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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆ 『アセンション館通信』vol.231 2008/9/7(第231号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆              https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))

マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ、
という言葉を信じた仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;

内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってますね。現在1014名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.“わかる”ということ

2.写経ニサルガダッタ:【25 「私は在る」をつかみ取りなさい】の1回目

3.いただいたお手紙から:ひまありさん

4.「ご投稿・情報提供」:ハイアーセルフ33さん

5.編集後記:BSで放映した「七人の侍」を観ました。
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■ 1.“わかる”ということ
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ふっと目の前の風景を見ると、それなりに何がしかの感想が湧出してきます。

これ、ぼやっとして夢見心地でいるときも同じですね。

眠ろうかなと思ったその眠り鼻に、瞼の裏に微かに何かの形が動きはじめ、そ
れと同時にある種の思いが湧いたりしています。

すると、すぐその思いを“自分の”思いだと思うんですよね。

それが心、マインドというものの本性らしいですね。

ニサルガ師匠も、

> マインドとは誤解するものだ。
> 誤解がその本性そのものなのだ。(『私は在る』p540)

とおっしゃってますし。

つまり、何の責任もあるはずのないところで、ただちに責任を負いはじめる。

たちまち起こっている現象(幻像)に対して湧出する感想とか価値判断とかの
波に押し流されて、いつの間にか、けっこう真剣に“わたし”が立ち現れてい
るんですよねぇ。(-_-;)

ま、律儀なもんです。^^;

そうやって、勝手に現象(幻像)世界のなかに「私」や「私のもの」をでっち
上げて、勝手に苦しむんですかねぇ。

アーテンも言っています。

> それでも人は幻想が真実からつくられていると誤解する。
> だから幻想を捨てようとせず、正当性を持ち込もうとする。
>                          『神の使者』(p58)

そうやって、準備万端、苦しむための口実を用意する、というわけなんでしょ
うか。

いや、別にそんな、自分から苦しみを買って出るなんて、そんなつもりはない
けど……(@_@) って、わたしだって思います。

そしたら、すぐにこういうツッコミが入る。

> しかし、誰もあなたに苦しむよう強要してはいない。
> 苦しみは完全に、執着すること、あるいは抵抗することを理由に起こる。
> それは私たちが人生とともに流れ、進んでいくことを自ら欲しないことの兆
> 候なのだ。(p289)

ったくもう。(>_<)

イケズなんだから……。(;_;)

ま、しゃもないですね。

(*^_^*)

というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

前回、『予防接種トンデモ論』をご紹介したんですが、するとそれに反応して
くださった ひまありさん という方から投稿メールをいただきました。

いただいた情報自体は、あとで「いただいたお手紙から」でご紹介しますが、
その最初にとっても“もっともな”コメントがあったので、それを今回のネタ
にさせていただこうと思ったのです。(^^;)

ひまありさん、冒頭から引き出されて驚かれたかもしれませんが、死刑の判決
というわけではないので、悪しからずご了解くださいね。(^_-)

(これ↑、事後承諾です。(*^_^*)

 しかし、「ひまあり」なんて洒落たHNですね。(^^;)
                        ↑
             いまごろ、おべっか使っても遅いって。(^_-) )

で、早速、そのコメントというのをご紹介します。

----------------------------------------------------------------------
 こんにちわ。
 
 以前からのメールマガジン愛読者です。
 
 といっても、自分の好みの記事だけを読むという勝手な読者で、すみませ
 ん。
 
 ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)
 ……
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> 以前からのメールマガジン愛読者です。

ありがとうございます。

> といっても、自分の好みの記事だけを読むという勝手な読者で、すみませ
> ん。

いえ、それは当然です。^^;

わたしの方こそ、自分の好みの記事だけを送るという勝手な配達人で、すみ
ません。<(_ _)>

というわけで、お互いに礼儀正しいご挨拶を終えまして……。(^^;)

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

これ、まったく同感です。(^^)/

いやー、しかし、それにしても、こうして「ニッサルガッタ系はどうもむずか
しくて」と言いながら、しかも読んでくださっている方がいるんですねぇ。

いえ、たとえ、ニサルガダッタに関係する部分を飛ばしたとしてもですよ。

そして、これはけっして、ひまありさんだけの感想であるはずがなくて、読ん
でくださっている方がた、大部分のご感想だと思います。

それで、今回、何となく、ある内容が“むずかしい”とか、“わかる”とか、
“わからない”というのがどういうことかを、考えてみたくなったんです。

つい最近、「『比較意味論』の思い出」という文章を書きました。
https://www.ascensionkan.com/mm/vol227.html#1

そのなかで「意味の恒等式」というのをご紹介したんですよね。
https://www.ascensionkan.com/mm/vol227.html#1-1-1

そこには、

----------------------------------------------------------------------
 つまり「意味」とは、「情報」と、その情報の受け手の“前提感情”(それ
 を「底(てい)」とでも言っておきましょうか)との関係で生じるものだと
 いうことです。
 
 等式ふうに表現するなら、こんな感じでしょうか。
 
                   「情報」
         「意味」 = ------------------
                「底」(前提感情)

----------------------------------------------------------------------

と、まあ書いたわけです。

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

これ同感です。^^;

同感ですが、じゃ、ニサルガダッタの言っていること自体がほんとに、そんな
に難解なことなのかです……。(-_-)

ニサルガダッタの“むずかしさ”というそのことを、ちょっと考えてみたくな
ったんです。

たとえば、ニサルガダッタのこんな言葉ならどうでしょう。

----------------------------------------------------------------------
 あなたは世界に属するのではない。
 あなたは世界の中にいるのでさえない。
 世界は存在しない。
 あなただけが在るのだ。(p471)
----------------------------------------------------------------------

これはぁ、“むずかしい”。(>_<)

こんな言葉だけ聞くと、とうてい理解不能、と思ってしまいます。

だから、ひまありさんが言う、

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

という感想、よくわかります。

まったくです。

でもですね、問題はそのニッサルガダッタ系の“難しさ”の質なんです。

結果として出てくる言葉、その断定……、たとえば、

> あなたは時間を超えた存在、そして気づきなのだ。(p178)

とだけ聞けば、とうていわれわれ常人の理解の範疇ではない、と思います。

しかし、じゃ、ニサルガダッタがなぜそんな“超絶的”とも思える断定をする
のかと言うと、その“理由”はちゃんとその直前で言っているんですよね。

----------------------------------------------------------------------
 あなたがあなたを含むすべての証明なのだということを、まず悟るべきだ。
 あなたの存在を証明できるものは何もないのだ。
 なぜなら、他者の存在もあなたによって確認されなければならないからだ。
 ……
                          『私は在る』(p178)
----------------------------------------------------------------------

と……。

これって、理解不能なほどに、難解なことなのかしら……。(-_-;)

> あなたがあなたを含むすべての証明なのだということを、まず悟るべきだ。
> あなたの存在を証明できるものは何もないのだ。

この事実自体、ほんとうに理解不能なほど難解なのかどうかです。

別のところでは、同じことをこうも言っていますよね。

----------------------------------------------------------------------
 だが、体験者に証拠は必要ないのだ。
 「私は在る」、そして私は「私は在る」と知っている。
 それ以上の証拠を望むことはできない。       『私は在る』(p376)
----------------------------------------------------------------------

ことと次第では、神さままで引っぱり出して、こんな言い方をします。

----------------------------------------------------------------------
 すべての聖典は世界が存在する前に創造者が存在したと言っている。
 誰が創造者を知っているのだろうか? 
 創造者以前に存在したのは、すべての世界とその創造物の源である、あなた
 の真我だけなのだ。
                          『私は在る』(p225)
----------------------------------------------------------------------

こういう言葉は全部、じつは理解不能なほどに“難解”、というのじゃないか
もしれないんですよ。

よく、ニサルガダッタやラマナ・マハルシのような覚者が、

「世界があなたに『私は在る』と言ってきたのかね?」

みたいな言い方をするときがあります。^^;

われわれとしては、“そんなこと言ったって、世界はこうしてあるじゃないで
すか (@_@)”、と言わざるをえないわけですが、すると、覚者はかならず、

「それは、あなたがそう言うだけだ」と、言います。

あるいは、

「あなたはただ、他人(ひと)がそう言うのを信じただけだ」と。

“そんなこと言ったって、こうして……あるじゃないですか”(>_<)、と言えば、

「それは、あなたがそう言うからだ」と、言います。

そして、

「世界が存在するためには、あなたにその存在を認めてもらう必要がある」

と言います。

そして、

「しかし、あなたにはその必要はないのだ」と……。

「あなたは、他の誰に認めてもらわなくても、存在している。
 
 なぜなら、あなたは、自分で、私はいる(在る)と知っているからだ。
 
 世界はそれを知らないのだ」

と。

うーん。(-_-;)

なるほど……。

これって、理解不能なほどに“むずかしい”ことなんでしょうかね? (@_@)

いや、たぶん、そうではないでしょう。

だって、

「あなたは、他の誰に認めてもらわなくても、存在している。
 
 なぜなら、あなたは、自分で、私はいる(在る)と知っているからだ。
 
 世界はそれを知らないのだ」

という事実は、言われてみれば、これたしかなことですもの。

たしかに、これは否定しようのない、明らかなことですよ。

これは、理解不能なほどに難解なことなのか、といえば、違うでしょうね。

理解できないほどに難解なのではなくて、これは、

“そりゃそうだけど……、

 そんなことわかりきっているけど……、
 
 だからどうだっていうの?”(?_?)

って、ことなんじゃないでしょうか……。

“そんなこと言われるまでもなく当然だけど、なんで、わざわざそんなことに
こだわるのか、それがわからない”ってことなんじゃないでしょうか。

字面の意味は理解できるし、そりゃ、たしかにそのとおりだけど……、でも、
なんでそんな当たり前のことを、懸命に、繰り返し繰り返し、言うの? (?_?)

それがわかんないよ、ってことなんじゃないでしょうか?

つまり、文字面の意味はわかるけど、意味として“結ばない”わけですよね。

ひまありさんが言う、

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

という感想は、そういうことだと思います。

(最初の頃は、ニサルガダッタ系も読まれたとしてのことですけどね。^^; )

けっして、ひまありさんの“揚げ足”を取ろうというのではありません。

ニサルガダッタが難しいというのは、よくわかります。

他に読んでくださっている多くの方がたも、そうだろうと思います。

でも、それはけっして、文字面が、その理屈が、難しいのではなくて、ただ、
なぜそんなことにこだわるのか、その理由が“わからない”のだと思います。

なぜ、その理由が“わからない”のか……?

じつは、単純なことです。^^;

別にわかりたいことではないから……、というだけのことです。(*^_^*)

それは、秘密でも何でもなくて、ほんとうは、ひまありさんも、心の深いとこ
ろでは、そのことを知っているわけです。(^^;)

上で述べた“「意味」の恒等式”の説明を繰り返させていただくなら……。

----------------------------------------------------------------------
 つまり「意味」とは、「情報」とその情報の受け手の“前提感情”との関係
 で生じるものだということです。
 
 等式ふうに表現するなら、こんな感じでしょうか。
 
                   「情報」
         「意味」 = ------------------
                「底」(前提感情)

----------------------------------------------------------------------

「意味」は(宇宙内のものすべてがそうかもしれませんが)、それ自体で独立
して存在しているものじゃないんですよね。

「意味」は、「情報」とその受け手の関係で生じるものです。

だから、覚者がたの言葉はかならず、“対器説法”にならざるをえないのだろ
うと思います。

覚者は、そこで語られる言葉が、聞き手のなかに意味として“結ぶ”ことを願
うのだと思います。

だから、聞き手に理解できる言葉で語りかけるはずですし、相手が本心求めて
いるのでない情報を伝えたりもしないでしょう。

また、必要がない情報は伝わらないという、自然の摂理も働くはずです。

これは、ある意味で、覚者にかぎったことではなく、われわれ普通の人間にも
自然に働く配慮であり、摂理だと思います。

悪意でもなければ、ほんらい子供に恐怖映画を見せたりはしないわけです。

思春期前の子供を、過剰なセックス描写に晒したりはしないわけです。

シュタイナー学校の音楽授業では、低学年の学童には最初“長調の曲”だけを
学ばせ、“短調の曲”を導入する時期にまで配慮するそうですね。

たとえば、ひまありさんが反応された『予防接種トンデモ論』には、こんな記
述がありました。

----------------------------------------------------------------------
 赤ん坊のうちに予防接種をすると、免疫システムの過活動が引き起こされ、
 胸腺内に激しい活動が引き起こされます。
 これによって胸腺が異常なスピードで発達してしまい、本来ティーンエージ
 ャーになってから迎えるべき発達のピークを2〜3歳で迎えてしまうことに
 なります。
 つまり、肉体はまだほんの小さな子どものまま、感情や精神だけがあまりに
 も早くティーンエイジへと突入し、思春期特有の感情過敏や醒めた感覚を持
 つようになるというわけです。
                      『予防接種トンデモ論』(p83)
                       http://tinyurl.com/6otlzc
----------------------------------------------------------------------

(;_;)

これは適時を極端に逸脱した、暴力的な“情報接種”の一例です。

覚者がたは、“意識としての生”が「苦」であることを、道を求める者たちに
伝えようとするかもしれません。

しかし、だからと言って、アフリカの乳児にポリオ・ワクチンの接種を勧める
はずもないわけです。

それがまったく別のことであるのは、意図的に誤解を望まないかぎり、誰にで
も理解できることです。

……。(@_@)

脱線しました。(*^_^*)

“難しい”とか“わかる・わからない”ということから、“意味を結ばない”
という話の流れになったのでした。

再度、「意味」の恒等式を確認します。


                   「情報」
         「意味」 = ------------------
                「底」(前提感情)


「意味」の分母である「底」(前提感情)とは、情報の受け手の“連想野”で
あり、“期待感情”です。

つまり、通常のわれわれの願い、「安全に、豊かに、幸福に人生を生きたい」
という“前提感情”に、「人生は苦だと理解しなさい」という“情報”を与え
ても、「意味」として結ぶはずがない、ということです。


   「人生は苦だと理解しなさい」(情報)
   ------------------------------------- ⇒“むずかしい” (=_=)
   「幸福に人生を生きたい」(前提感情)


はは。(^_-)

これは、当たり前ですよね。

でも、この“前提感情”が、「何とかこの苦しみの世界から脱出したい」だっ
たら、どうでしょう?


   「人生は苦だと理解しなさい」(情報)
   ------------------------------------ ⇒“はっ”(@_@)
   「世界から脱出したい」(前提感情)


やっぱり、そうだったのか……。(-_-;)

個人としての人生が「苦」であることを、自分で、疑問の余地なく、とことん
理解すればいいのか。(@_@)

と、意味を結ぶ、わけです。^^;

「何とか世界から脱出したい」という“前提感情”の培地になら、


   「霊的な成熟はすべてを手放す用意のなかにある。
    あきらめることが第一歩なのだ」(情報)
   --------------------------------------------- ⇒“はっ”(@_@)
    「何とか世界から脱出したい」(前提感情)

という情報でも、

  「真実への道は虚偽の破壊を通っていくものだ。
   生きるために、あなたは破壊しなければならない」
  ------------------------------------------------ ⇒“はっ”(@_@)
    「何とか世界から脱出したい」(前提感情)


という情報でも、“意味を結ぶ”わけです。


これらは、通常の「なんとか安全に、豊かに、幸福に人生を生きたい」という
培地(=「底」)では、とうてい意味を結びえない情報です。

しかし、その「手放しなさい」「あきらめなさい」「破壊しなさい」といった、
ごく“ネガティヴ”な情報でも、「何とか世界から脱出したい」という培地で
なら、意味を結ぶわけです。

そして、覚者がたの言葉というのは、その時点でのわれわれ(個人)に向けて
だけ語られているわけではないらしい。

つまり、かならずその言葉を理解することになる“可能性としてのわれわれ”
に向けて語られてもいるらしい。

たんに現在の“培地”(前提感情)に向けて語っているのではなくて、将来の
“培地”に向けても語っているらしい。

ということは、逆に言えば、覚者がたの言葉は、聴き手という“培地”(前提
感情)を育てているということだと思います。

どちらの方角に向けて、育てているのか……? (-_-)

やはり、お釈迦さんの言う“ドゥッカ”、“苦の理解”、「苦諦」に向けて、
育てているのではないでしょうか……。


\            \           \
 「快楽は苦痛の報酬だ   「あなたは       「静かになりなさい
  あきらめなさい」     すでに自由だ」     ただ在りなさい」
 -------------------- ⇒ ------------------ ⇒ -------------------
 「世界で         「世界のなかで     「マインドから
  幸福に生きたい」     自由になりたい」    脱出したい」


ま、たとえば、こんな感じなんでしょうか? (*^_^*)

五感の世界にすっかりはまり込んでいるわれわれは、なんとかして、現象世界
のなかで幸福になろうとして四苦八苦するわけですよね。

そういう培地に対しては、こう言うのだと思います。

----------------------------------------------------------------------
 苦痛と快楽は起こる。
 だが、苦痛は快楽の値段であり、快楽は苦痛の報酬なのだ。
 人生のなかでも、しばしばあなたは傷つけることで喜び、喜ばすことによっ
 て傷ついている。
 苦痛と快楽がひとつだと知ることが平和なのだ。
                          『私は在る』(p182)
----------------------------------------------------------------------

でも、こんな言葉は、現象世界との応接に精一杯のわれわれに、すぐには聞こ
えるはずがありません。

でも、いつとはなしに、何となく、もしかしたら……、なんて気もしてくる。

そうしたら、こんな言葉が聞こえてくる。

----------------------------------------------------------------------
 マインドと自己同一化すること、ただそれだけがあなたを幸福に、あるいは
 不幸にするのだ。
 マインドへの隷属に反抗しなさい。
                          『私は在る』(p538)
----------------------------------------------------------------------

あ、そうなのか……。(@_@)

たしかに、そうかも。(-_-)

……というような気がしてきて、じゃ、何とか自由になれないか、なんて思い
はじめる。

そしたら、こんな言葉が聞こえてくる。

----------------------------------------------------------------------
 あなたは何から自由になるというのだろう?
 明らかに、あなたは自分自身だと思いこんでいる個人から自由にならなけれ
 ばならないのだ。
 なぜなら、あなたが自分自身に関してもっている観念、それがあなたを束縛
 しているからだ。
                          『私は在る』(p459)
----------------------------------------------------------------------

アチャ。(>_<)

……いや、でも、ほんとにそうなのかも。(-_-;)

じゃ、いったい、どうしたらいいんだろう?、なんて思いはじめる。

そしたら、こんな言葉が聞こえてくる。

----------------------------------------------------------------------
 あなたのマインドを理解しなさい。
 そうすればマインドはあなたをつかんでいる手をぱっと放すだろう。
 マインドとは誤解するものだ。
 誤解がその本性そのものなのだ。
                          『私は在る』(p540)
----------------------------------------------------------------------

なんと! (@_@)

そうだったのか。

わたしは、マインドではなかったんだ。

じゃ、そのマインドから脱出したい! (@_@)

なんて思いはじめるかもしれません。

そしてら、こんどは。

----------------------------------------------------------------------
 あなたはあなただと思いこんでいる個人として在ることに、本当にうんざり
 していなければならないのだ。
 そしてこのひと束の記憶と習慣との無用な自己同一化から自由となる緊急の
 必要性を見なさい。
 この無用な自己同一化に対する揺るぎない抵抗が成功の秘密なのだ。
 
                          『私は在る』(p528)
----------------------------------------------------------------------

いや、わかるような気がする。

でも、じゃ、どうしたらいいんだろう? (@_@)

なんて思い出すと、今度は……。

----------------------------------------------------------------------
 常習的な利欲心、結果を探し求める習慣を止めなさい。
 そうすれば自由の世界はあなたのものだ。
 努力せずに在りなさい。              『私は在る』(p206)
----------------------------------------------------------------------

(>_<)

なんて感じで、攻め込まれる。^^;;

(^^;)

ま、そんな感じで、とうてい理解不能と思われていた言葉たちが、それぞれの
メッセージを放ちだすタイミングがあるわけですよね。

とにかく、悟った方がたは愛することに自由だから、愛のゆえに言いたい放題
なわけですが、それがぽつぽつ聞こえてきはじめるわけです。

ひまありさんの、

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

というお気持ち、もちろん、よくわかります。

でも、“むずかしい”のではなくて、別にわかりたい情報でもないから……、
とうのが事実に近いかもしれません。(^^;)

それで、一向に、かまわないわけですが……。

覚者がたの言葉は、けっして暴力には成りえないようですね。

ひまありさん、お陰様で、“むずかしい”ということ、そして、“わかる”と
いうことについて、少し考えてみることができました。

みんな、幸せを求めているわけですものね。

今回は、わたしの言いたい放題の口実になっていただきました。

ありがとうございました。<(_ _)>

(-_-)

……。

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.写経ニサルガダッタ:【25 「私は在る」をつかみ取りなさい】の1
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「私は在る」……、もちろん、この言葉はこの本のタイトルです。

でも、この言葉は、この本の中でもいろんな意味で使われているんですよね。

あるときは、不動の真理を表す言葉として、またあるときは、すべての偽りの
最後の砦として。

この章での使われ方は、もちろん、前者の方です。

なかでは、

> 私が何をしようと、そこにはいかなる目的感覚もない。
> ものごとは起こるように起こるのだ。
> 私がそれらを起こらせるからではなく、私が在るゆえにそれらは起こるのだ。

ここが、なるほど、と思ってしまいました。

そして、いつものとおり、かならず、

> 実際には、けっして何も起こらない。

と駄目押しもしてくださって。^^;

では、【25 「私は在る」をつかみ取りなさい】の1回目です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
 願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。

----------------------------------------------------------------------
 質問者 あなたは喜んだり悲しんだりすることがありますか? 喜びや悲し
     みを知っていますか?
 
 マハラジ
 それらをあなたの好きなように呼ぶがいい。
 私にとってそれらはマインドの状態にすぎない。
 そして私はマインドではないのだ。
 
 質問者 愛はマインドの状態なのでしょうか?
 
 マハラジ
 それもまた、あなたが愛という言葉で何を意味しているかによる。
 欲望はもちろん、マインドの状態だ。
 だが、統合の実現はマインドを超えたものだ。
 私にとっては、それ自体で存在するものは何もない。
 すべてが真我であり、すべては私自身なのだ。
 私自身を皆のなかに見、皆のなかに私自身を見ることは確かに愛だと言える
 だろう。
 
 質問者 私が快く思う何かを見たとき、それを欲しくなります。誰がそれを
     欲しているのでしょうか? 自我でしょうか、マインドでしょうか?
 
 マハラジ
 この質問は誤った形で問われている。
 そこに、「誰が」はいない。
 そこにあるのは欲望、恐れ、怒りであり、マインドが、これは私だ、これは
 私のものだと言うのだ。
 「私」あるいは「私のもの」と呼べるようなものは存在しない。
 欲望はマインドの状態であり、マインドによって知覚され、名づけられたも
 のだ。
 マインドが知覚せず、名づけなければ、欲望がどこにあるというのだろう?
 
 質問者 しかし、名づけることなしに知覚するというようなことがあるでし
     ょうか?
 
 マハラジ
 もちろんだ。
 名づけるということが、マインドを超えることはありえない。
 一方、知覚は意識そのものなのだ。
 
 質問者 誰かが死ぬとき、正確には何が起こるのでしょうか?
 
 マハラジ
 何も起こりはしない。
 何かが無となるのだ。
 無が存在していた。
 そして無が残るのだ。
 
 質問者 それでも、生と死の間には違いがあるはずです。あなたは生きてい
     るものを死んでおり、死んだものを生きていると言います。
 
 マハラジ
 なぜあなたはひとりが死ぬことに苦悩し、毎日何百万人もの人が死んでいく
 ことは気にもかけないのだろうか?
 宇宙全体が毎瞬、内破し、爆発しているのだ。
 それらのために私が泣かなければならないのかね?
 私にとってたったひとつ明白なことは、存在するすべて、生きるもの、動く
 ものすべては、意識のなかにその存在をもつということだ。
 そして、私は意識のなかに、そしてその彼方に在る。
 私は観照者としてはそのなかに在り、実在としてはその彼方に在るのだ。
 
 質問者 もちろん、あなたの子どもが病気になったときは気にかけるのでは
     ありませんか?
 
 マハラジ
 私はあわてない。
 ただ必要なことをするだけだ。
 未来について心配したりはしない。
 あらゆる状況への適切な反応、それが私の本質だ。
 何をするべきかと立ち止まって考えたりはしない。
 ただ行動し、先に進むだけだ。
 結果は私に影響を与えない。
 それが良いか悪いかさえ私は気にもしない。
 それらが何であれ、あるがままだ。
 もしふたたびそれが起こるならば、私は新たな姿勢でそれに取りかかる、あ
 るいは新たな姿勢で取りかかるということが、私に起こる。
 私が何をしようと、そこにはいかなる目的感覚もない。
 ものごとは起こるように起こるのだ。
 私がそれらを起こらせるからではなく、私が在るゆえにそれらは起こるのだ。
 実際には、けっして何も起こらない。
 マインドに落ち着きのないとき、それはシヴァを舞い踊らせる。*
 
 * 訳注 シヴァを舞い踊らせる
     シバ神は南インド、タミル・ナードゥ州のチダンパラムでナータラ
     ージャ神として現れ、宇宙の創造と破壊の舞を舞ったという神話が
     ある。
 
 波に揺らぐ湖の水が月を踊らせるように。
 それらはすべて誤った概念による現れにすぎない。
 
 質問者 確かにあなたは多くのことに気づいており、それらの本質にしたが
     ってふるまっています。子どもは子どもとして、大人は大人として
     扱っています。
 
 マハラジ
 塩味が大海に浸透しているように、海水の一滴一滴が同じ味を含んでいる。
 同じようにあらゆる体験は、つねに新鮮な自己の存在の実現である実在の感
 触を私に与えるのだ。
 
 質問者 あなたが私の世界に存在するように、私もあなたの世界に存在して
     いるのでしょうか?
 
 マハラジ
 もちろん私は在り、あなたは在る。
 だが、意識のなかの単なる点として在るのだ。
 私たちは意識から離れては在りえない。
 このことはよく把握されなければならない。
 世界は意識に依存しているのだ。
 意識なしに世界はない。
 
             『I AM THAT 私は在る』(p109-111)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

(-||-)

> 質問者 あなたは喜んだり悲しんだりすることがありますか? 喜びや悲し
>     みを知っていますか?

こんなことを、訊いてみたくなる感じだったんでしょうね。

> マハラジ
> それらをあなたの好きなように呼ぶがいい。

そっけない。(^_-)

> 私にとってそれらはマインドの状態にすぎない。
> そして私はマインドではないのだ。

……しっかし、こういうことを……言ってみたいよなぁ。(*-_-*)

> 質問者 愛はマインドの状態なのでしょうか?

おお、いちどは訊いておきたい質問ですよね。

> マハラジ
> それもまた、あなたが愛という言葉で何を意味しているかによる。

うん。

> 欲望はもちろん、マインドの状態だ。

はい。

> だが、統合の実現はマインドを超えたものだ。

なるほど。

> 私にとっては、それ自体で存在するものは何もない。

はい。

> すべてが真我であり、すべては私自身なのだ。

だんだん、わかるような気がしています。

> 私自身を皆のなかに見、皆のなかに私自身を見ることは確かに愛だと言える
> だろう。

そうか……。

> 質問者 私が快く思う何かを見たとき、それを欲しくなります。誰がそれを
>     欲しているのでしょうか? 自我でしょうか、マインドでしょうか?

ふーむ。

なんか……難しい質問。

> マハラジ
> この質問は誤った形で問われている。

お。(@_@)

> そこに、「誰が」はいない。
> そこにあるのは欲望、恐れ、怒りであり、マインドが、これは私だ、これは
> 私のものだと言うのだ。

あ、なるほど。

> 「私」あるいは「私のもの」と呼べるようなものは存在しない。

はい。

> 欲望はマインドの状態であり、マインドによって知覚され、名づけられたも
> のだ。

「欲望はマインドの状態であり」……、わかります。

「マインドによって知覚され、名づけられたもの」……、ふーん。(=_=)

> マインドが知覚せず、名づけなければ、欲望がどこにあるというのだろう?

そういうことになるわけか……。

> 質問者 しかし、名づけることなしに知覚するというようなことがあるでし
>     ょうか?

へー。

> マハラジ
> もちろんだ。
> 名づけるということが、マインドを超えることはありえない。

それは、わかります。

> 一方、知覚は意識そのものなのだ。

ふーん……。

「名づける」ということと、「知覚」の区別を説明したわけか。

> 質問者 誰かが死ぬとき、正確には何が起こるのでしょうか?

ああ、これは、よくある質問。

> マハラジ
> 何も起こりはしない。
> 何かが無となるのだ。

へー。

> 無が存在していた。
> そして無が残るのだ。

あ、そうか、たしかに。(-_-;)(←じつは、何もわかっていない。(^_-))

> 質問者 それでも、生と死の間には違いがあるはずです。あなたは生きてい
>     るものを死んでおり、死んだものを生きていると言います。

うん。

> マハラジ
> なぜあなたはひとりが死ぬことに苦悩し、毎日何百万人もの人が死んでいく
> ことは気にもかけないのだろうか?

(@_@)

まさに……。

これは、考えてみるに値することかも。(-_-;)

> 宇宙全体が毎瞬、内破し、爆発しているのだ。

あ、そういうことなんですね。

> それらのために私が泣かなければならないのかね?

たしかに。

> 私にとってたったひとつ明白なことは、存在するすべて、生きるもの、動く
> ものすべては、意識のなかにその存在をもつということだ。

わかります。

> そして、私は意識のなかに、そしてその彼方に在る。

はい。

> 私は観照者としてはそのなかに在り、実在としてはその彼方に在るのだ。

わかりました。

> 質問者 もちろん、あなたの子どもが病気になったときは気にかけるのでは
>     ありませんか?

ふふ。

> マハラジ
> 私はあわてない。
> ただ必要なことをするだけだ。

ああ、なるほど。

> 未来について心配したりはしない。

わかります。

> あらゆる状況への適切な反応、それが私の本質だ。

そうか。

> 何をするべきかと立ち止まって考えたりはしない。

はい。

> ただ行動し、先に進むだけだ。

そうか。

> 結果は私に影響を与えない。

(@_@)

これか……。

> それが良いか悪いかさえ私は気にもしない。

なるほど。

> それらが何であれ、あるがままだ。

そういうことか。

> もしふたたびそれが起こるならば、私は新たな姿勢でそれに取りかかる、あ
> るいは新たな姿勢で取りかかるということが、私に起こる。

はい。

> 私が何をしようと、そこにはいかなる目的感覚もない。

あ。(@_@)

> ものごとは起こるように起こるのだ。

そうか。

> 私がそれらを起こらせるからではなく、私が在るゆえにそれらは起こるのだ。

これが不思議な言葉……。(-_-;)

しかし、少し意味を結んでくるような。

> 実際には、けっして何も起こらない。

はい。

この言葉は、浸透してくるにまかせるより仕方ない。

> マインドに落ち着きのないとき、それはシヴァを舞い踊らせる。*
> 
> * 訳注 シヴァを舞い踊らせる
>     シバ神は南インド、タミル・ナードゥ州のチダンパラムでナータラ
>     ージャ神として現れ、宇宙の創造と破壊の舞を舞ったという神話が
>     ある。

「マインドに落ち着きのないとき、それはシヴァを舞い踊らせる」かぁ。

なんだかカッコいいなぁ。(いや、言葉のことだけど。(*-_-*) )

> 波に揺らぐ湖の水が月を踊らせるように。
> それらはすべて誤った概念による現れにすぎない。

ああ、そういう意味か。

> 質問者 確かにあなたは多くのことに気づいており、それらの本質にしたが
>     ってふるまっています。子どもは子どもとして、大人は大人として
>     扱っています。

なるほど、質問の意味はわかります。

> マハラジ
> 塩味が大海に浸透しているように、海水の一滴一滴が同じ味を含んでいる。

これは、どういう連想だろう。(?_?)

> 同じようにあらゆる体験は、つねに新鮮な自己の存在の実現である実在の感
> 触を私に与えるのだ。

あ、比喩か。

「あらゆる体験は、つねに新鮮な自己の存在の実現である実在の感触を私に与
 える」

ちょっと、意味を取りかねるような……。

ただ、そういうことなんでしょうね。

> 質問者 あなたが私の世界に存在するように、私もあなたの世界に存在して
>     いるのでしょうか?

これは、いい質問。

> マハラジ
> もちろん私は在り、あなたは在る。

はい。

> だが、意識のなかの単なる点として在るのだ。

そういうことなんですね。

> 私たちは意識から離れては在りえない。

はい、おっしゃる意味はわかると思います。

> このことはよく把握されなければならない。

はい。

> 世界は意識に依存しているのだ。

わかります。

> 意識なしに世界はない。

はい。

……。

(-_-)

……。

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。ボディブローが効くかも。
https://www.ascensionkan.com/ndic/


        …………○…………○…………○…………



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 3.いただいたお手紙から: ひまありさん
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

お気が向いたときに、たまに何か書いていただけると嬉しいです。
なにか、ご要望など伺えるとありがたいです。
E-mail:pari♪jk2.so-net.ne.jp
      ↑ここは“@”にしてくださいね。(*^_^*)

こちら↓でも結構ですよ。
parichan@gmail.com

勝手に掲載させていただくかもしれません。もちろん、掲載は困る、と書いて
おいていただければ、そんなことはしませんが。^^;

ハンドル名(=ここでの掲載名)もお願いしますね。


        …………○…………○…………○…………


今回、最初にもご紹介した、ひまありさんからメールをいただきました。

投稿フォーム経由でしたので、特に掲載許可はお願いしていません。

早速ご紹介します。

【件名】:
----------------------------------------------------------------------
 こんにちわ。
 
 以前からのメールマガジン愛読者です。
 
 といっても、自分の好みの記事だけを読むという勝手な読者で、すみません。
 
 ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)
 
 今回の「トンデモ予防接種論」は「意を得たり!」と即反応しちゃいました。
 
 この件についてはもっともっと多くの方の意識変化を求めている僕としては、
 まあ、なんでもいいですが、とにかく、予防接種は予約接種だという事に気
 づいて貰いたいという願望が強すぎるくらいあるわけです。
 
 予約というのはもちろん「病気の予約」のことです。
 
 で、こちらにもいろいろあちこちからの情報を集めて掲載中です。
 
 http://blog.goo.ne.jp/akyoon
 でインフルエンザは風邪なんだ
 http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_5a99.html
 を紹介しています。
 
 最近記事、「インフルエンザワクチンは打たないで」の本は目の不自由な方
 へソフト読み上げも入れてありますので、目の不自由な方に限らずご試聴戴
 ければと思い、何かの折にマガジン記事でご紹介戴ければアリガタイもので
 す。
 
 他にもインフルエンザ特集記事としていくつか載せています。
 結局、人類はアセンションする、しないに関わらず、この医学の問題をクリ
 アしないと済まないのでしょう。
 
 どうにもならなくなったから、もう地球よ、さよならっていうわけにはいか
 ないのかも。
 
 その他の記事にしても著作権すれすれ(そのものじゃないのか!とご意見も
 あり)のところで、ちょっと身元不明にて失礼いたします。
----------------------------------------------------------------------

ひまありさん、あんな形で最初にご紹介させていただきまして。m(_ _)m

> ニッサルガッタ系はどうもむずかしくて・・・(笑い)

お陰様で、いろいろ書かせていただきました。(^^;)
 
> 今回の「トンデモ予防接種論」は「意を得たり!」と即反応しちゃいました。

はい。

> この件についてはもっともっと多くの方の意識変化を求めている僕としては、
> まあ、なんでもいいですが、とにかく、予防接種は予約接種だという事に気
> づいて貰いたいという願望が強すぎるくらいあるわけです。

なるほど。

ここで、ちゃんとご意見ご紹介させていただきましたからね。(^^)/

興味のある方は、見てくださると思います。

ひまありさん、ありがとうございました。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


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おいていただければ、そんなことはしませんが。^^;

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■ 4.「ご投稿・情報提供」: ハイアーセルフ33さん
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『アセンション館通信』への「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。

▼『アセンション館通信』へのご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518


        …………○…………○…………○…………


今回も、ハイアーセルフ33さんから、シェルダン・ナイドル情報の更新を
お知らせいただきました。

【件名】: シェルダン・ナイドルからの最新版 2008年 8月26日
----------------------------------------------------------------------
 みなさん、こんにちは。ハイアーセルフ33です。
 
 翻訳が上がっていましたのでお知らせいたします。
 http://oneness-net.jp/pao-updates/index.htm

 
 **********************************************
 
 スピリチュアル?ハイアラーキーと銀河連邦
 
 PAO : プラネタリー・アクティベーション?オーガナイゼーション[惑星活
 性化協会]から
 
 シェルダン?ナイドルからの最新版
 
 [ 8 Muluc, 17 Pop, 4 Eb ]
 
 [ 銀河暦:黄色い人の定義の年,ウォの月11日,黒い夜を完全にする日,内的
 変容 ]
 (地球西暦:2008年 8月26日)
 
 
       Selamat Jarin!
       我々は今日、皆さんと議論するより興味深い話題を持って来ました!
 皆さんの世界は、至る所で大きな意識の変革が進行している過程にあります。
 この変革は、地球同盟者たちが前進する推進力となり、彼らが長く望んでいる
 勝利が近くにあるという、自身を持たせています。さらに、彼らの勝利への感
 情を強化しているのは、闇の残党側にとっては、もちろん狼狽に過ぎないです
 が、彼らが力を保持しようと粘り続ける自暴自棄の戦略に対応するためです。
 闇のカバラ信奉者たちは、自身の甲冑に回復不能なひび割れが現れ始めている
 ことに気づいています。これは、彼らの心配の種であり、そのため彼らはアメ
 リカ、ヨーロッパ、アジアから安心の種を探しています。最後は静められるに
 も関わらず、闇の残党は、地方や第三世界の市場で小規模に起こっている事
 に、警戒心を抱いています。ここでは、自由と平和の民主主義のための運動
 が、草の根レベルで育っています。同様に、類似した運動が、地元のヨーロッ
 パとアメリカにも出現しました。彼らの力に代わるものは、未だ消えていませ
 ん。多くの障害にも関わらず、近い将来、闇の残党に匹敵するものになるとし
 て期待されながら、この運動は強くなり続けるでしょう。
 
       これらの局地的な運動が実際、全世界に広がっています。インター
 ネットは、各拠点を結び、彼らが個々で行っている重要な任務について、お互
 い連絡し合える事を可能にしています。これらの情報の共有により、彼らの改
 革の運動が、経済と銀行システムの大きな変革が公式に発表される時の助けに
 なると考えている地球同盟者たちの注意を引きつけました。大きな変革の環境
 の中では、経済システムの構築を促進することができるネットワークを築きな
 がら、これらの小規模の計画を容易に進展させることができます。これらすべ
 ては、皆さんの国際社会が、欠乏と貧困の世界から、繁栄と裕福な世界へと移
 行するためのものなのです。地球同盟者たちは、ファーストコンタクトの最後
 の準備段階として機能する、新しい現実を創り出す事を希望しています。ちょ
 うど我々も、地球同盟者たちと同じく、コンタクトのためのシナリオを再構築
 していました。我々全員は、再三この計画の多くの変更に適応しなければなり
 ませんでした。我々の役割は、我々の知識を使い、地球同盟者たちに、時が訪
 れた時に一番ベストな変革を行えるよう助言をし、支援することなのです。
 
       ファーストコンタクトは、いくつかの明確に区別された段階へと移行
 したように見えます。最初、天界がそのように定めた時、まさに次の基本的な
 取り決めの問題がありました。この段階は、フォトンベルトの影響が、皆さん
 の科学者が1987aと呼ぶ新星からのエネルギーの塊の到着によって軽減された
 時に、終わりました。この新星からのエネルギーが、皆さんの現在の領域を、
 保護する泡で包みこみました。フォトンベルトが皆さんの天の川銀河を通過
 し、去って行くと共に、この泡も18か月の間に次第に弱まって行くでしょう。
 その代り、新しい現実が訪れるでしょう。フォトンベルトが通った後で、時空
 の量子が創られるでしょう。そしてそれは、太陽系全体の変容の促進剤となる
 でしょう。お分かりの通り、この宇宙は、皆さんの世界の宇宙論者が描いてい
 るものとは、まったく違います。正しくは、この宇宙は、創造主から発せられ
 ている、永遠の愛と無限の光によって構成された生きたホログラフィック映像
 なのです。そしてそれは、神の計画という神の意志または、神の指令の下にあ
 ります。それは、物質を生み出し、物質世界の創造という大きな奇跡を自身の
 中に構築することなのです。皆さんがこの事実を理解する時、皆さんは、スピ
 リチュアルな科学だけがなぜ重要かという事が分かるのです(残りは単なる経
 験則ですが)。
 
       皆さんがこの銀河を横断する時、皆さんは信じがたい現象を目撃する
 でしょう!我々は、それらに対して、最も美しく、もっともふさわしい名前を
 付けます。我々は、皆さんがどのような経験をし、どのような名前を付けるの
 かを、楽しみにしています。物質世界で働く神聖な力は、神によって作り出さ
 れる電気的なホログラムから生じています。皆さんがこの事について学び始め
 る時、皆さんは、次元間のエネルギーが常に神の計画に従って、どのように相
 互に作用しているのかを、理解することができるでしょう。皆さんは、回転が
 どのように渦を創り出すのかを発見します。その時、皆さんは、これらの各質
 点から発する、相互に引きあうエネルギーによって、渦が生じることを理解す
 るでしょう。重力とは、これらの引力の他の形態であり、アインシュタインの
 相対性理論または、ニュートン力学を超えたものです。引力は、電子力学の本
 質とホログラフィックの物質的な性質を呈しています。我々は、我々の艦隊の
 推進エネルギーと船の転送装置に、これらの現象を利用しています。
 
       科学者たちは、皆さんの科学の各分野において、解明されていない多
 くの矛盾は、意識の科学によって導くことができることを理解し始めていま
 す。これにより、意識の特質を考慮にいれた、新しい科学の枠組みが構築され
 ています。実質的に、皆さんの科学は、比喩的な表現をすれば、ニュートンの
 時代に戻っています。多く分野で、科学の枠組みが崩壊しています。そして全
 体的な見直しが、急務となっています。我々はこのことを観察しており、我々
 は、皆さんの多くの若手研究者が、新しい枠組みに対して開放的であることに
 満足しています。彼らは、‘目に見えない手’のような力が存在し、全く新しい
 理論を認める必要があることを証明しています。皆さんは、宗教の啓示のよう
 な‘ビッグバン’理論や量子力学の混乱した状態、遺伝子工学のたわごとを超え
 た未来を思い描く必要があります。この混乱から抜け出し、我々の領域に近
 い、新しい科学へと進化する準備が始まっています。我々の科学は、皆さんの
 現在の知識の水準を超えており、真の意識の概念が含まれているのです。
 
       意識は皆さんの真の姿であり、創造主の愛から生み出された活動的な
 魂と相互に結びついています。さらに、これは天界や神界との特別の接点なの
 です。この活動的なエネルギーは、天界の髄質から直接創られています。天界
 は導き役であり、皆さんの文献の中において、多くの名前で記述されていま
 す。皆さんに、 ‘私は存在する(I Am Presence)’という言葉を使いましょう。
 この特別な言葉は、神聖な宇宙の中の‘相互の結びつき’という壮大なネット
 ワークである、皆さんの内的な真の自己を指しています。皆さんは、自己の魂
 と、‘私は存在する’という皆さんの内的な真の自己に驚きながら、自己の存在
 を協力して創造しているのです。皆さんは神の意識に目覚めながら、現実とい
 う幻惑を容易に消し去り、神の世界を垣間見ることを許される、真の本質へと
 向かうでしょう。これらの‘なるほど ’と思う瞬間は、未来に横たわっている
 ものの予告なのです。そういうわけで、多くの人が、この世界とスピリチュア
 ルな世界の間のカーテンが、薄くなってきていると言っているのです。
 
       この新しい意識の科学は、現代科学の矛盾を説明しながら、多くの場
 所で再構築されつつ、熟してきています。そして、この新しい信条の創造は、
 我々が子供の頃から学んできたレベルに近づいて来ています。このように、我
 々は、我々の知識と皆さんの知識を容易に統合することができるのです。皆さ
 んの真実が、皆さんから容赦無く隠されています。しかし、現在皆さんの真実
 への壮大な探究心は、少なくとも神の卵からふ化しようとしています!この
 もっとも扱いにくい ‘ハンプティ・ダンプティ’が落ちたならば、つまり皆さ
 んが神の卵を破ってふ化したならば、闇はいかなる方法を使っても、皆さんを
 止めることは不可能でしょう。そしてその時、残りの隠されていた部分が、皆
 さんの前で明らかになるでしょう!今という現実は、本当にすべてが明らかに
 なる時間なのです!
 
       皆さんが、集団として、自身を制限していた信条から抜け出す時、皆
 さんに、信じられないほどの力の源泉が押し寄せ、新しい規範を生み出すため
 の破局のプロセスが始まるでしょう。そのような要求は、皆さんの世界の‘冷
 戦’というものを終わらせ、現在の我々の銀河の平和を導いた神聖なる施しを
 与えました。神の意志はすべてを含み、心打たれた時、奇跡と呼ばれるものを
 生み出す事が出来るのです。皆さんに必要なことは、内的な意識の静寂を学
 び、自身を創り出す神聖なるエネルギーとつながる事です。1ナノ秒よりも短
 い時間の間に、皆さんはこのエネルギーを吹き込まれるのです。その中で皆さ
 んは、自分は何者かという真実を発見する方向へと向かいます。我々はそれを
 ‘JaTa Khan a、(シリウス語で創造主の魂の本質)’と呼んでいます。その中
 で、知る必要のあるものはすべて理解できるでしょう。
 
       今日、我々は皆さんの世界および、皆さん自身に起こっている事を観
 察してきました。皆さんの大きな共同体の中で、すべての秘密が横たわってい
 ることを思い出して下さい。それを使って、皆さんは世界を変革し、我々の存
 在を否定するために闇によって仕掛けられた、外国人嫌いを修正することがで
 きるのです。我々はここでお暇します。祝福して下さい!そして、ハートの源
 で感じて下さい。天の永遠の光と、無限に満ち溢れる豊かさを!!
 
 
       Selamat Gajun! Selamat Ja!
     (シリウス語で「一つになれ!歓喜せよ!」)
 
     和訳 : Amistar☆
----------------------------------------------------------------------

はるさん、今回は、ひさしぶりに全文を掲載できました。

いつもご連絡ありがとうございます。

m(_ _)m

        …………○…………○…………○…………



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 5.編集後記:BSで放映した「七人の侍」を観ました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

昔、月に一度、16ミリを映して名画鑑賞会というのをやりました。
https://www.ascensionkan.com/cinema/index.html

当時は知りませんでしたが、もうビデオショップが世の中に現れ始めていた頃
で、その意味ではちょっと時代遅れだったのだと思いますが。

黒澤映画の代表としては「七人の侍」を選んで、それをかけました。
https://www.ascensionkan.com/cinema/meiga-9.html

とても感動しました……。

今夜8時から、しばらくぶりに、BSで放映した「七人の侍」を観ました。

映画は同じく素晴らしかったけど……、自分の季節の方が違っていました。

すべてが、動いていきますね。

なにひとつ同じではいない。

当然ですね。

いっしょに流れて行くしかないと思います。

いや、眼の前を流れていくものを観ているより仕方がないと思います。

じつは何ひとつ起こっていないというのが、やはり唯一の救いなんですね。

それでは、おやすみなさい。

<(_ _)>


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  → メール: pari♪jk2.so-net.ne.jp(“♪”→“@”に。m(_ _)m)
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