home > 通信 > 『アセンション館通信』第157



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆ 『アセンション館通信』vol.157 2007/04/08(第157号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
-☆☆---------☆☆----------------------------------------------------
 ☆☆   ☆☆              https://www.ascensionkan.com/
━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))

マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ、
という言葉を信じた仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;

内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってます。現在821名
----------------------------------------------------------------------
◇◇ もくじ ◇◇

1.求道(ぐどう)って何なんだろう

2.「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇(その2)

3.写経ニサルガダッタ:【67 体験は実在のものではない】の(1)

4.いただいたお手紙から:良太さん、ヨシローさん

5.「ご投稿・情報提供」(随時):コミュニティ「癒しの郷」を創ろう

6.編集後記:ほんとうに“誰に頼まれてもいないんだ”
----------------------------------------------------------------------

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 1.求道(ぐどう)って何なんだろう
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

求道ってなんなんだろうと、この頃ちょっと思うことがあります。

じつは、『ナンダン 遺稿集』っていうささやかな小冊子を作ってくださる方
があって、それが最近できあがったんですよね。

というか、ナンダンのメモ書きから新たに書き直して、それをこうして冊子に
してくださったということなんですが。

それを開いて読んだりすると……。

……ナンダンのことは、よく知ってるつもりがあったんですけどね。

そしてそこには、わたしがよく知っている、いかにもナンダンらしいナンダン
がいるのも確かなんですが……。

なんか、ちょっとやるせないような感じもあります。

ナンダンはとても真面目に、一生懸命“素直”になろうと努力していて。

そしてまた、それがバカらしくなったり……。

誰かに見せるつもりのメモというわけではありませんから。

といって、いつか自分で見ようと思って書いたメモ、というわけでもないでし
ょうけど。

特に最後の病床日記みたいなメモは。

黒沢映画のタイトルじゃありませんが、『生き物の記録』ということにでもな
るんでしょうか……。

ま、このメルマガも同じことでしょうけどね。

ちょっと殊勝な気持ちになってしまいます。(-_-;)

(*^_^*)

というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

……求道(ぐどう)って、何なんでしょうね。

だいたい、人が何かをするってことは、何なんでしょう。(-_-;)

欲望と恐怖に追い立てられて……。

まずは、“自分”として教えられた物語の中に入り込んで、その“自分”のあ
るべき姿を周囲からも教育され、また“自分”でも想像して、その姿の実現を
求めてまっしぐらに突っ走る……、ということを誰もが最初は試みるわけでし
ょうね。

その努力がそれなりに成功すれば、その路線だけで済むのかもしれません。

でも、たいてい、この世で生きることは、“自分”が望むような形にばかりは
展開しない。

だから、たぶんその路線だけでは、結局、どうにもならなくなって、いつか、
生きることが「苦」だと思われてくるんだろうと思います。

そうしたら、その「苦」を逃れて、「楽」になりたくなる。

「求道」が始まるんだろうと思います。

「苦」とか「楽」というのは「気分」ですから、苦しい気分にならずに、楽な
気分になるには、あるいは楽な気分でいつづけるには、どうしたらいいんだろ
う、ということになるわけです。

ところがこれが、どうやってみても、“楽な気分”をピンで留めて固定するよ
うなわけにはいかないらしい、ということがわかってくる。

姿も気分も状況も、形のあるものはすべて変化していかざるをえない。

じっさいいつの間にか肉体も能力も衰えていくので、身体や気分や状況に自己
同化したまま「楽」を求めるというのは、不可能な戦略なんだということが、
単なる理屈としてではなく実感をもって理解されてくる。

そしたら、別にいつも“楽な気分”でいなきゃならないなんてことはないんだ
な、というような風景も開けてくるんでしょうね。

別に、かならずしも「楽」を求めなくてもいいんだ、って……。

ただ、「求道」といっても、誰もがこの路線を求めわけじゃないと思いますけ
ど。

じっさい、「世の中」を良くして、できるだけ誰もが“楽な気分”でいられる
ように……、という方が素直なんだ、という立場はあるでしょうから。

そういう思いが集積して、26000年の往還サイクルだとか、シリウスのタカヒマ
ラテンプレートなどといったものが創造されてくるのでしょうし、またそこか
ら、間近に迫る“ガイア・アセンション”も生まれてくるんでしょうね。

どういう意識の位置もすべて正しい、としか言えないような気がします。

ただ、ダッタートレーヤという方に淵源を求められるらしい「私は在る」の道
では、「求道」の行き着くところは、「苦」を逃れて「楽」になるのではなく、
ただ“自分”が「苦」だと間違って想像するのをやめればいい、ということに
なるんだろうと思います。

「私は苦」でもなければ、「私は楽」でもない。

ただ「私は在る」、……ということになるんだろうと思います。

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇(その2)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

何かの役に立つかどうか、新しい世界に至るまでの“渡り廊下経済実践論”の
試みです。^^;

題して、

    《「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇》

今回は、その2回目。

前回は、『エンデの遺言』の森野栄一さんの記述をお借りして、
http://tinyurl.com/36kudc
19世紀の忘れられた思想家シルビオ・ゲゼルという方の「自由貨幣」理論と、
その理論の実践報告“ヴェルグルの奇跡”をちょっとご紹介しました。

「自由貨幣」というのは“老化する貨幣”、つまり時間が経つと減価する貨幣
のことでしたね。

通常「自由貨幣」はその減価分のスタンプを追加して流通させるのですが、こ
のスタンプは考えようによっては一種の税金のようなものなので、誰もがその
税金を避けようとするために、たいへんな“循環促進効果”を持つというわけ
でした。

それで、スイス国境に近いオーストリアのヴェルグルで窮余の策として発行さ
れたスタンプ通貨の場合は、流通速度(回転率)が月に12回ほどだった、と
いうお話をしたのでした。

1枚の1万円札が、月に12万円の経済効果を生んで循環したわけです。

貨幣の基本機能には、「価値の尺度」「価値の保存・蓄積」「交換の媒介」の
機能があるとされます。

そのほか、「お金」に利息のつく世界では、いわゆる“価値増殖手段”として
の機能があるわけですが、シオニスト・ユダヤが目の敵にする「イスラム世界」
では、これは認められていません。

それはともかく、われわれが生活しているような極度に分業が進んだ世界では、
「お金」がどの程度“交換媒介機能”を果たしているかが社会の豊かさにとっ
て決定的に重要です。

同じ「お金」が12倍の速度で循環すれば、12倍の経済効果を生むというこ
とから、「お金」というものは、本質的に物財のような“有限なもの”ではな
いことがわかります。

つまり、「お金」というのは、じつは、無限に存在するものなのです。

だからこそ、実際にも、「お金」は“必要なら刷ればいい”わけです。

われわれは歴史的に、“お金がない”とか“お金が足りない”という深い刷り
込みを受けているので、じつは“「お金」は無限に存在する”のだということ
が、なかなか理解できません。

でも、それを一瞬、如実に理解させてくれたのが“ヴェルグルの奇跡”でした。

だからこそ、じつは“「お金」は無限に存在する”ことを知られては困る勢力、
過去3000年(あるいは、自称5000年)の霊的努力の後継者として地上に存在す
る勢力がそれを差し止めたのです。

各国の国営銀行の仕組みを創設した地上の勢力が、あわてて“ヴェルグルの奇
跡”の息の根を止めたわけです。

なぜなら、“「お金」は無限に存在する”ことを一瞬思い出させて有頂天にさ
せたり、やっぱり“お金は足りない”んだと思い出させて正気に戻したりする
のは、そんな末端の自治体に委譲してもいいような特権ではなかった。

そのサジ加減のコントロールは、地上の支配者の役割だからです。

それこそは“秘中の秘”、地上の“影の権力”がけっして手放してはいけない
支配力の核心です。

「景気」を左右して、「お金」の流通をコントロールすることこそが。

経済身体の景気がいい部位では、細胞間の情報とエネルギー交換が活性化しま
す。

経済身体の景気が悪い部位では、細胞間の情報とエネルギー交換が停滞します。

そして、情報とエネルギー交換が停止した部位の細胞は死滅するわけです。

それを自在にコントロールするのは、地上の支配者の役割であるべきです。

それでこそ、生殺与奪の特権を維持できるわけですから。

そんなことを、勝手にやられては敵わない。(^_-)

スイス国境に近いオーストリアの1地方自治体が犯したのは、その神権だった
わけです。

前回、ゲゼルの「自由貨幣」の主機能は次のふたつだと言いました。

(1)「お金」を減価させる。

(2)「お金」の循環を加速させる。

そして……
----------------------------------------------------------------------
 今のところ、この(1)の機能を狙って、“減価するスタンプ貨幣”を実質的
 な規模で流通させることはまず難しいでしょう。
----------------------------------------------------------------------
とも言いました。

----------------------------------------------------------------------
 しかし上の(2)の機能を狙って、「お金」の循環を加速させることは可能……
----------------------------------------------------------------------
だ、とも。

早速、具体論に入ります。

もちろん、すでに推測されている方が多いと思いますが (*^_^*)、現代に許さ
れたマーケティング手法MLM(Multi Level Marketing)を使います。

その前に、ちょっと、これまでに何度かこのメルマガで述べてきたことの要点
を、箇条書きにして簡単に再確認しておきたいと思います。


        …………○…………○…………○…………


これまでの要点の再確認。

1.アセンションを間近に向かえて、人類は(マルクスが定義した意味での)
  「労働」というものから解放される段階に入ってきた。
  
  (むろん、ハタを楽にするという意味での、ハタラクことがなくなるわけ
   ではありませんが。)

2.まずは、モノ作り最先進国の日本から、“生産力”が“消費力”を超えて
  しまった。(domさんの表現)
  
  したがって、ある意味で、誰もが生産に携われる時代は終わりつつある。
  
  これは、「ワンワールド」を画策する地上の「支配者」的観点からすると、
  人類が「支配階級」「奴隷階級」「ユースレスイーター」(穀潰し)に分
  かれる、ということであり、別の言い方では、人類は労働から解放されつ
  つある、ということ。

3.しかし、人類は「生産」「流通」「各種サービス」の経済価値は認めてい
  るけれども、まだ「消費」の経済価値を認めていない。
  
  したがって、単に“消費人間”であることは、まだ生活費を取得するため
  の“正当な理由”とはなっていない。
  
  まだ、「生活保護」という特例措置的な理解しか存在してない。

4.したがって、これからアセンションまでの“しばらくの間”、「生産」
  に携われない人間は、何らかの形で「流通」か「各種サービス」に関わ
  ることで個々に生活資金を獲得するより仕方ないと思われる。


        …………○…………○…………○…………


さて、以上がこれまでの大雑把な復習です。

上に言う「各種サービス」は、これからの時代の「ハタラク」、いうなれば、
“ボランタリー経済”の主要部分になっていくのでしょう。

それはまた、トフラーご夫妻の近著『富の未来』にいう、“経済ファンダメン
タルズに現れない経済の地殻変動”でもあります。

しかし、この「各種サービス」は、当面誰にでも生活資金を環流させる通路に
はなりそうもありません。

ここで考えたいのは、あくまでも“ヴェルグルの奇跡”を生みだしたゲゼルの
「自由貨幣」の2番目の機能

(2)「お金」の循環を加速させる。

に相当するような効果をもたらす方法です。

経済身体の細胞間に活発な情報とエネルギー交流を始動して、細胞の壊死を回
避するような方法です。

つまり、経済身体の各細胞が、充血・肥大した大脳というコントロール・セン
ター(地上の権力)の指示に踊らされて情報とエネルギー交換を活発化したり
停滞させるのではなく、自らの律動で自律的に、近辺細胞同士で相互にエネル
ギー交換する自由を獲得することです。

現代の資本主義が認めている流通手法MLMには、特に「お金」の循環を“加
速する”機能はないにしても、その律動を“強制する”効果があります。

そこから、実質的に「お金」の循環を加速するのと同じ効果を導き出せます。

そして、その試みのために“打ってつけ”のMLMがありました。

これまで何度かご紹介した「LifeStory」の「利益分配型会員プラン」です。

「利益分配型会員プラン」のどこが“打ってつけ”なのか?

1.ビジネスプランがきわめて単純で、誰にも理解できること。
  
  ボーナス計算は、左右ラインの伸びには関係なく、実際に発生した流通量
  にのみよること。
  
  基本的には、2人を紹介するだけ(これが基本)であること。

2.いったんその流通網のなかに組み込まれたら、参加者の休眠にかかわらず、
  いつまでもそのポジションが維持される(つまり、降格がない)こと。

3.そして、自分以下12段までの流通量しかボーナス計算の対象にならず、
  何よりも、そのボーナス計算が紹介人数12人を超えるとそれ以上は変化
  しないこと。

4.当面の対象商品(三大死因のすべてを対象とする予防医学的サプリメント
  と、こだわりのナノテク保湿スキンケア製品)は、きわめてカバー範囲の
  広い妥当な選択といえること。

5.しかもこれが、同時に通販製品として成立している商品であること。

以上の特徴を利用すれば、じつに、無理のない「生活資金環流システム」を構
築できそうです。

特に、「3.」の“ボーナス計算が紹介人数12人を超えるとそれ以上は変化
しない”というプランの特徴に、大きな可能性が秘められています。

次回3回目で、その具体的展開方法を書きたいと思います。

今日のところは、ここまでで。

m(_ _)m


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 3.写経ニサルガダッタ:【67 体験は実在のものではない】の(1)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

頭がだいぶ別世界に飛びましたが、また“元の位置”に戻ります。^^;

非実在に“入れ込んだ”距離だけは、戻ってこなければなりませんものね。

それで、前2回に続けて【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】
を掲載するつもりだったんですが……。

じつは、ちょっと、途中で気が変わってしまいました。^^;

毎日読んでいるうちに、急に、どうしても別のところにしたくなりました。

こればかりは、勝手に写経している人間のそれこそ勝手で……。

(あ、関係各位の方、どうぞお許しを。すんません。m(_ _)m

 早く知的所有権のない世界を、もっと光を。←なんちゃって。(*^_^*) )

だって、とっても、いいんですもの。

では、【67 体験は実在のものではない】の(1)です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
 願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。

----------------------------------------------------------------------
 マハラジ
 探求者とは彼自身を探している人だ。
 じきに彼は、身体が彼ではありえないと発見する。
 ひとたび「私は身体ではない」という確信がしっかりと確立されれば、もは
 や彼は身体に代わって感じ、考え、行動することはできなくなる。
 彼は普遍的な存在、知識、行為なのだということを容易に発見するだろう。
 彼のなかで、彼を通して宇宙全体が真実で、意識的で、活動的になるのだ。
 これが問題の核心だ。
 あなたは身体意識として環境の奴隷となるか、あるいはあなたは普遍的意識
 そのものであり、あらゆる出来事を完全に制御するかだ。
 
 しかし、それでも意識、個人、普遍なるものは私の真の居場所ではないのだ。
 私はその中にはなく、それは私のものではない。
 その中に「私」はない。
 どのようにして人が意識でもなく、無意識でもなく、ただ彼方に在ることが
 できるのかを説明することは容易でないが、私は彼方にあるのだ。
 私は神の中にいる、あるいは私は神だ、とは言えない。
 神は普遍的な光と愛、普遍的な観照者だ。
 私は普遍的なものさえ超えているのだ。
 
 質問者 それでは、あなたには名前も形もないということです。いったい、
     あなたはいかなる類(たぐい)の存在なのでしょうか?
 
 マハラジ
 私は私であるものだ。
 形がなく、形がないということでもない。
 意識ではなく、無意識でもない。
 私はこれらすべての範疇の外に在るのだ。
 
 質問者 あなたは「ネティ・ネティ」、これではない、これではないという
     アプローチについて語っているのでしょうか?
 
 マハラジ
 単なる否定によって私を見いだすことはできない。
 私はすべてであり、無なのだ。
 その両方であり、その両方でない。
 そういった定義は宇宙の支配者には当てはまるだろうが、私には当てはまら
 ないのだ。
 
 質問者 あなたはただの無だということを伝えたいのでしょうか?
 
 マハラジ
 そうではない。
 私は完全であり完璧なのだ。
 私は存在の中の存在性、知ることの中の知、幸福の充足だ。
 私を虚空に引き下げることはできない。
 
 質問者 もしあなたが言葉を超えているならば、私たちは何について話すと
     いうのでしょう? 形而上学的には、あなたの言われることは筋が
     通っていて、内面的な矛盾はありません。しかし、あなたの言われ
     ることは、私の糧(かて)になっていないのです。それは完全に私
     の緊急の必要性を超えています。私がパンを求めているときに、あ
     なたは宝石を与えているのです。それらが美しいことは、疑うまで
     もありません。しかし、私は空腹なのです。
 
 マハラジ
 そうではないのだ。
 私はあなたがまさに必要としているものを差しだしている――気づきだ。
 あなたは空腹ではなく、パンも必要ない。
 あなたに必要なのは停止、放棄、開放だ。
 あなたが必要だと信じているものは、あなたに必要なものではないのだ。
 あなたが本当に必要としているものを知っているのは私だ。
 あなたではない。
 あなたは私がいる状態に戻らなければならない――あなたの自然な状態に。
 ほかの何であれ、あなたの考えるものは幻想であり、障害だ。
 私を信じてほしい。
 あるがままのあなたとして在ること、それ以外は何も必要ないのだ。
 あなたは獲得することによって、あなたの価値が増加すると想像している。
 それは金が銅を加えることで、それを改善するだろうと想像しているような
 ものだ。
 あなたの本質にとって異質なすべてのものを除去し、浄化し、放棄すること
 で充分だ。
 それ以外のすべては無駄なのだ。
 
 質問者 言うは易く行うは難し、です。苦痛を抱えた人があなたのもとへや
     ってきたとします。そして、あなたは彼に胃の中のものを吐き出す
     ように勧めるのです。もちろん、マインドがなければ何の問題もあ
     りません。しかし、もっとも明白に、マインドはそこにあるのです。
 
 マハラジ
 マインドがそこにある、とあなたに言うのはマインドなのだ。
 騙されてはいけない。
 マインドについての果てしない議論はみな、マインドそのものによってそれ
 自身を保護し、継続し、拡張するために生みだされたのだ。
 それを超えた彼方へとあなたを連れていくことができるのは、マインドの回
 旋や動乱を完全に拒絶することだ。
 
             『I AM THAT 私は在る』(p338-340)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

(-||-)

……じつに、剛速球。

いや、「最強の破壊者」の言葉だよなぁ。(-_-;)

コメントなんか、まったく必要ないんですが。

> マハラジ
> 探求者とは彼自身を探している人だ。
> じきに彼は、身体が彼ではありえないと発見する。
> ひとたび「私は身体ではない」という確信がしっかりと確立されれば、もは
> や彼は身体に代わって感じ、考え、行動することはできなくなる。

まだ、先延ばししています。(-_-;)

“「私は身体ではない」という確信がしっかりと確立され”ていないので。

> 彼は普遍的な存在、知識、行為なのだということを容易に発見するだろう。

なるほど、そういう方向なのですね。

> 彼のなかで、彼を通して宇宙全体が真実で、意識的で、活動的になるのだ。
> これが問題の核心だ。

そうか。

> あなたは身体意識として環境の奴隷となるか、あるいはあなたは普遍的意識
> そのものであり、あらゆる出来事を完全に制御するかだ。

言葉は、わかります。

> しかし、それでも意識、個人、普遍なるものは私の真の居場所ではないのだ。

そうだと思った。

> 私はその中にはなく、それは私のものではない。
> その中に「私」はない。

はい。

> どのようにして人が意識でもなく、無意識でもなく、ただ彼方に在ることが
> できるのかを説明することは容易でないが、私は彼方にあるのだ。

信じます。

『不合理ゆえに吾信ず』

> 私は神の中にいる、あるいは私は神だ、とは言えない。

はい、わかるような気がします。

> 神は普遍的な光と愛、普遍的な観照者だ。

はい。

> 私は普遍的なものさえ超えているのだ。

そうだと思いました。

> 質問者 それでは、あなたには名前も形もないということです。いったい、
>     あなたはいかなる類(たぐい)の存在なのでしょうか?
> 
> マハラジ
> 私は私であるものだ。
> 形がなく、形がないということでもない。
> 意識ではなく、無意識でもない。
> 私はこれらすべての範疇の外に在るのだ。

そういう言い方が、好きです。

> 質問者 あなたは「ネティ・ネティ」、これではない、これではないという
>     アプローチについて語っているのでしょうか?
> 
> マハラジ
> 単なる否定によって私を見いだすことはできない。
> 私はすべてであり、無なのだ。
> その両方であり、その両方でない。
> そういった定義は宇宙の支配者には当てはまるだろうが、私には当てはまら
> ないのだ。

ああ……。

> 質問者 あなたはただの無だということを伝えたいのでしょうか?
> 
> マハラジ
> そうではない。
> 私は完全であり完璧なのだ。
> 私は存在の中の存在性、知ることの中の知、幸福の充足だ。
> 私を虚空に引き下げることはできない。

そうか。

> 質問者 もしあなたが言葉を超えているならば、私たちは何について話すと
>     いうのでしょう? 形而上学的には、あなたの言われることは筋が
>     通っていて、内面的な矛盾はありません。しかし、あなたの言われ
>     ることは、私の糧(かて)になっていないのです。それは完全に私
>     の緊急の必要性を超えています。私がパンを求めているときに、あ
>     なたは宝石を与えているのです。それらが美しいことは、疑うまで
>     もありません。しかし、私は空腹なのです。

うーん、この人、ここでは雄弁に頑張ったなぁ。

> マハラジ
> そうではないのだ。
> 私はあなたがまさに必要としているものを差しだしている――気づきだ。

ああ、そうか。

> あなたは空腹ではなく、パンも必要ない。
> あなたに必要なのは停止、放棄、開放だ。
> あなたが必要だと信じているものは、あなたに必要なものではないのだ。

はい。(;_;)

> あなたが本当に必要としているものを知っているのは私だ。
> あなたではない。

(;_;)

> あなたは私がいる状態に戻らなければならない――あなたの自然な状態に。
> ほかの何であれ、あなたの考えるものは幻想であり、障害だ。

そうか……。

> 私を信じてほしい。
> あるがままのあなたとして在ること、それ以外は何も必要ないのだ。

(;_;)

> あなたは獲得することによって、あなたの価値が増加すると想像している。
> それは金が銅を加えることで、それを改善するだろうと想像しているような
> ものだ。

(>_<)

> あなたの本質にとって異質なすべてのものを除去し、浄化し、放棄すること
> で充分だ。

勇気か? 理解か? はたまた誠実さか……。

> それ以外のすべては無駄なのだ。

(-||-)

> 質問者 言うは易く行うは難し、です。苦痛を抱えた人があなたのもとへや
>     ってきたとします。そして、あなたは彼に胃の中のものを吐き出す
>     ように勧めるのです。もちろん、マインドがなければ何の問題もあ
>     りません。しかし、もっとも明白に、マインドはそこにあるのです。

良く粘った。

> マハラジ
> マインドがそこにある、とあなたに言うのはマインドなのだ。

(@_@)

……そうか。

> 騙されてはいけない。
> マインドについての果てしない議論はみな、マインドそのものによってそれ
> 自身を保護し、継続し、拡張するために生みだされたのだ。

そうか。

> それを超えた彼方へとあなたを連れていくことができるのは、マインドの回
> 旋や動乱を完全に拒絶することだ。

はい。

じつは、この後も続いているんですが……。

ただ、今回は、というか、今しばらく、パスします……。(-_-;)

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。

よろしければ、気が向いたときにお付き合いください。

それから、「最強の破壊者からの言葉」というのを置いてみました。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-words.html

どこからもクレームが来なければ、追加および取捨選択していきます。

ときに「最強の破壊者」に疑問をぶつけてみていただければ嬉しいです。


        …………○…………○…………○…………


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 4.いただいたお手紙から:良太さん、ヨシローさん
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

お気が向いたときに、たまに何か書いていただけると嬉しいです。
なにか、ご要望など伺えるとありがたいです。
E-mail:pari♪jk2.so-net.ne.jp
      ↑ここは“@”にしてくださいね。(*^_^*)

勝手に掲載させていただくかもしれません。もちろん、掲載は困る、と書いて
おいていただければ、そんなことはしませんが。^^;

ハンドル名(=ここでの掲載名)もお願いしますね。


       …………○…………○…………○…………


今回、これまでのご縁で『ナンダン 遺稿集』をお送りした良太さんから、
遺稿集の感想メールをいただきましたので、ご紹介します。

[件名]: 『ナンダン遺稿集』ありがとうございました
----------------------------------------------------------------------
 pari さん、私にまで送って下さり本当にありがとうございました。
 感謝の気持ちでいっぱいです。
 早速拝見させていただきました。
 なんかうまく言葉でいえませんが、一応感想をお伝えします。
 
 ナンダンさんの日記や、親しかった皆さんの寄稿を読んで、
 改めて思ったことなんですけど、
 人はなにかを達成するために生きているのではなくて、
 ただ生きるために生きているんだなあと。
 ナンダンさんは覚醒を目指しておられた。
 でも本当は覚醒を目指して生きていくその時々の風景を作り込むことが
 目的だったのではないかと思えたんです。
 人生の最後を病気という形で彩られたことで、
 さらにその印象が強くなりました。
 ナンダンさんはとてもロマンチックな人だったのだなと。
 目鼻立ちの整ったすごく形のいい作品に仕上がってますよね、
 ナンダンさんの人生って。
 
 変な感想ですみません。pari さんに返事を書いてて
 あ、アセンション通信で使われるかも、と思ったので
 ちょっとおすましな文にしちゃいました。
 
 でも、たったいちどだけお目にかかっただけの私のような者の中にまで
 ナンダンさんはずっと居続けてますよって、
 それだけナンダンさんに伝わればいいんですけど。
----------------------------------------------------------------------

良太さん、メールありがとうございました。

> ナンダンさんの日記や、親しかった皆さんの寄稿を読んで、
> 改めて思ったことなんですけど、
> 人はなにかを達成するために生きているのではなくて、
> ただ生きるために生きているんだなあと。

いやー、それはそう思いますねぇ。

「ただ生きるために生きている」んでしょうね。

> ナンダンさんは覚醒を目指しておられた。
> でも本当は覚醒を目指して生きていくその時々の風景を作り込むことが
> 目的だったのではないかと思えたんです。

なるほど。

> ナンダンさんはとてもロマンチックな人だったのだなと。

へー、それを聞いたら、ナンダン喜ぶかも。^^;

> 目鼻立ちの整ったすごく形のいい作品に仕上がってますよね、
> ナンダンさんの人生って。

そうですか。(?_?)

ははー、そう言えば、そうなのかもしれませんね。

> でも、たったいちどだけお目にかかっただけの私のような者の中にまで
> ナンダンさんはずっと居続けてますよって、
> それだけナンダンさんに伝わればいいんですけど。

はい。^^;

もしかしたら、今度のことでは少し娑婆気が出て、近くまで来ていたりして、
伝わっているかもしれませんね。

ありがとうございました。

m(_ _)m


       …………○…………○…………○…………


そしたら、もうひとつ、(これは今思い立ったので、本人に掲載の許可もも
らっていませんが、 m(_ _)m )『ナンダン 遺稿集』に原稿をお願いした、
ヨシローさんのメールもご紹介させていただきたくなりました。

[件名]:ナンダン遺稿集
----------------------------------------------------------------------
 こんばんは、pariさん
 
 土曜日にナンダン遺稿集が届きました。
 ありがとうございます。
 
 小さな小さな冊子ながら、手にズシリときました。
 
 これまでいろんな本や雑誌を読んできたけど、
 それらとはなにか基本的に違いますね。
 100%愛情だけで世に現れたものの重さといったらよいのか・・・
 
 とても興味深く、面白く(といったら失礼になるけど)、
 読み進んでいきました。
 やはりぼくの知らないナンダンがいたるところに顔を出して、
 百羅漢のように表情を変えながら、ときに舌を出している感じです。
 
 ハイレベルのインテリであり、思索家であり、哲学者であり、毒舌家であり、
 その上、ポジティブに向上しようとしていたのは、ちょっと意外でした。
 
 雨降れば降れ、風吹けば吹け・・・
 とはちょっと違っていたなぁ。
 
 それにしてもあの闘病生活で、ここまで求道していたとは・・・
 頭が下がるような、
 その探求だけが最期のじゃまをしていたような・・・
 複雑な心境になりましたが、
 いまごろはケセラセラと笑っていることでしょう。
 
 禅は関心事から外れているようでしたが、
 あの簡潔な文章。創造的な切り口。
 表現体そのものに禅を感じました。
 
 (「地球さんへ」の詩の誤解はまぁいいじゃないですか。
 個人の手元を離れているような詩ですから、許してもらえると思います。)
 
 ぼくはナンダンと出会って話をしたけど、
 一緒に遊んだことはなかったので、知人どまりというか・・・
 みなさんの文章からその人柄をあらためて知りました。
 
 絵も素晴らしかったし・・・
 
 きっとナンダンもまんざらでもないでしょうね。
 いまごろ泣き笑いの表情を浮かべているかな・・・?
 
 企画編集を担当された森ご兄弟によろしくお伝えください。
 
 LOVE   YOSHIRO
----------------------------------------------------------------------

ヨシローさん、勝手に無断で掲載させていただきましたよ。(-||-)

> あの簡潔な文章。創造的な切り口。
> 表現体そのものに禅を感じました。

それは、確かにそうですね。

> (「地球さんへ」の詩の誤解はまぁいいじゃないですか。
> 個人の手元を離れているような詩ですから、許してもらえると思います。)

(このコメント↑は、ナンダンが清書していた「地球さんへ」の詩を編集者の
 方が、ナンダンの詩と誤解なさったことを言っています。)

> 絵も素晴らしかったし・・・

阿倍さんの絵は、ほんとに素晴らしかったですよね。

> きっとナンダンもまんざらでもないでしょうね。

ええ。

> いまごろ泣き笑いの表情を浮かべているかな・・・?

ほんと。(^^;)

パーキンソン病が進んでからは、表情の動きがスローモーションで……。

一種独特の、“泣き笑いの表情”だった。

m(_ _)m


       …………○…………○…………○…………


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 5.「ご投稿・情報提供」(随時):コミュニティ「癒しの郷」を創ろう
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『アセンション館通信』への「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。

E-mail:pari♪jk2.so-net.ne.jp
      ↑ここは“@”にしてくださいね。(*^_^*)

こちらでも。
E-mail:parichan@gmail.com

できればハンドル名もお願いします。


        …………○…………○…………○…………


今回も、ハイアーセルフ33さんから情報をいただきました。

【件名】:Fw: コミュニティ「癒しの郷」を創ろう
----------------------------------------------------------------------
 みなさん、こんにちは。ハイアセールフ33です。
 
 コミュニティーつくり関係のメルマガがあります。
 スピリチュアルな内容も含まれていて、両方の意味で
 参考になるかと思いご紹介しました。
 
 ***********************************
 
 >**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   213号 2007.4/5
 >
 > ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
 >●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
 >
 > あらゆるものがそれぞれの収束に向かって突き進んでいるような感じを受
 >けます。今までにない気配です。メルマガも一歩踏み込んだ話に入って行き
 >たいと思います。
 >
 > 先日、ダイアン・ロビンス『超シャンバラ』(06年初版、徳間書店)を
 >読みました。
 > 「シャンバラ」とは、昔からチベットの奥地にあると言われていた理想郷
 >の都市名です。先の本によれば、それは地球内部にある120ほどの都市(コ
 >ロニー)の中の代表的な都市の一つだと説明されています。
 >
 > この話し、どこから説明したらよいのか大変困るのですが、『ラムサ・真
 >聖なる預言』(95年初版、角川春樹事務所)では次ぎのように言っています。
 > 「・・・主よ、限界のない思考を持つことです。あなたの世界は丸いこと
 >を知りなさい。でも、自分の真実においてさらに限りなくありたいと願うな
 >ら、その上と下が平坦であることを知りなさい。さらに限りなくありたいと
 >願うなら、その内部が空洞であることを知りなさい。そして、それよりもさ
 >らに限りあらんと願う者と、地球の中心にはたくさんの生き物が棲んでいる
 >ことを知りなさい・・・」と。
 >
 > 『超シャンバラ』では、太陽系にある球体はすべて空洞になっていると言
 >っています。昔、NASAにいた科学者が、月は空洞だと発表したことがあり
 >ます。衝撃によって発生する振動波の減衰パターンから言うと、月はサッカ
 >ーボールのような中空の物体としか言い様がないと。
 > 地球が空洞だという説も昔からあるのですが、三次元的に空洞なのか、そ
 >れとも別次元的に空洞なのか、その辺りのことが今一つよくわかりません。
 > ここでどうしても必要になってくるのが、別次元という概念です。今後出
 >て来るであろう様々な情報は、次元という概念がなければ判断できなくなる
 >だろうと思います。そのことから有料ページの方で、「意識の振動数を変え
 >れば地球の災難とは無縁」というテーマでシリーズを書いているのですが、
 >今号のメルマガでシリーズ(3)を紹介します。『超シャンバラ』に書かれ
 >ている物理学もそれと同じです。眉唾で結構ですから、おつき合いください。
 >
 >
 >
 >意識の振動数を上げれば、地球の災難とは無縁(3)
 >
 >〈 今、共同体を作る意味 〉
 >
 > 今回の話しは三次元(物質界)における振動数と物現象(運命)の関係に
 >ついてです。
 >
 > 宗教では信仰の道に入ると「大難が小難になる」とか、「骨折がかすり傷
 >で済む」とか言います。『日月神示』では「・・・改心できれば大難が小難
 >となるのぢゃ、やらねばならん、戦は碁・将棋くらいの戦で済むのぢゃ・・
 >・」とあります。信仰、改心というのは、自我意識(生まれてから築き上げ
 >て来た自分という人格)を無くすことです。
 > また、「この道に入ると、損をしたり、病気になったり、怪我をすること
 >がよくあるなれど、それは大難を小難にし、また、めぐりが一時に出て来て
 >その借銭済しをやらせれているのぢゃ・・・」とあります。
 >
 > このようなことは普通には聞かないことでしょうが、現象(現実)はすべ
 >て魂意識が作り出しているものであって、魂の意向は絶対に止められないと
 >いうことです。そして、損、病気、怪我・・・といった不都合な体験を大き
 >く現象化するのが自我意識だということです。これが宗教でいう宿命と運命
 >の関係で、運命は変えられるという理由でもあります。
 >
 >
 > なぜ自我意識が不都合なことを拡大するのかと言いますと、まず結論を先
 >に書いておきますが、自我意識は破壊的な意識であって、そこに魂意識の破
 >壊的な体験意向が重なると、波動(振動)の相乗効果によって大きな現象に
 >なるのです。
 > なぜ自我意識が破壊的な意識かというと、魂意識から分離したことによっ
 >てそうなりました。魂意識は他と融合して集合意識を形成します。そして、
 >現象化の主導権は集合意識の方にあります。そんなことは認めないといって
 >もエネルギーの絶対量が全然違います。自我意識に集合意識の方向性を変え
 >させることはできません。自我意識は集合意識とコミュニケーションがとれ
 >ないわけですから、どんな建設的なことを考えようと、集合意識の側から言
 >えば破壊者なのです。偶然同じことを考えたとしても、タイミングが合わな
 >ければやはり破壊です。
 >
 > わかりにくい話しですが、例えば全員で農地を作ろうとしている時、一人
 >その場所に生ゴミ用の穴を掘る人がいたなら、それは有用に思えても農地を
 >作るという全体計画から言えば破壊行為です。集合意識と自我意識とはこの
 >ような関係だといえます。
 > そう言う中で、魂意識が破壊的なことを体験しようとすると(破壊的な波
 >動を発すると)、自我意識の破壊的な波動と重なり現象を大きくしてしまう
 >のです。
 >
 >
 > ただし、自我意識にも破壊度の大小があって、思考枠が狭いほど破壊度が
 >大きく(集合意識からより離れた意識)、思考枠が広くなるに従って破壊度
 >は小さくなります。これは意識の振動数の差として出て来ます(ただし、ま
 >だ意識の振動数を測定する方法なはないのですが、脳波を計ることで相対的
 >な判断はできます)。
 > また量子力学のいうように意識には物質の在り方を決定する力があります
 >から、自我意識が強いと(意識の振動数が低いと)魂にその計画がなかって
 >も不都合な現実を作り出します。
 >
 > 肉体は魂(集合意識)に沿うようになっていますから、自我意識が強いと
 >二つの振動を受けることになり不調和をきたし、病気をつくりやすくなりま
 >す。また、意識は「波長同通の法則」(同じ振動数のものと共振する)が働
 >きますから、自我意識が強いと破壊的な現象(事故、怪我、自然災害、火事、
 >損・・・)に巻き込まれやすくなります。
 >
 >
 > 以上にような法則を知っておきますと、どうするのが安全につながるのか
 >がわかります。つまり自我で安全な方法を考えることではなく、自我意識を
 >出さないことが最高の安全につながると言えるわけです。
 > しかし今の自我社会(自我人格を前提にした社会)において、自我意識を
 >出さないというのは無理な話しです。そこで次善策として言えることは、自
 >分よりもう一つ大きい人格で生きることです(思考枠が大きくなれば破壊度
 >は小さくなります)。これは今の自我社会でも可能です。
 >
 > 例えば、家庭を持っている人なら、常に家族の立場(枠)で考えるのです。
 >家族人格で生きるのです。
 > 中小企業のオーナー社長は、たいがい会社人格で生きています。会社が自
 >分であり、自分か゛会社という意識です。私の叔父もそういう人で、自分の
 >こと以上に会社を考えています。自分の持ち物はどこに置いたのか忘れても、
 >会社の持ち物を忘れるようなことはありません。何十年も前に買った倉庫の
 >隅にある小さな部品でも忘れていません。
 > 自分がどの意識枠で生きているかは、窮地にたったときよくわかります。
 >中小企業の社長などは、躊躇なく自分は罰を被ってでも会社の方を守ります。
 >自分の生命保険を使って会社を助ける人もいます。
 >
 > 昔、人の意識の振動数が読み取れる足立幸子さんという方がいたのですが、
 >その方の「あるがままに生きる」という本の中に、中小企業の社長は既して
 >意識振動数が高いと書いてありました。会社人格で生きている人は、自分人
 >格で生きている人より意識が高いと言えるようです。
 >
 >
 > 「癒しの郷」のような共同体に暮らす場合は、意識枠の拡大が容易になり
 >ます。共同体は元々自我人格を使わない世界ですから、つまり、共同体が自
 >分であり、自分が共同体というグループ人格を生きる世界ですから、一般社
 >会にくらべると自我は出なくなります。
 >
 > 建設中の1号村にしても、自我人格(自我氏名)を出さなくても生活でき
 >るようにしています。近所の人に出合っても「中野さんの所の者です」と言
 >えば話しが通るようにしてあります。いずれ「屋号」ですべてが処理できる
 >ようにしたいと思っています。
 > 以前メルマガに書いたと思いますが、田舎では屋号で呼び合っています。
 >「○○屋です」と屋号を言えば当人をしらなくてもきちんとした対応をして
 >くれます。全く自我氏名を出さなくてもよい世界です。
 >
 > 会社の社長が自我人格を出さなくて済むのは、他者には誰であれ会社名を
 >名乗って通してしまうからです。そうしておけば、偶然であったような時で
 >も相手が会社名で呼び掛けてくれるので自我人格を出すことがありません。
 > 共同体が屋号を持つ事は、自我意識を出さなくする基本的な方法です。そ
 >れぞれ○○屋の太郎、○○屋の花子・・・を生きる時、全員が○○屋の共通
 >人格を生きるわけですから、ルールや約束事を必要としない暮らしが実現し
 >ます。
 >
 >
 > さてここからが本論なのですが、グループ意識でくらす共同体を作ったな
 >ら、どんな天変地異が起きようと大きな被害は受けないかもしれません。
 > 改めて「旧約聖書」の「ノアの洪水」の章を読んでみましたが、やはりそ
 >うでした。最初に「・・・ノアだけは義(ただ)しい人、全き人であった・
 >・・」とあります。そしてこの行には注釈があって、「神を信じその意思に
 >従って生きる人間の意で、必ずしも道徳的に完全な人間という意味ではない」
 >とあります。
 >
 > ノアの家族は、方舟によって助かったのではなく、意識振動数によって助
 >かったのだといえるでしょう。すべてが死滅するような大洪水の中で、素人
 >の作った方舟が耐えられるはずがありません。方舟は動物が逃げないように
 >するための囲いのようなもので、すでに次元的に安全なところにいたと言え
 >ます。
 > 以前「ヒマラヤ聖者の生活探究」という本を紹介したことがありますが、
 >「回りは大嵐なのに、大師のテントのあるところは穏やかであった・・・」
 >とありましたが、ノアの方舟もそんな状態にあったのだと思います。
 >
 > ノアのように集合意識のままに生きることは難しいですが、グループ意識
 >(共同体意識)で暮らしていれば、何が起きても致命的なことにはならない
 >でしょう。
 > 仮に共同体のハードが壊れたとしても、それは大きな問題ではありません。
 >次ぎの世(エーテル界地球)は、イメージが形になる世だそうです(物質の
 >振動数の上昇によって生まれる新しい物理法則)。イメージを描き出すのは
 >魂記憶です。魂記憶は五感を通した体験で得られる記憶ですから、今、共同
 >体を建設するという体験をしておけば、次ぎの世でも共同体を得たのと同じ
 >ことになるのです。
 >
 > 参考までに、そういう次元で服を作る方法を説明したものがありましたの
 >で紹介します。「心の中で型地やシルエットをはっきり決め、目で見るよう
 >に思い描いてから、願望の力でその型のまわりに思考界の希薄な素材を引き
 >寄せれば、それが実際の服になる」と。イメージを描く部分で、素材の感触
 >だとか、重量感だとかの記憶がないと描ききれません。これは今の世でも同
 >じです。私がデザインするときは、ほとんど重量感のバランスを整えるとい
 >うことだけやっています。この意味で素材の重量を知るという五感体験が重
 >要になってくるのです。
 > 今、共同体を建設する体験をしておけば、次ぎの世でも共同体を作れると
 >いうわけです。
 >
 > 余談ですが、次ぎの世(エーテル界地球)は、階層社会になるらしく、階
 >は13層だという話しもあります。9割方の人はまず一番下の層にシフトし、
 >新しい世界を体験しながら、順次上位層に移動していくらしいです。そして、
 >中位層ぐらいの暮らし方が共同体の生活になるとか。今の世で、グループ意
 >識で暮らす共同体にいる人は、ほとんど何事もないままエーテル界地球にシ
 >フトできるそうです。
 >
 >
 >・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 >・・・・相次ぐ地震、台風1号の発生、黄砂の大量飛散、異常気温・・・、
 >・・・・このおかしな地球が当たり前になりそうです。人間のエゴで今まで
 >・・・・何度地球を壊してきたのでしょうか。神様は大洪水だけでなく、い
 >・・・・ずれ地球自体を爆発させて、人類も地球も御破算にするのではない
 >・・・・かと思っています。
 >
 >
 >●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
 > ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
 >**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  213号 2007. 4/5
 >○発行者  「癒しの郷」建設請負人
 >○URL  http://www.kumonoito.jp
 >○ご意見・ご質問はこちらへ   info@kumonoito.jp
 > ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
 >●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
----------------------------------------------------------------------

ハイアーセルフ33さん、今回も情報提供ありがとうございました。

わたしも「コミュニティ「癒しの郷」を創ろう」を読ませていただいていまし
た。(現在は、さぼり気味ですが。^^;; ) とっても、堅実な活動をなさっ
ている方ですよね。

はるさんの、ポジティヴな情報、ありがたいです。

これからも、よろしくお願いします。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 6.編集後記:ほんとうに“誰に頼まれてもいないんだ”
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

また、以前みたいな時間になってしまって……。

もう少し早く終わらせたいな。

……と言っても、遊んでいるんだよな。

誰に頼まれてもいないんだもの。(-_-)

……それにしても、……ほんとうに“誰に頼まれてもいないんだ”。

“わたし”と思いこんだ何かの執着がここにあるだけ。

「自己知識を妨げるのはあなたのマインドだけなのだ」

「あなたが知覚可能、想像可能なものは何ひとつあなたではありえず、何であ
 れ、意識の領域に現れるものは自己ではないとひとたび理解したなら」

「知覚されたものは知覚者ではありえない」

「あなたが何を見ようと、聞こうと、考えようと、覚えようと――起こること
 があなたなのではない」

「宇宙のなかで起こることはすべて、沈黙の観照者であるあなたに起こる」

「身体もマインドも、また意識さえもあなた自身ではないと、きっぱりと自覚
 しなさい」

(;_;)

(-||-)

<(_ _)>


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  → メール: pari♪jk2.so-net.ne.jp(“♪”→“@”に。m(_ _)m)
----------------------------------------------------------------------
『アセンション館通信』の既刊号を毎日連続で配信いたします。
連続配信をご希望の方は“『アセンション館通信』連続配信依頼フォーム”
https://www.ascensionkan.com/mm/deliver.html
↑より、空メールをお送りください。翌日より毎日配信されます。
ただし、これからの号の購読にはメルマガ登録が必要です。(無料)
----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは二つの配信スタンド
『まぐまぐ!』http://www.mag2.com/ と『melma』 http://www.melma.com/
を利用させていただいて発行しています。
「まぐまぐ」からの配信中止は:http://www.mag2.com/m/0000126287.htm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyleft(C)2006 paritosho
コピーレフト↑の概念についてはこちら↓をご覧ください。
http://now.ohah.net/commune/?license/copyleft.html
----------------------------------------------------------------------