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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆ 『アセンション館通信』vol.178 2007/09/02(第178号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆              https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))

マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ、
という言葉を信じた仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;

内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってますね。現在958名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.マインドが届かないことが安心

2.写経ニサルガダッタ:【73 マインドの死は智慧の誕生だ】の4

3.いただいたお手紙から:パールさん

4.編集後記:すべては夢の中、夢の中。
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■ 1.マインドが届かないことが安心
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今日も涼しい。

九月に入って今日は、蝉の声も聞こえないようです。

曇天だけど、すっかり秋の気配……。

まあ、このまま涼しいままで行くわけではないだろうけど、ひんやりするのも
落ち着きますね。

今日の曇り空のように、なにか身体も沈む感じ。

だから、マインドも沈む感じ。^^;

けっして浮かない感じの時もありますよね。

でも、だからと言って、別にそれが不安というわけでもないし。

ただ、気分はそういう感じ。

でも、自分は気分の外にある。(^_-)

というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

           “マインドは馬鹿だ”(?_?)

“マインドは馬鹿だ”ってこと、これまで聞いたことあるでしょ。^^;

“マインドが馬鹿だ”ということは、多少なりとも精神世界に興味を持った人
なら、誰もが一度は耳にしたことがあるか、思ったことがあるか、場合によっ
ては、口にしたことがある科白だろうと思います。

通常われわれはみんな、“マインド(あるいは、思考)が自分”だと思ってい
るわけですから、考えて見れば、これは不思議なこととも言えますよね。

だって、われわれじっさいは、いくら自分のマインドが馬鹿だと思ってみても、
他人の判断で行為するわけにはいかないわけですものね。(^_-)

バクタ、帰依者の道というのもあるようです。

完全に自分以外の者(たとえば、グルなど)の判断に身を委ねる、というよう
なことも、ありうるのかもしれません。

たとえば、日本の神道などの場合では、完全に“神の操り人形”になる……、
というようなことがそれに当たるのかもしれません。

でも……、実際は、なかなか難しいことだろうと思います。

ニサルガ師匠もあるウェスタンとの会話で……、

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 バクタ(帰依者)の多くは、すべてがうまくいっている間はグルを信頼する。
 しかし、問題が起こると彼らは落ちこみ、ほかの師を探しに行くのだ。
 
                『I AM THAT 私は在る』(p316)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

と、まるで見てきたようなことを言っていますから。(^_-)

しかし、こうしてニサルガ師匠に保証されるまでもなく、“自分”がいると思
っているわれわれ通常の人間にとって、全面的に“自分”以外の者の判断に身
を委ねるということは、至難の業だろうと思われます。

至難の業と言うよりは、むしろ、不自然と言うべきかもしれませんが。

“マインドは馬鹿だ”とどんなに“他人”から聞かせられたところで、マイン
ドが“自分”だと思っているわれわれは、しょせんは(“自分”の)マインド
の言うことを聴くしかありません。

換言すれば、結局は“自分”がいちばん賢い、ということだと思います。

“自分”より賢い判断は、現実には“自分”のなかに入ってこられない。

よく言われる「企業の可能性はトップで99パーセント決まる」というのと、
どこか通底するところがあるかもしれません。

……、いま、ふと連想が行ったのですが……、あるとき和田重正先生がおっし
ゃった言葉を思い出しました。

たぶん、予定していた以上の人間が集まったのでしょう、それは比較的狭い、
臨時の講演会場になった教室のような雰囲気の場所でした。

司会の立場で、ご子息の和田重良さんが「こんな機会はめったにないので、こ
れだけは訊いておきたいということがあったら、是非いま質問しておいてくだ
さい」とおっしゃったのかもしれません。

想像するに、たぶん、家庭教育かなにかについての集まりだったのではないか
と思います。

何人かの方から質問があって、最後にどなたかが、こう訊いたのです。

「どうしても判断できない場合は、どうしたらいいんでしょう?」

と……。

かなり乱暴な質問とも言えますが、それくらい子育てというのは全人的な関わ
りを要求される判断であり、それほどそのお母さんが和田先生を信頼していた
のだろうとも思います。

そういう質問に対して和田先生がどう答えるかは、わたしもとても興味をそそ
られたので、その回答は鮮明に憶えています。

和田先生は、ちょっと参ったなぁというような表情で笑っていましたが……、
質問者の真剣な様子を見て……、

「どうしても判断に迷うときがあったら……、自分が得になるようにしたらい
いですよ」と答えたのです。(@_@)

わたしは、この言葉を聞いたとき、なんとなく……和田先生は自分と同じ思考
タイプの方なんだなぁ、と思ったことを憶えています。

そして、その質問者のお母さんにとって、その言葉がピンとこなかったような
雰囲気も感じました。

和田先生は、もう一度その回答を繰り返しましたが、質問者のお母さんの納得
がいくようにその言葉を説明しようとはしませんでした。

「どうしても判断に迷うときがあったら、自分が得になるようにしたらいい」
という指針が、実際に教育指針として役立つかどうかはわかりません。

というか、子育てに悩むお母さんにとっては、あまり実際の役には立たないよ
うな気もします。

しかし、和田先生が、このお母さんの質問に対して、真剣に答えたことだけは
確かだと思います。

その回答を聴いたとき、わたしが直感的に感じたのは、これは後で後悔しない
ためだな、ということでした。

後で不毛な後悔の口実を塞ぐために、「自分が得になるようにしたらいいです
よ」と答えたような気がしたんです。

実際のところ、自分が「どうしても判断に迷うとき」があれば、そういうこと
が可能なら、自分よりも賢い人の判断が欲しいものだと、われわれは思うかも
しれません。

でも、実際は、自分よりも賢い判断など、手に入れようがありません。

自分が許可した自分よりも賢い判断なら、手に入るでしょうが……。

その質問者のお母さんは、「どうしても判断に迷うとき……」という条件をつ
けています。

つまり、自分のマインドでは決められないときに、なおかつ、自分のマインド
で決めるための指針を求めているわけです。

もちろん、質問したお母さんは“和田先生の判断”という“自分より賢い方”
の判断基準が欲しかったのだと思います。

その質問者の気持ちは、われわれにもよくわかります。

でも、ここで全人的な回答を求められた和田先生にしてみれば、「どうしても
判断に迷う」お母さんに代わって判断してあげることができないのは自明です。

このお母さんの判断は、このお母さんが“許可する判断”以上ではありえない
わけですから。

それなら、「どうしても判断に迷うとき」、しかもなおかつマインドで判断し
なければならないのなら、少なくとも先に行って自分が後悔しない判断が最善
ということだったかも、とも思います。

あのとき、どうしても判断できなかったので、これがいちばん自分の得になる
と思って決断したんだ、と思えたら……。

そう思ったら、その判断、その決断を明確に意識することになるでしょう。

また、そう思えたら、その決断の結果をほかの誰のせいにもしないかもしれま
せん。

そのときの和田先生の回答を思いめぐらして、そんな気がしたのでした。

……思わず、昔のことを思い出しました。^^;

マインドが“自分”だと思っているわれわれは、じつは“自分”がいちばん賢
いんだ、という話でした。

われわれには、“自分”(のマインド)より賢い判断なんか、けっして手に入
らない……。(-_-;)

にもかかわらず、われわれは、

           “マインドは馬鹿だ”

なんて、いかにも知ったかぶりで言ったりする……。

……矛盾してるんですよね。(-_-;)

ただね、こうも思うんです。

ここで言う「マインド」。

別の言葉で、通常われわれが“自分”だと思っているワンセットの連想野。

「エゴ」「個人」……、どう言ってもいいですが、これが賢いか愚かの評価は
ともかく、これにははっきりしたある特徴(=限界)があると思います。

それは、これが“入ってくる情報を処理する仕組み”だということです。

何か“餌”を与えると、すぐに元気になって食らいついて、もりもりと咀嚼し
て、なんかかんか、もっともらしい出力情報を産出します。

でも、それは“入ってきた情報”に対する処理の結果にすぎない。

どんな餌(=入力情報)を与えても、もっともらしいことは言えます。

でもそれは、“入ってきた餌”に対する反応にすぎない……。

これを……、“マインドは馬鹿だ”って言うのかしら。

そして……、もし餌が入ってこなくなったら、それこそたいへん。

パニックになるでしょうねぇ……。

というより、酸素が入ってこなかったら人間の身体は死ぬように、入力情報と
いう餌が入ってこなかったら、いつかマインドは死ぬしかない。

だから、マインドが自分でそんなことを望むなんてありえない……。

なんのかんの、懸命な口実を作って、餌(=入力情報)の必要性を訴えるわけ
でっすよね……。

(-_-)

なるほど、そういうことか……。

すると……。(@_@)

言いようによっては、グルというのは、マインドに咀嚼不能の“餌”を与える
人のこととも言えますね。

マインドにしてみれば、入力情報は咀嚼して処理しなくてはならない。

顎(あご)がくたびれようが、歯が折れようが、胃の腑に穴が開こうが、とに
かく“餌”は処理しなくてはならないわけだから……。

ニサルガ師匠が、マインドに何も期待するわけではないけれど、あたかも泥棒
を見守るように、マインド(思考)に注意を払わなければならない、と言って
いたのは、そういうことかも……。

けっしてマインドにくっつかずに、マインドから離れて、マインドを見ていな
ければならない、ということ……。

マインドは、どんな入力情報も処理して、すぐにマインドの構築物として取り
込もうとします。

マインドの大伽藍をいかにももっともらしく飾りたてようとする。

“レベルが違う”とか“ラベルが違う”とか言い立てて。(^_-)

“進歩”とか“発展”とか、“進化”とか“成長”とかまくしたてて、誰かを
おびやかす。

するとすぐに、マインドの鼻の穴は大きくなり、鼻息は荒くなって、その分、
誰かさんは小さくなって萎縮する……。

ああ……、マインドが届かないことが安心なんですね。(@_@)

発展がないことに安心があるんだ。

絶対にマインドの手の届かないところに在るということに……。

----------------------------------------------------------------------
 目標を定め、それに向かって闘い、方法と未知を探し、ヴィジョンとエネル
 ギー、そして勇気を示す、それがマインドの本性なのだ。
 それは神聖な質であって、私はそれらを否定してはいない。
 しかし、何の相違もなく、何も存在せず、それをつくり出したマインドもな
 いというのが私の立場だ。
 そこが私の居場所なのだ。
 何が起ころうと私には影響を与えない。
 ものごとがものごとに働きかける。
 ただそれだけだ。
 記憶と期待から自由なため、私はいつも新鮮で、無垢で、トータルだ。
 マインドはたいへんな働き者(マハーカルタ)で、休息が必要だ。
 何も必要ない私には、何の恐れもない。
 誰を恐れるというのだろう?
 そこには分離などない。
 私たちは分離し、孤立した自己ではない。
 ただ個人と非個人がひとつである真我、至高の実在があるだけだ。
 
                 『I AM THAT 私は在る』(p104)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

(;_;)

でも……、そこに狙いを定めるためにも、マインドを賢くする必要がある。

たとえエゴを賢くすることはできないとしても、エゴに引きずり回され、エゴ
の言うことを聴いている誰かさんを賢くすることは必要です。

それが誰なのか……。

「個人」に、そして「観照者」に、そして「在る」にフォーカスを移す何か。

楽になりたい誰か、解放されたい誰か。

自由になりたい誰か、自由であることを認めない誰か、自由である勇気を出せ
ずにいる誰か。

マインドの手の届かないところに行きたい誰か。

絶対にマインドの手の届かないところに在る何か。

ああ……、マインドが届かないことが安心なんだ。

成長の必要からも、どんな必要からも“べし”からも解放されて、ただ在る。

どんな“レベル”からも“ラベル”からも解放されて、ただ在る。

ただ勇気として、愛する自由として、ただ在る。

マインドの手の届かないところに、ただ在る。

そう……、そういうことを望むよな。

……。(-_-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.写経ニサルガダッタ:【73 マインドの死は智慧の誕生だ】の4
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ニサルガ師匠の言葉が、じつに、当然の言葉として聞こえてくるようです。

今回、ニサルガ師匠は、

> 誰もが、存在すること、存続すること、継続することを欲望する。

と語ります。そして、その理由を

> なぜなら、誰も自分自身に確信がないからだ。

と。

論理的な言葉が、論理性以上の力でこちらを打ってきます。

なるほど、そいうことなんですね。

では、【73 マインドの死は智慧の誕生だ】の4回目です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
 願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。

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 質問者 個人は去り、ただ観照者だけが残ります。
 
 マハラジ
 誰が残って「私は観照者だ」と言うのだろう?
 そこに「私は在る」がないとき、どこに観照者がいるというのだろう?
 時を超えた状態のなかに、自我が逃れる場所はないのだ。
 
 包みをもっている人は、それを失わないかと不安だ。
 彼は「包み意識」をもっているのだ。
 「私は在る」の感覚を大切にしている人には自意識がある。
 ジニャーニは何もつかまない。
 それゆえ、意識しているということはできない。
 しかも、彼は無意識でもないのだ。
 彼は気づきの本質そのものだ。
 私たちは彼をディガンバラと呼ぶ。
 空を身にまとい、すべての現れを超えた裸の人だ。
 彼がそのもとに存在するといえるような名前や形は何もない。
 それでも彼は唯一、真に存在する人なのだ。
 
 質問者 私には理解できません。
 
 マハラジ
 誰にできるだろうか?
 マインドにはそれ自身の限界があるのだ。
 知識の極限の地へとあなたを連れていき、未知の広大さに直面させるだけで
 充分だ。
 そのなかへと潜っていくことはあなた次第なのだ。
 
 質問者 観照者は実在でしょうか、それとも非実在でしょうか?
 
 マハラジ
 その両方だ。
 それは幻想の最後に残るものであり、実在の最初に触れるものだ。
 「私はただの観照者でしかない」と言うことは、偽りであり、真実でもある。
 それは「私は在る」ゆえに偽りであり、観照者ゆえに真実なのだ。
 「そこに観照がある」と言ったほうがより確かだ。
 あなたが、「私は在る」と言った瞬間、宇宙全体がその創造者とともに存在
 のなかに現れるからだ。
 
 質問者 別の質問です。個人と自己とを二人の兄弟として想い浮かべること
     ができるでしょうか? 弟はいたずら好きで、利己的であり、粗野
     で落ち着きがないのですが、兄は知性があり、親切で、分別があり、
     思いやりがあって、身体意識とその欲望と恐れから自由です。兄は
     弟を知っています。しかし、弟は兄の存在に無知で、完全に独立し
     て生きていると考えています。グルがやってきて弟に言うのです。
     「あなたはひとりではない。あなたはとても良い家族の出なのだ。
     あなたの兄は大変注目すべき人で、賢明で、優しく、そしてあなた
     をとても愛しているのだ。彼を思い出しなさい。彼を想いなさい。
     彼を見いだしなさい。彼に仕えなさい。そうすれば、あなたは彼と
     ひとつになることだろう」と。さて、質問とは、私たちのなかには
     二人がいるのでしょうか? 個人と自己が。偽りの自己と本来の自
     己が。それともそれはただの直喩にすぎないのでしょうか?
 
 マハラジ
 その両方だ。
 そこには二人いるように現れる。
 だが、調べることによってひとりであることがわかるのだ。
 疑われないかぎり、二元性は継続する。
 マインド(ヴィヤクティ)、自己(ヴィヤクタ)、魂(アヴィヤクタ)の三
 位(さんみ)は、超越の体験の様式にすぎない。
 
 質問者 私たちが夢の状態にいるというあなたの仮説が、あなたを論破する
     ことのできない立場に置いているのです。何であれ私たちが異議を
     唱えると、あなたはただその正当性を否定してしまいます。あなた
     と討論することは不可能です。
 
 マハラジ
 討論したいという欲望もまた、単なる欲望にすぎない。
 知ろうとする欲望、力を持とうとする欲望、存在しようとする欲望さえ、た
 だの欲望なのだ。
 誰もが、存在すること、存続すること、継続することを欲望する。
 なぜなら、誰も自分自身に確信がないからだ。
 しかし、誰もが不死不滅なのだ。
 あなたは自分を身体と見なすことで、自分自身を死ぬべき運命のものにして
 しまうのだ。
 
 質問者 あなたは解放を見いだしたのです。私に少し分けてくださいません
     か?
 
 マハラジ
 なぜ少しなのかね?
 すべてを取りなさい。
 それは取るためにそこにあるのだ。
 だが、あなたは解放を恐れているのだ。
 
 質問者 スワミ・ラームダース* は同じような頼みに対処したことがありま
     した。ある日、何人かの弟子たちが彼のまわりに集い、解放してほ
     しいと頼んだのです。ラームダースは微笑みながら聞いていました
     が、突然、彼はまじめになって言ったのです。「あなたは今ここで
     それを得ることができるのだ。絶対的な永遠の解放を。欲しいのは
     誰かね? 前に出てきなさい」と。誰ひとり動く者はありませんで
     した。三度、彼はくり返し申し出たのですが、誰も受け入れません
     でした。そして彼は言ったのです。「申し出は取り消された」と。
 
 マハラジ
 執着が勇気を破壊するのだ。
 与える者にはいつも与える用意がある。
 だが、受け取る者がいないのだ。
 自由とは手放すことを意味している。
 人々はすべてを手放したくない。
 死が不死の代価であるように、無限なるものの代価が有限なるものだという
 ことを彼らは知らないのだ。
 霊的な成熟はすべてを手放す用意のなかにある。
 あきらめることが第一歩なのだ。
 だが真の放棄は、そこに何も放棄するものなどないと悟ることだ。
 なぜなら、あなたのものなど何もないからだ。
 深い眠りのように、眠りに陥るとき、あなたはベッドを放棄するわけではな
 い。
 ただそれを忘れるだけだ。
 
 *訳注 スワミ・ラームダース Swami Ramdas(一八八四−一九六三)
 南インドのケララ州生まれの偉大な聖者。一般の家住者の生活を送っていた
 が、三十六歳でサンニャーシンとなる。
 ラーマ神の帰依者として OM SRI RAM JAI RAM JAI JAI RAM のマントラを復
 唱。一九一八年、シュリー・ラマナ・マハルシに出会う。聖なる丘アルナー
 チャラの洞窟に暮らし、ラーマ神のヴィジョンを見る。インド各地を遊行し
 た後、カドリ洞窟にてラーマ神との自己同一性を実現する。
 アーナンダアシュラムを設立。後継者はクリシュナ・バイ。
 
             『I AM THAT 私は在る』(p379-381)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

ふーむ。(-_-)

> 質問者 個人は去り、ただ観照者だけが残ります。

前回の「マインドの死は智慧の誕生だ」というニサルガ師匠の最後の言葉に対
する質問者の言葉です。

> マハラジ
> 誰が残って「私は観照者だ」と言うのだろう?

うん?

……ああ、なるほど。

> そこに「私は在る」がないとき、どこに観照者がいるというのだろう?
> 時を超えた状態のなかに、自我が逃れる場所はないのだ。

ははー、ここでは、「観照者」という言葉の中にも「自我」の残滓を見ている
わけか。

> 包みをもっている人は、それを失わないかと不安だ。

ぷ。(>_<)

> 彼は「包み意識」をもっているのだ。

「観照者」は「自我」の残滓である「包み意識」をもっている、と。

> 「私は在る」の感覚を大切にしている人には自意識がある。

それはそう……。

> ジニャーニは何もつかまない。

はい。

> それゆえ、意識しているということはできない。

なるほど。

> しかも、彼は無意識でもないのだ。

うん、ジニャーニは無意識だなんて、聞いた感じも何だか変だものね。

> 彼は気づきの本質そのものだ。

わかります。

> 私たちは彼をディガンバラと呼ぶ。

(;_;)

この名前、好き……。

> 空を身にまとい、すべての現れを超えた裸の人だ。

ああ……。

> 彼がそのもとに存在するといえるような名前や形は何もない。

はい。

> それでも彼は唯一、真に存在する人なのだ。

(-_-)

> 質問者 私には理解できません。
> 
> マハラジ
> 誰にできるだろうか?

(>_<)

> マインドにはそれ自身の限界があるのだ。

はい、それはわかります。

> 知識の極限の地へとあなたを連れていき、未知の広大さに直面させるだけで
> 充分だ。

おお……。

> そのなかへと潜っていくことはあなた次第なのだ。

待っているわけか……。

> 質問者 観照者は実在でしょうか、それとも非実在でしょうか?
> 
> マハラジ
> その両方だ。

へー。

> それは幻想の最後に残るものであり、実在の最初に触れるものだ。

なるほど。

> 「私はただの観照者でしかない」と言うことは、偽りであり、真実でもある。

(?_?)O

> それは「私は在る」ゆえに偽りであり、観照者ゆえに真実なのだ。

微妙な言い回し……。

「私は……」という表現ゆえにそれは偽りだけれど、「観照者」が在るという
意味では真実だ、ということかしら。

> 「そこに観照がある」と言ったほうがより確かだ。

なるほど。

> あなたが、「私は在る」と言った瞬間、宇宙全体がその創造者とともに存在
> のなかに現れるからだ。

ああ、単なる表現の問題ではなく、そういう具体的な意味があるわけか。

> 質問者 別の質問です。個人と自己とを二人の兄弟として想い浮かべること
>     ができるでしょうか? 弟はいたずら好きで、利己的であり、粗野
>     で落ち着きがないのですが、兄は知性があり、親切で、分別があり、
>     思いやりがあって、身体意識とその欲望と恐れから自由です。兄は
>     弟を知っています。しかし、弟は兄の存在に無知で、完全に独立し
>     て生きていると考えています。グルがやってきて弟に言うのです。
>     「あなたはひとりではない。あなたはとても良い家族の出なのだ。
>     あなたの兄は大変注目すべき人で、賢明で、優しく、そしてあなた
>     をとても愛しているのだ。彼を思い出しなさい。彼を想いなさい。
>     彼を見いだしなさい。彼に仕えなさい。そうすれば、あなたは彼と
>     ひとつになることだろう」と。さて、質問とは、私たちのなかには
>     二人がいるのでしょうか? 個人と自己が。偽りの自己と本来の自
>     己が。それともそれはただの直喩にすぎないのでしょうか?

この人、インド人かなぁ。

> マハラジ
> その両方だ。

へー。

> そこには二人いるように現れる。

うん。

> だが、調べることによってひとりであることがわかるのだ。

調べることによって、じつは個人は存在しないことがわかる、ということか。

> 疑われないかぎり、二元性は継続する。

なるほど。

「疑われないかぎり、二元性は継続する」のか。

> マインド(ヴィヤクティ)、自己(ヴィヤクタ)、魂(アヴィヤクタ)の三
> 位(さんみ)は、超越の体験の様式にすぎない。

これは、わからん。

(言葉でわかるようなことでもないだろうし……。)

> 質問者 私たちが夢の状態にいるというあなたの仮説が、あなたを論破する
>     ことのできない立場に置いているのです。何であれ私たちが異議を
>     唱えると、あなたはただその正当性を否定してしまいます。あなた
>     と討論することは不可能です。

まったく。(^^;)

その言い分は、よくわかる。

> マハラジ
> 討論したいという欲望もまた、単なる欲望にすぎない。

文字の意味はわかるけど、これどういう意味だろう?、なんて。(^_-)

> 知ろうとする欲望、力を持とうとする欲望、存在しようとする欲望さえ、た
> だの欲望なのだ。

そりゃ、言葉の意味はわかるけど、どういうことを言おうとしてるわけ?

> 誰もが、存在すること、存続すること、継続することを欲望する。

うん。

> なぜなら、誰も自分自身に確信がないからだ。

アチャ。(>_<)

そういうことか。

ニサルガ師匠にはそれがはっきりわかる、ということか。

> しかし、誰もが不死不滅なのだ。

はい。

> あなたは自分を身体と見なすことで、自分自身を死ぬべき運命のものにして
> しまうのだ。

それについては、言葉の上では納得です。

> 質問者 あなたは解放を見いだしたのです。私に少し分けてくださいません
>     か?

まったく。

そういう言い方しか、できなくなるよね。(^_-)

> マハラジ
> なぜ少しなのかね?

ほら、こうくる。

> すべてを取りなさい。
> それは取るためにそこにあるのだ。

(;_;)

> だが、あなたは解放を恐れているのだ。

そうなんですか……。

> 質問者 スワミ・ラームダース* は同じような頼みに対処したことがありま
>     した。ある日、何人かの弟子たちが彼のまわりに集い、解放してほ
>     しいと頼んだのです。ラームダースは微笑みながら聞いていました
>     が、突然、彼はまじめになって言ったのです。「あなたは今ここで
>     それを得ることができるのだ。絶対的な永遠の解放を。欲しいのは
>     誰かね? 前に出てきなさい」と。誰ひとり動く者はありませんで
>     した。三度、彼はくり返し申し出たのですが、誰も受け入れません
>     でした。そして彼は言ったのです。「申し出は取り消された」と。
> 
> マハラジ
> 執着が勇気を破壊するのだ。

ああ……。(/_;)

> 与える者にはいつも与える用意がある。

あなたのように。

> だが、受け取る者がいないのだ。

わたしのように。(;_;)

> 自由とは手放すことを意味している。

……そうか。

> 人々はすべてを手放したくない。

なるほど。

> 死が不死の代価であるように、無限なるものの代価が有限なるものだという
> ことを彼らは知らないのだ。

なんか、すごい表現。(-_-;)

不死に至るには、マインドにおいて死ななければならない。

しかし、わずかマインドにおいて死ぬだけで、不死に至ることができるのだ、

有限なる代価で、無限なるものを手に入れることができるのだ、と。

> 霊的な成熟はすべてを手放す用意のなかにある。

壁にでも貼って置こうかしら。(*^_^*)

> あきらめることが第一歩なのだ。

聞いたことがあるなぁ。

> だが真の放棄は、そこに何も放棄するものなどないと悟ることだ。

おお……、かっこいいなぁ。

世界ははじめから存在していなかった、あなたは何ひとつ失っていない?

> なぜなら、あなたのものなど何もないからだ。

そうか……。

> 深い眠りのように、眠りに陥るとき、あなたはベッドを放棄するわけではな
> い。

うん?

> ただそれを忘れるだけだ。

ああ、そういう言い方か……。

マインドの雲間にさまよい込むとき、あなたはディガンバラから離れるわけで
はない。(なんちゃって、口ばっかり発達して……。(/_;) )

……でも、口も発達する必要があるさ。(-_-;)

それだけでは駄目だけど……。

……。

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。ボディブローが効くかも。
https://www.ascensionkan.com/ndic/


        …………○…………○…………○…………


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 3.いただいたお手紙から:パールさん
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お気が向いたときに、たまに何か書いていただけると嬉しいです。
なにか、ご要望など伺えるとありがたいです。
E-mail:pari♪jk2.so-net.ne.jp
      ↑ここは“@”にしてくださいね。(*^_^*)

こちら↓でも結構ですよ。
parichan@gmail.com

勝手に掲載させていただくかもしれません。もちろん、掲載は困る、と書いて
おいていただければ、そんなことはしませんが。^^;

ハンドル名(=ここでの掲載名)もお願いしますね。


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今回は、パールさんからこのメルマガ推薦 (*^_^*) の、あのデトックス植物に
関する嬉しい報告メールをいただきました。

早速、ご紹介させていただきます。

【件名】: デトックスすごいですね。
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 こんにちは パールです。
 今日のアセンション資料館で植草さんのことを書かれていてホットしました。
 私もこれを日本中の方に知ってもらいたいと思っていたのです。
 
 デトックスについて報告します。
 2,3日前から、花粉症で眼がとても痒くて掻いても掻いても痒さが止まらな
 く、もういらいらしていました。
 ふとPariさんが、歯茎に塗ってよかったというのを思い出し、それなら、眼
 の痒さにもいいのではないかと、原液を2倍に薄めたのを綿棒で、目頭に塗
 りました。そしたら、塗ってすぐ、痒さが止まりました。
 液が残ったので、塗り重ねたら、もう痒さはどこへやら消えてしまいました。
 この効き目にびっくりしています。
 昨日は石鹸で何回も洗ったりしても、なかなか痒みが取れなかったのに、今
 日はこの原液わずか2ccくらいで痒みが止まって、それから2時間くらいた
 ちますが、まったく痒くありません。
 
 お米は、今がちょうど乳熟期で、今から栄養が米粒となっていく時期で、今
 ス○○○液を稲に撒けばいいそうですので、明日撒くつもりです。
 今年はどんな味になるかとても楽しみです。
 こちらでは「ヒノヒカリ」をつくっており、あの貴乃花親方がうまいという
 ことで、食べていただいているお米です。
 
 家庭菜園がどうしてもうまくいきません。微生物を乱用してしまったようで
 す。畑用の粉末ス○○○を堆肥と一緒に撒いて土作りをしていけばよくなり
 そうです。なんだかチョッと希望が出てきました。
 ほんとにこのデトックス植物と出会って良かったと感謝しています。
 有難うございました。
 
 ・・・私のメールはいつも精神世界とは関係ないところのようですね.済み
 ません。
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パールさん、掲載させていただきました。

> こんにちは パールです。

いつも、嬉しい体験報告をありがとうございます。

> 今日のアセンション資料館で植草さんのことを書かれていてホットしました。

(*^_^*)

> 私もこれを日本中の方に知ってもらいたいと思っていたのです。

はい、思わず書いちゃいました。^^;

でも、一方で褒めていただけるようだと、たぶん逆に、pariさん、しっかりセ
ンタリングしてよね、とおっしゃっている方もいるだろうと思います。^^;

なにしろ、このメルマガの主旨は「仮現の現象世界に興味を失うための努力」
なんですから。^^;

『神の使者』が伝えるJも、「世界と世界のあり方を否定しなさい。それをあ
なたにとって無意味なものにしなさい」と、言っているようですし。(*^_^*)

アーテンは、このJの言葉を注釈して、さらに強調します。

> きみが見ているものは存在しない、ってことなんだよ。
> それはほんとうにはないのだから、無なんだ。
> 無が何かを意味するわけがないだろう?
> 善にしろ悪にしろ、きみがそれに何らかの意味をもたせたら、きみは無を何
> ものかに変えようとしていることになる。
> きみがすべきことはただ一つ、無意味にすることなんだ。(p419)

じっさい、どう読んでも誤解の余地はまったくないですよねぇ。(-_-;)

でも、それはともかく、幻想同士のよしみってこともありますしね。(^_-)

> デトックスについて報告します。

あ、はい。

ありがとうございます。

> 2,3日前から、花粉症で眼がとても痒くて掻いても掻いても痒さが止まらな
> く、もういらいらしていました。
> ふとPariさんが、歯茎に塗ってよかったというのを思い出し、それなら、眼
> の痒さにもいいのではないかと、原液を2倍に薄めたのを綿棒で、目頭に塗
> りました。そしたら、塗ってすぐ、痒さが止まりました。

おお、それは。(@_@)

> 液が残ったので、塗り重ねたら、もう痒さはどこへやら消えてしまいました。
> この効き目にびっくりしています。

よかったですねぇ。(^^)/

この際、ニサルガさんや、Jさんは二の次です。(^_-)

簡単に、日和(ひよ)っちゃいます。

> 昨日は石鹸で何回も洗ったりしても、なかなか痒みが取れなかったのに、今
> 日はこの原液わずか2ccくらいで痒みが止まって、それから2時間くらいた
> ちますが、まったく痒くありません。

効果抜群。

> お米は、今がちょうど乳熟期で、今から栄養が米粒となっていく時期で、今
> ス○○○液を稲に撒けばいいそうですので、明日撒くつもりです。
> 今年はどんな味になるかとても楽しみです。

(^^)/

> こちらでは「ヒノヒカリ」をつくっており、あの貴乃花親方がうまいという
> ことで、食べていただいているお米です。

そうなんですか。

> 家庭菜園がどうしてもうまくいきません。微生物を乱用してしまったようで
> す。畑用の粉末ス○○○を堆肥と一緒に撒いて土作りをしていけばよくなり
> そうです。なんだかチョッと希望が出てきました。

うまくいくといいですね。

> ほんとにこのデトックス植物と出会って良かったと感謝しています。
> 有難うございました。

こちらこそ。

> ・・・私のメールはいつも精神世界とは関係ないところのようですね。済み
> ません。

なんとお答えしたらいいものやら。(*^_^*)

パールさん、体験報告、ありがとうございました。

m(_ _)m


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【デトックス大爆発情報】

(仲間内の情報を流用して紹介させていただきます。)

いつもご紹介しているデトックス商材の発売MLM企業の業績ですが、今年
1月には日本のネットワークビジネス界で、83位、年商10億でした。
(「日本流通産業新聞」2007年1月4日号」)

ところが、半年後の現在、2007年決定版141社売上高ランキングでは、
13社を“ごぼう抜き”して、今や70位まで上がってきたようです。

売上高は20億円、なんと前年比100%増となっています。
しかも、全社増収率ランキングでは、業界第2位です!! (*_*)

ダントツで会員が急増しているということがわかりました。
(『月刊ネットワークビジネス』10月号)

まさに今が参入の潮時と言った感じですね。

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『霊的見地から見た世界史』の「第三章アマゾン文明」の文章を一部お知ら
せいただきましたので、ご紹介します。

南米に発生している植物(栄養価が高く、解毒作用のある植物)は、ここで
は、タロペという植物として描かれています。

FAXいただいた、関連個所をご紹介します。

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 世界に普及しなかった薬草では、タロペがある。
 このタロペは、コカよりも強力な薬草であると同時に、
 無造作に肥料に使われた。肥料として使われた時は、
 汚水を98%浄化する威力を発揮した。
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土中の農薬を72時間で解毒分解し、猛毒のダイオキシンでさえ24時間で
96%解毒分解するこのデトックス商材そっくりですね! (@_@)

この奇跡のハーブは、異星人がもたらした植物かもしれません。(^_-)

        …………○…………○…………○…………

住所をお知らせいただいた方に「デトックス」情報のDVDをお送りします。

返送用の封筒も同封してありますので、見終わったらそれに入れて返信してい
ただいて結構です。登録するかどうかは、取りあえず白紙でお考えください。

▼「デトックス」篇DVD資料請求フォーム
ここをクリック⇒http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P31478903

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■ 4.編集後記:すべては夢の中、夢の中。
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ちょっと頭がボッとしています。

今日は、昼間出かける用があったものですから、また時間が遅くなってしまい
ました。

なるべく静かになりたいのに、まったく現行不一致です。(;_;)

とは言え、自分を責めることはしません。

すべては夢の中、夢の中。

それでは、おやすみなさい。


<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  → メール: pari♪jk2.so-net.ne.jp(“♪”→“@”に。m(_ _)m)
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