽じゃないや、なんて声が聞こえてきそうだけど。

でもまあ、いずれにしろ、あと少しの辛抱みたいじゃないですか。

もっとも、バシャールなんかは、あまり2013年なんてことは言わないよう
だけど。

でも、適当なところでキリにしてほしいよなぁ。(-_-;)

(*^_^*)

今日は、こんなところで。

m(_ _)m


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■ 2.写経ニサルガダッタ:知らないということを知ることが真の知識だ
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今日のニサルガダッタ師匠の写経です。

そう言えば、ナンダンはボディを離れてから四十九日を過ぎましたね。

今頃は、どのあたりにいるのか……。

では、前回に続いて【76 知らないということを知ることが真の知識だ】を写
経します。

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 質問者 どうして私が世界をつくったと言えるのでしょうか? 私はそれを
 知りもしないのです。
 
 マハラジ
 あなたがあなた自身を知るとき、世界の中であなたに知ることのできないも
 のは何ひとつなくなるのだ。
 あなた自身を身体と考えることで、あなたは世界を物質的なものの集合だと
 見なしてしまう。
 あなた自身を意識の中心として知るとき、世界はマインドの大海として現れ
 る。
 実在のなかのあるがままの自分自身を知るとき、あなたは世界をあなた自身
 として知るのだ。
 
 質問者 あなたの言われることは、非常にすばらしく聞こえます。しかし、
 私の質問に答えてはいません。どうして世界にはそれほどたくさんの不幸が
 あるのでしょうか?
 
 マハラジ
 もしあなたがただ観察者として超然として離れてあれば、苦しむことはない
 のだ。
 あなたは世界をショーとして見るだろう。実に、最高のショーだ。
 
 質問者
 何と言うことでしょう! このリーラ(神の戯れ)の理論は受け入れられま
 せん。苦しみはあまりにも深刻で、あまねく存在しているのです。不幸の悲
 惨な光景で楽しむなど、何という倒錯でしょうか! 何という残酷な神をあ
 なたは差しだすのでしょう!
 
 マハラジ
 不幸の原因は知覚するものと知覚されるものとの同一化にあるのだ。
 それから欲望が生まれ、欲望とともに盲目的行為、結果への無頓着が続くの
 だ。
 まわりを見まわしてみなさい。
 不幸は人間のつくり出したものだということを知るだろう。
 
 質問者
 もし人間が彼自身の不幸をつくり出しているのなら、私もあなたに賛成する
 でしょう。
 しかし、彼自身の愚行から他者まで苦しめるのです。
 夢見る人は個人的な悪夢のなかで、ほかでもない自分ひとりが苦しむだけで
 す。
 しかし、他者の人生まで破壊するとは、いったいどんな類の夢でしょうか?
 
 マハラジ
 解説は数多く、矛盾し合っている。
 実在はシンプルだ。
 すべてはひとつなのだ。
 調和が永遠の法則であり、誰も苦しむように強いられてはいない。
 ただあなたが解説し、説明しようと試みるとき、言葉はあなたを失望させる
 のだ。
 
 ……
 
 質問者
 もし私がそれであるのならば、私が生まれてきた原因は何なのでしょうか?
 
 マハラジ
 過去において満たされなかった欲望がエネルギーをふさぎ止め、それが個人
 として現れる。
 その蓄積されたエネルギーが使い果たされたとき、個人は死ぬのだ。
 満たされなかった欲望は次の誕生のなかへと運ばれていく。
 身体との自己同一化は常に新しい欲望をつくりつづけ、その束縛の構造が明
 確に理解されるまで、それに終わりはないのだ。
 解放をもたらすのは明晰性だ。
 なぜなら、その原因と結果が明確に理解されるまで、欲望を放棄することは
 できないからだ。
 それは死ぬ。
 そして永遠に死ぬのだ。
 だが、その記憶は残る。
 そしてそれらの欲望と恐れも。
 それらが新しい個人にエネルギーを供給するのだ。
 実在は、それにはまったく関わらない。
 だが、それに光を与えることでそれを可能にするのだ。
 
             『I AM THAT 私は在る』(p396-397)
 http://tinyurl.com/s747u
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(-_-;)

……前回、ここを写経しようと思ったとき、たしかに、ここのメッセージのな
にがしかが、わたしのマインドに届いたような気がしました。

しかし、今この文面を眺めても、あのときの感じはもう起こらない。

質問者とはまた違う気分のなかで、しかし、ニサルガダッタの言葉は同じよう
に届いてこない気がする。

不思議です。

マインドではないところから起こってくる言葉を、あくまでもマインドでキャ
ッチしようとしているからでしょう。

これまでも、いつもそうだったのか……。

ただ……、あのとき、この言葉↓にあるリアリティを感じたような気がする。

> もしあなたがただ観察者として超然として離れてあれば、苦しむことはない
> のだ。

この言葉に。(-_-;)

そして、そういう感じを自分がいつも持っていたような気がした。

だから、そう感じてもいいのか……、と改めて思ったような気がする。

でも、それは単に“他人”のことだから……というエゴの感覚にすぎなくて、
それがひとたび“自分”のこととなれば、そう超然としてはいられなくなるの
かもしれなくて。

> あなたは世界をショーとして見るだろう。実に、最高のショーだ。

この言葉も、同じだった。

しかし……、ともまた考える。

“他人”のことなら超然としていられるというのなら、もしかして、“自分”
のことでも、同じことなのではないだろうか。

“他人”のことなら超然としていられて、“自分”のことなら入れ込んで夢中
になってしまう……というのは、もしかしたら単なる“決めごと”にすぎない
のではないか。

もし、そうしてもいいのなら、いわゆる“自分”のことでも、同じように超然
として離れていても構わないのではないか。

そうしても許されるのなら。

(-_-)

もし、いやそれはできないというのなら、じつに真面目なものではないか。

ワールドカップの日本人チームに自己同化する方と同じく、じつに真面目なも
のではないか。

この肉体に囲われた狭い空間に自己同化するとは……。

> 何と言うことでしょう! このリーラ(神の戯れ)の理論は受け入れられま
> せん。苦しみはあまりにも深刻で、あまねく存在しているのです。不幸の悲
> 惨な光景で楽しむなど、何という倒錯でしょうか! 何という残酷な神をあ
> なたは差しだすのでしょう!

この質問者が、“このリーラ(神の戯れ)の理論”は受け入れられない、と言
っているのは、彼が自分の肉体に自己同化しているからだろうか。

結局のところ、どうもそうとしか思えない。

> 不幸の原因は知覚するものと知覚されるものとの同一化にあるのだ。

うん。

意識している者は、知覚された内容と同一ではありえない。

知覚されるものは、「わたし」ではありえない。

感覚さえ、痛みさえ、「わたし」ではありえない。

座骨神経痛で寝られなかったときも、しかし、あの“痛み”が「わたし」では
なかった。

ただ、生真面目に自己同化してみただけだった。

そんな自己同化はもう流行らない。

「わたし」がワールドカップの日本人チームに自己同化することはありえない
のだから。

その「わたし」がなんで、自分の肉体だけに自己同化する。

ひとたび「わたし」自分の肉体に自己同化したら……、

> それから欲望が生まれ、欲望とともに盲目的行為、結果への無頓着が続くの
> だ。

うん。

見え透いたこと。

> まわりを見まわしてみなさい。
> 不幸は人間のつくり出したものだということを知るだろう。

とおに賞味期限を過ぎた流行らない演歌(=恨歌)に自己同化しているだけの
こと。

もしそのことを自慢したいのでなければ、そんな流行遅れは止めたらいい。

> 質問者
> もし人間が彼自身の不幸をつくり出しているのなら、私もあなたに賛成する
> でしょう。
> しかし、彼自身の愚行から他者まで苦しめるのです。

こうすると、話はこんぐらかる。

まるで、誰か自分と無縁な他人のために苦しんでいる者がいるかのように。

> 夢見る人は個人的な悪夢のなかで、ほかでもない自分ひとりが苦しむだけで
> す。
> しかし、他者の人生まで破壊するとは、いったいどんな類の夢でしょうか?

これで、混乱は解決不能のものとなる。

> 解説は数多く、矛盾し合っている。

まったく。

> 実在はシンプルだ。
> すべてはひとつなのだ。

うん。

> 調和が永遠の法則であり、誰も苦しむように強いられてはいない。

調和が永遠の法則であり……、(-_-)

誰も苦しむように強いられてはいない。

「誰も苦しむように強いられてはいない」

……なるほど。

調和が永遠の法則なんだ。

そのありのままの「わたし」を受け入れたら、苦しむように強いられている者
なんて誰もいないんだ。

ということは、「苦しむ者」は、“すべてはひとつ”のシンプルな実在を受け
入れていない、ということなのかもしれない。

この「誰も苦しむように強いられてはいない」ということを少し、考えてみよ
う。

> ただあなたが解説し、説明しようと試みるとき、言葉はあなたを失望させる
> のだ。

なるほど。

言葉にシンプルな実在を映す能力など元々ないということか。

> 私が生まれてきた原因は何なのでしょうか?

そう。(-_-)

> 過去において満たされなかった欲望がエネルギーをふさぎ止め、それが個人
> として現れる。

“過去において満たされなかった欲望”ってのが、エレメンタルってもの?

> その蓄積されたエネルギーが使い果たされたとき、個人は死ぬのだ。

ふーん。

> 満たされなかった欲望は次の誕生のなかへと運ばれていく。

なるほど。

> 身体との自己同一化は常に新しい欲望をつくりつづけ、その束縛の構造が明
> 確に理解されるまで、それに終わりはないのだ。

ということは、それが“自然に”終わることはない、と。

「束縛の構造」を明確に理解して、意図的に終わらせる以外に、それを終わら
せる方法はない、と。

> 解放をもたらすのは明晰性だ。

うん。

> なぜなら、その原因と結果が明確に理解されるまで、欲望を放棄することは
> できないからだ。

ということは、“その原因と結果を明確に理解”すれば、欲望を放棄すること
は可能なわけだ。

> それは死ぬ。

うん。

> そして永遠に死ぬのだ。

欲望は永遠に死ぬのか。

> だが、その記憶は残る。

ふーん。(?_?)

> そしてそれらの欲望と恐れも。

そうなの。

> それらが新しい個人にエネルギーを供給するのだ。

へー。

> 実在は、それにはまったく関わらない。

あ、そういうことね。

そして、「わたし」もまったく関わらなくてもいいわけね。

> だが、それに光を与えることでそれを可能にするのだ。

ああ、実在在るがゆえに……、「私は在る」がゆえに、欲望もまた可能になる
わけか。

(-_-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いいたします。

よろしければ、気が向いたときにお付き合いください。


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■ 3.編集後記: できるかな。^^;
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なんか、文句はなくなってきている気がするんだよね。

でも、それはマインドの秩序の話だから、マインドへの自己同化がなくなって
きているわけじゃない。

だから、希望も(言い換えれば、欲望も)あるし、動揺もする。

マインドへの自己同化という“生真面目さ”も、捨てても構わないんだな。

まず、捨てても構わないという許可を自分に与えて、それから、様子を見て
みようかな。

なんちゃって。(*^_^*)

面白いようじゃない。^^;

動揺したら、その動揺がそこにあるのを許して、それに自己同化しないことに
しよっと。

あはは。

できるかな。^^;

うん、まだ残された時間はあるからね。

というわけで今回も……。

前号に続いて、著者のご了解を得ている「祈願文」という内容の文章を掲載さ
せていただきます。

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17.2001.7.7 地球さんへ

            【 祈 願 文 】 

56億年の永きにわたり、多くの魂に学舎を提供されてきた、地球さん、
本当にありがとうございました。
満身創痍でボロボロになりながらも、一言の愚痴も言わず、ただひたすら
大いなる愛で耐えてこられたあなたに、深く感謝いたします。
もうすぐ光の次元へ戻られるとのことですが、一日も早く傷を癒され、
元気な姿で光に還られますよう心よりお祈りいたします。
天の父よ、天の母よ、どうか私達の祈りを聞き入れ、地球さんにたくさんの
癒しの光をお送り下さい。

           海よ山よ空よ森よ川よ    よみがえれ

         生きとし生けるもの全て  よみがえれ

            地球よ         よみがえれ
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<(_ _)>

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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  → メール: pari♪jk2.so-net.ne.jp(“♪”→“@”に。m(_ _)m)
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