━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆ 『アセンション館通信』vol.273 2009/6/28(第273号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
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☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇
このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))
マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ、
という言葉を信じた仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;
内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってますね。現在 961名
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◇◇ もくじ ◇◇
1.“汚れ”と“ゴミ”ばかりですが
2.写経ニサルガダッタ:
【65 あなたに必要なのは、静かなマインドだけだ】の2
3.いただいたお手紙から:ドン・ガバチョさん
4.編集後記:もうしばらく延命できるのかもしれません。
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■ 1.“汚れ”と“ゴミ”ばかりですが
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このところ二日続けて猪との駆け引きを楽しんでいます。^^;
おととし西側の斜面下に金網を巡らし、去年になって庭の東側を鉄線のメッシ
ュで囲んでからというもの……ずっと鹿と猪は入らなかったんですけどね。
まずおととい、収穫直前のジャガ芋がすっかり掘り出されていました。(>_<)
でも……キュウリやそのほかの野菜は荒らされていないので、被害はごくわず
かでした。
荒らし方もこぢんまりとしていて……どうも入ったのは子供のようです。
犯人??はウリンボだろう……ということになりました。^^;
さて……どこから入ったんだろう(?_?) と探し回って、結局、庭のゲートのと
ころの“隙間”を見つけました。
それでそこを補修して……今度は大丈夫と思っていると……。
昨日の朝になって……見てみると……やっぱり入られているらしい。
今度は、大人です。(*^_^*)
被害こそあまりないけれど……かなり大量に斜面が掘り返されています。
土の中のミミズを食べるんでしょうね。
さて……今度はどこからはいったのか?
なんと!!、敷地の南側を土留めしているコンクリート塀を斜めに上がってく
る登り口に、ちゃんと足跡があるではありませんか。(@_@)
塞いだ鉄線メッシュの横のわずかの隙間を通り抜けて入ってきたんですねぇ。
たいした勇気です。
子供に「アソコ、ハイレタヨ」とかなんとか教わってきたけど、そこが塞がれ
ているので、別のルートを新規に開発したのでしょう。
それにしても……夜……コンクリート塀の上の斜めの切り口をトコトコ登って
くる姿を想像すると……。(^^;)
そんなこんなで……おとといときのうは午前中を費やして“猪対柵(イノシシ
たいさく)”でした。
(*^_^*)
というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。
『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/
みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?
過去数年……わが家の敷地は鹿と猪の遊歩場でした。
夜の間に食い荒らされて……立木以外“植物相”はほとんど壊滅状態でした。
でも……まわりに柵をして……動物たちの傍若無人なふるまいを少し制限する
と……意外とかわいらしい花が蘇ってきます。
土のなかにはたくさんの種(可能性)が入っているんですね。
すると……それを護りたくもなるし……手入れもしたくなる。
そして……なにより……どこから“荒らし”がはいってきたのかわかるように
なる。
これが……大きいです。
見えている小さな世界が……どの通路から荒らされるのかがわかります……。
知覚でき……想像できる世界はすべて……自分ではないそうです。
それはいわば自分の上に被さった一種の“汚れ”……“ゴミ”のようなものな
のでしょう。
でも……それを手放すには……いちど自分の支配下に入らなければならない。
自分のものでもないものを……われわれは手放すことすらできませんから。
だから“自分ではないもの”として手放すためにも……いちどその“汚れ”を
識別して……自分の管理下に置く必要があるかもしれません。
でないと……ただ“食い荒らされ放題”では……あまりにも目まぐるしくて…
…ただただ押しまくられるだけでしょう……。
“手放す”ためにすら……われわれは自分の世界を自分の識別下に置く必要が
あるようです。
発見はすべて……「わたし」の上に被さった“汚れ”“ゴミ”です。
でも……いちどそれを意味ある固有の“汚れ”として認知・識別してあげなけ
れば……それを手放すことすらできない……。
いつまで続くかはわかりませんが、今週も新たな“汚れ”を発見して“ゴミ”
出しを続けましょうか。(^_-)
ところで……『私は在る』のこんな対話部分↓を憶えていますか?
----------------------------------------------------------------------
質問者 あなたはただの無なのでしょうか?
マハラジ
ばかなことを言ってはいけない。
もちろん、もっとも実質的に、私は存在している。
ただ、私はあなたが考えているような私ではないのだ。
これがあなたにすべてを伝えるだろう。
質問者 それは私に何も伝えていません。
『私は在る』(p321)
http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------
はは。(^^;)
この質問者の気持ちはわかりますよね。
まったくです……、そう言いたくなります。
以前この会話を読んだとき、わたしは何か“わかって”いたのか……。(-_-)
これ……微妙ですよねぇ……、いえ、ほんと。
“わかっている”とか……“わかっていない”とか……。
まるで謎々みたいな“迷宮の襞(ひだ)”に入ってしまいますから……。
でも……いま確実に言えることは……これまで
> ただ、私はあなたが考えているような私ではないのだ。
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
というニサルガ師匠の言葉を聞いたとき、わたしもまさに、
> 質問者 それは私に何も伝えていません。
という状態であった……ということです。
ただそのときどき……ニサルガ師匠が……わざわざ
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
と断ったことに対しては……いつも微かな違和感が残っていました。
そして……なんとなく……いつかちゃんと確認しなくては……という感覚が残
っていたようです。
なにしろ……ニサルガ師匠が意味もなく……たんなる気取りで……、
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
などと言うはずはない……という感触があったので……。
ただそのときどきに……本には次の文章があり……わたしの目は次の文章を追
っていったのだろうと思います。
一見……何の違和感も残さず……それは次のように流れていました。
----------------------------------------------------------------------
質問者 それは私に何も伝えていません。
マハラジ
なぜなら、それは語ることのできないものだからだ。
自分自身の体験をもたなければならないのだ。
あなたは物質的、精神的なものを扱うことには慣れている。
私はものではなく、あなたもまたものではない。
私たちは物質でもなくエネルギーでもない。
身体でもなくマインドでもない。
ひとたびあなたが自己の存在の一瞥を得るなら、私を理解するのは難しくな
いと知るだろう。
『私は在る』(p321)
----------------------------------------------------------------------
> 質問者 それは私に何も伝えていません。
>
> マハラジ
> なぜなら、それは語ることのできないものだからだ。
この応答はあまりにも“壺にはまって”……マインドを引き止めません。
でもじつは、マハラジの言葉はその後も少しも弛まずに、「実在」は「語るこ
とのできないもの」だ……ということを伝えているわけです。
ね。(^^;)
伝わらないもんでしょ。
「実在」は「語ることのできないもの」だなんて言われたって、ちょっと精神
世界を囓りはじめた者なら……誰も驚きませんよ。
だって……何度も聞かされているんだも……。
でも……ほんとうは……、マハラジは
> もちろん、もっとも実質的に、私は存在している。
(なぜなら「私」が「実在」なのだから……。)
> ただ、私はあなたが考えているような私ではないのだ。
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
と、伝えているわけです。
> ただ、私はあなたが考えているような私ではないのだ。
ということを……。
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
とまで……念を押して。
「私」(「実在」)とは「あなたが考えているような」ものではないわけです。
「あなたが考えているような」ものではない、という言葉が「すべてを伝え」
ているのだとしたら……。
「あなたが考えているような」ものは……ことごとく「私」つまり「実在」で
はない……ということでしょう。
つまり……ここで綴られているような文字も含めて……知覚可能、想像可能な
ものはすべて……「私」つまり「実在」では【ありえない】……ということだ
と思います。(-_-;)
(まったくもって……何度も聞かされています……。(;_;))
だからこそ……、
> ただ、私はあなたが考えているような私ではないのだ。
と言った後に、わざわざ断って、
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
と付け加えたわけでしょう。
われわれはそう言われても、それでもなおかつ、
「じゃ、実在とはどういうものなのか?」
と訊いてしまう。(^^;)
> これがあなたにすべてを伝えるだろう。
>
> 質問者 それは私に何も伝えていません。
何かほかの言葉で伝えてほしいわけです、はは。(*^_^*)
マハラジはだから……言わざるをえないわけですよね。
----------------------------------------------------------------------
なぜなら、それは語ることのできないものだからだ。
自分自身の体験をもたなければならないのだ。
『私は在る』(p321)
----------------------------------------------------------------------
と。
知覚され意識された発見と再発見は……言わずと知れた……相も変わらぬ……
“汚れ”と“ゴミ”ばかりです……。
でもその“汚れ”と“ゴミ”を……発見し……識別しなければならない。
マインドはそうして自ら賢くなるしか……消えていく道はないわけですから。
自分(マインド)が表現できるもの――“汚れ”と“ゴミ”――を識別し……
手放していくしかないわけですから……。
なにしろ……、
----------------------------------------------------------------------
質問者 知覚可能なものすべてが汚れなのでしょうか?
マハラジ
すべては汚れだ。
質問者 世界全体が汚れなのですか?
マハラジ
そのとおりだ。
質問者 何とひどい! では宇宙は何の価値もないのですか?
マハラジ
それは途方もない価値をもっている。
それを超えていくことによって、あなたはあなた自身を実現するのだ。
『私は在る』(p144)
----------------------------------------------------------------------
というわけなので……。(-_-)
“汚れ”以外のものを表現できないとしても、それは別にpariという“ゴミ”
の咎ではありません。(-_-;)(←カッコつけちゃって、まあ。(^_-) )
(*^_^*)
……。
(-_-)
……。
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(_ _)m
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.写経ニサルガダッタ:
【65 あなたに必要なのは、静かなマインドだけだ】の2回目
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ニサルガダッタの論理性はじわじわとマインドの外堀を埋めていきます。
最終的断言だけを聞けば超絶的とも思えるニサルガダッタの言葉も、ひとこと
一言をその気になって聴いてみると、まさに反駁しがたく論理的です。
エゴとしての人生にほんとうに“うんざり”しているなら、これほど頼りがい
のある“助っ人”は、ちょっと見つからないのではないでしょうか。
> 「完全に」という言葉、それが重要なのだ。
> 至高なるものに到達するためには、あなたは極端にならなければならない。
それは……そうなくてはならないはずです。
そしてニサルガダッタは
> それは難しいことではない。
と保証してくださる。(-||-)
では、【65 あなたに必要なのは、静かなマインドだけだ】の2回目です。
(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
願っています。(-||-) )
最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。
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質問者 私は個人であり、それゆえ空間と時間に限定されています。私はわ
ずかばかりの空間を占め、ほんの瞬間存在するだけです。
マハラジ
それにもかかわらず、あなたは在るのだ。
あなたが真の本性の探求へと深く入って行くにしたがって、小さいのはあな
たの身体であり、短いのはあなたの記憶であって、広大な生命の大海があな
たのものであることを発見するだろう。
質問者 「私」と「宇宙」という言葉自体が相容れないものです。
マハラジ
そうではない。
同一であるという感覚は普遍的に浸透しているのだ。
探求しなさい。
そうすれば、あなたはあなた自身であり、かぎりなくそれ以上である宇宙的
個人を発見することだろう。
とにかく、まず世界はあなたのなかにあり、あなたが世界のなかにいるので
はないということを自覚することからはじめなさい。
質問者 どうしてそうありうるのでしょうか? 私は世界のなかの一部分で
しかありえません。鏡のような反映による以外に、どうして部分の
なかに世界全体が含まれるというのでしょうか?
マハラジ
あなたの言うとおりだ。
あなたの個人的身体は一部分であり、その中に全体が不思議にも反映されて
いるのだ。
しかし、あなたは宇宙的身体もまたもっている。
それを知らないとさえ言えないのだ。
なぜなら、あなたはつねにそれを見て、体験しているからだ。
ただ、それを「世界」と呼び、恐れているだけなのだ。
質問者 私は、私の小さい身体は知っていると感じますが、もうひとつの身
体は科学を通してしか知りません。
マハラジ
あなたの小さな身体は、あなたの知らない神秘と不思議で満ちている。
そこでもまた、科学があなたの唯一のガイドだ。
解剖学と天文学がそれらを説明するだろう。
質問者 たとえ、私があなたの基本的な論理としての宇宙的身体の教義を受
け入れたとしても、いったいどのようにそれを考査することができ、
また、それが私にとって何の役に立つと言うのでしょうか?
マハラジ
あなたが両方の身体に宿ることを知ることで、あなたはすべてを所有するこ
とになるのだ。
宇宙のすべてがあなたの関心事となり、すべての生きるものたちをあなたは
もっとも優しく賢明に愛するようになるだろう。
あなたと他者との間には利益の衝突がなくなるだろう。
すべての搾取(さくしゅ)は絶対的に消えるだろう。
あなたのあらゆる行動は恩恵となり、あらゆる瞬間は祝福となるだろう。
質問者 それはとても私の関心を引きますが、しかし、宇宙的存在を実現す
るためには、どのようにはじめればいいのでしょうか?
マハラジ
あなたには二つの道がある。
真我を実現するために、あなたのマインドとハートを捧げること、あるいは
私の言葉を信頼して受け入れ、それにしたがって行動することだ。
あなたは自己に対して完全に利己的になるか、完全に非利己的になるかのど
ちらかだ。
「完全に」という言葉、それが重要なのだ。
至高なるものに到達するためには、あなたは極端にならなければならない。
質問者 小さく限定された私に、どうしてそのような高遠なるものへの大望
を抱くことができるでしょう?
マハラジ
あなた自身が、そのなかですべてが起こる意識の大洋なのだと認識しなさい。
それは難しいことではない。
わずかな注意力と自己への緊密な観察で、あなたはどのような出来事も意識
の外側で起こっているのではないことを知るだろう。
『I AM THAT 私は在る』(p327-329)
http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------
(-||-)
> 質問者 私は個人であり、それゆえ空間と時間に限定されています。私はわ
> ずかばかりの空間を占め、ほんの瞬間存在するだけです。
これはまた……ずいぶん卑下しましたね。
> マハラジ
> それにもかかわらず、あなたは在るのだ。
そうか。
> あなたが真の本性の探求へと深く入って行くにしたがって、小さいのはあな
> たの身体であり、短いのはあなたの記憶であって、広大な生命の大海があな
> たのものであることを発見するだろう。
なるほど……、なるほど……。
「小さいのはあなたの身体であり、短いのはあなたの記憶であって」……。
これはいまでも百パーセント肯定できるなぁ。
「広大な生命の大海があなたのものであることを発見するだろう」……。
これも……ある意味では……事実……体験しているような気もするけど。
半分肯定……といったところかしら……。
> 質問者 「私」と「宇宙」という言葉自体が相容れないものです。
まあ……普通は……そういうふうに言う……のだったかも。
だんだん……こっちも正気を失ってくるからなぁ……。(*-_-*)
> マハラジ
> そうではない。
> 同一であるという感覚は普遍的に浸透しているのだ。
やっぱり、そうですよね。(^-^)(←んなわけ、ないやろ。(\_/))
> 探求しなさい。
はい。
> そうすれば、あなたはあなた自身であり、かぎりなくそれ以上である宇宙的
> 個人を発見することだろう。
わかりました。
> とにかく、まず世界はあなたのなかにあり、あなたが世界のなかにいるので
> はないということを自覚することからはじめなさい。
はい。(-||-)
> 質問者 どうしてそうありうるのでしょうか? 私は世界のなかの一部分で
> しかありえません。鏡のような反映による以外に、どうして部分の
> なかに世界全体が含まれるというのでしょうか?
なるほど。
> マハラジ
> あなたの言うとおりだ。
うん。
> あなたの個人的身体は一部分であり、その中に全体が不思議にも反映されて
> いるのだ。
このへんは、ニューエイジ精神世界もよく言うところだよなぁ。
> しかし、あなたは宇宙的身体もまたもっている。
これは……ニサルガダッタの独自の表現。
(というか……わたしはニサルガ師匠からはじめて聞いた表現だ。(*-_-*) )
> それを知らないとさえ言えないのだ。
> なぜなら、あなたはつねにそれを見て、体験しているからだ。
そうそう……そうですよね。
> ただ、それを「世界」と呼び、恐れているだけなのだ。
(*_*)
まったく……。
> 質問者 私は、私の小さい身体は知っていると感じますが、もうひとつの身
> 体は科学を通してしか知りません。
うん。
> マハラジ
> あなたの小さな身体は、あなたの知らない神秘と不思議で満ちている。
たしかに。
> そこでもまた、科学があなたの唯一のガイドだ。
あ、そうか。(@_@)
たしかに、言われてみればそうだわ。
> 解剖学と天文学がそれらを説明するだろう。
ですね。
> 質問者 たとえ、私があなたの基本的な論理としての宇宙的身体の教義を受
> け入れたとしても、いったいどのようにそれを考査することができ、
> また、それが私にとって何の役に立つと言うのでしょうか?
うん……論理的ですね。
> マハラジ
> あなたが両方の身体に宿ることを知ることで、あなたはすべてを所有するこ
> とになるのだ。
ああ……。
> 宇宙のすべてがあなたの関心事となり、すべての生きるものたちをあなたは
> もっとも優しく賢明に愛するようになるだろう。
そうか。
> あなたと他者との間には利益の衝突がなくなるだろう。
宇宙が自分の身体なら……そりゃそうだ。
胃袋と心臓が喧嘩したり地位を争ったりしても意味ないし……。
> すべての搾取(さくしゅ)は絶対的に消えるだろう。
ですね。
> あなたのあらゆる行動は恩恵となり、あらゆる瞬間は祝福となるだろう。
そういうわけかぁ。
そういうふうにも生きられるわけだなぁ。
佛(人では弗い)だったら……。
> 質問者 それはとても私の関心を引きますが、しかし、宇宙的存在を実現す
> るためには、どのようにはじめればいいのでしょうか?
やっぱり、知りたいですよね。
> マハラジ
> あなたには二つの道がある。
あ……そうか……。
> 真我を実現するために、あなたのマインドとハートを捧げること、あるいは
> 私の言葉を信頼して受け入れ、それにしたがって行動することだ。
はい。
> あなたは自己に対して完全に利己的になるか、完全に非利己的になるかのど
> ちらかだ。
わたしは“完全利己的”派。
> 「完全に」という言葉、それが重要なのだ。
はい。
> 至高なるものに到達するためには、あなたは極端にならなければならない。
わかります。
人であることから逸脱しなければならないわけですから……。
> 質問者 小さく限定された私に、どうしてそのような高遠なるものへの大望
> を抱くことができるでしょう?
まあ、自分は人間だと決めてしまうと……そうだけど……。
> マハラジ
> あなた自身が、そのなかですべてが起こる意識の大洋なのだと認識しなさい。
そうか……。
> それは難しいことではない。
ほんとですか。(@_@)
> わずかな注意力と自己への緊密な観察で、あなたはどのような出来事も意識
> の外側で起こっているのではないことを知るだろう。
「どのような出来事も意識の外側で起こっているのではない」……。
それは理解できる……。
意識がすべての出来事を包含していることは確かだと思う……。(-_-;)
それに……たとえ意識の圏外で起こっている出来事があったところで……そん
なものをわたしが知る術もないし……。
その意味では……無意識(意識されないこと)は存在しないわけだから……。
そのことさえ理解できたら……それで人間を超えるための準備万端が調うのか
しら……。
……。
(-_-)
……。
(-||-)
今日の写経は、ここまでです。
m(_ _)m
…………○…………○…………○…………
『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html
もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。
ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。ボディブローが効くかも。
https://www.ascensionkan.com/ndic/
おこがましくも、『アセ通』既刊号はすべてここ↓に置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/
…………○…………○…………○…………
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■ 3.いただいたお手紙から:ドン・ガバチョさん
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▼『アセンション館通信』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単なるメールな
ど、ご自由にお書きいただければと思います。
…………○…………○…………○…………
今回、ドン・ガバチョさんから投稿フォーム経由でご投稿をいただきました。
早速ご紹介いたします。
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愛の表象としての二元の海なのでございます。
「存在」、「絶対」、「無」、「空(くう)」、「大いなるもの」、「ワン
ネス」、「神」・・・
であることの至福・・・・そのフィーリングを、もし微(かす)かにでも喩
(たと)えることが出来るとするならば
(そうした如何なる比喩も能(あた)わない「絶対」であることは了解して
はいますが)、
「乳白色の哀しみ」ではないでしょうか?
私とは何か?――空(くう)は自身を識(し)りたいのです。
――森羅万象あらゆるものを可能性として潜在させている空(くう)は、自
身を思考した。
空(くう)は自身の投影を創造したのである。
これは革命であった。ものがたりの始まりである。――(ラムサ)
自身を識るために、「絶対」は「相対」を想像し、創造したのです。
それは、様々な時間率をフレームとする多様な宇宙です。
「分離」を識らずに、「統合」を識ることは出来ない・・・・
「部分」を識らずに、「全体」を識ることは出来ない・・・・
「相対」を識らずに、「絶対」を識ることは出来ない・・・・
万物は「相対」という分離の「関係性」の海に顕現します。
その分離の「関係性」が「絶対」、「ワンネス」の一つの断片なのです。
「無」の上に森羅万象、時空、万物が乗っかります。
分離の「関係性」を純粋な「体験」として感得するために、私たち「存在」
は「存在」であることを忘れているフリをします。
―――――――――――――――――――
「お金持ち」と「貧乏人」はお互いがお互いの在り様(よう)を成り立たせ
ています。
「貧乏人」がいるから「お金持ち」がいます。
「優等生」と「劣等生」もまた然(しか)り。
「劣等生」がいるから「優等生」がいます。
「善」と「悪」、「損」と「得」も然りです。
「悪人」がいるから「善人」がいて、「損」があるから「得」があります。
「好き」と「嫌い」、「賢者」と「愚者」、「幸運」と「不運」、「ネガ
ティブ」と「ポジティブ」、「硬」と「軟」、「清」と「濁」、「寒」と
「暖」、「明」と「暗」、「白」と「黒」、「静寂」と「喧騒」、「高」と
「低」、「広い」と「狭い」、「浅い」と「深い」・・・・・あらゆるもの
が二元の関係性を持っています。
と言いますか、二元の相対的な関係性を持たざるものは、この三次元物質宇
宙には顕現できないのです。
別の言い方をすれば、この物質の天界においては「万物は二元の相対的な関
係性の海に湧き出る」のです。
万物を投影する三次元物質宇宙のスクリーンは、二元の相対的な関係性とい
う「コントラスト」しか炙(あぶ)り出すことが出来ないのです。
私たちの五感は、「自身の投影」である「二元の相対的な関係性(コントラ
スト)」だけを感知しているのです。
さて・・・・
人々は、そうした関係性の海にあっては、「どちらかに所属したい」と思っ
ています。
例えば「善人」であったり、「お金持ち」であったり、「色男」、「優等
生」、「真面目な市民」、「強いお父さん」、「優しいお母さん」、「出世
頭」、「スポーツマン」、「ハゲてない男」、「デブでない女」、「八頭
身」、「非喫煙者」、「健康体」・・・・
二元の相対的な関係性を成り立たせている「一方の側」に、自己を置こうと
します。
あるいは、他人を、家族を、贔屓(ひいき)のスターを、ライバル
を・・・・
二元の相対的な関係性を成り立たせている一方の側に置きたがります。
またはフリをする。
世に言う「ラベル貼り」です。
私たちをこうした「ラベル貼り」に向かわせているものの正体が「宗教」ま
たは「観念」です。
「ラベル貼り」という恣意性(しいせい)に基づく行為は全て、娑婆が押し
付けてくる宗教・観念を基盤としています。
と言いますか、「ラベル貼り」が宗教・観念を構築しているのです。
「二元の関係性のどちらかに所属したい」という思いのグラウンドが宗教・
観念です。
人間の観念が創り出した宗教の神・・・・
それは、責め、裁き、人を委縮させ、罪悪感を持たせ、被害者に成り済ま
せ、葛藤を産み出すチンケな幻想の神です。
その神が、底なしの「ラベル貼りゲーム」を産み出します。
人々はこの「ラベル貼りゲーム」をモノゴコロが付いた頃から死ぬまでやり
続けます。
そう、これは猿のオナニーです。
人間は四六時中、一生の間「ラベル貼り」というオナニーをし続けます。
―――――――――――――――――――
では、二元の相対的な関係性に拘泥(こうでい)するこのゲームにゴールは
有るのでしょうか?
大金持ちになった、異性の友人がたくさん出来た、結婚できた、人々から尊
敬された、有名人になった・・・・
目出たくも、こうしたラベルを獲得したら、「ラベル貼りゲーム」はハッ
ピーエンドなのでしょうか?
「ラベル貼りゲーム」に勝利した彼(彼女)は、幸せなのでしょうか?
獲得したその幸せに優(まさ)る幸福感は他には有り得ないのでしょうか?
それは永遠に続く幸せでしょうか?
「ラベル貼りゲーム」で勝ち取った幸せは、「永遠に続くラベル貼りゲー
ム」にあっては、ひとときのものでしかありません。
エッ? 永遠に続く?
ちょっと待ってよ!
「ラベル貼りゲーム」は永遠に続くのですか?
そうです。
「ラベル貼りゲーム」は永遠に続きます。
何故なら、人々が、そして人々に盲従することしか出来ないあなたが、そう
しているゲームなのですから。
―――――――――――――――――――
さて・・・・
であるならば「ラベル貼り」という、「二元の相対的な関係性のどちら側に
自分を位置づけるか」というゲームの解法(アガリ)は、
『「ラベル貼りゲーム」から抜けることである』
ということは極(ごく)自然に導かれます。
―――――――――――――――――――
人間の作り出した怪物である観念に依らない、本来の「二元の相対的な関係
性」そのものこそが存在の表象です。
本来、私たちは、存在の表象である「純粋な二元の相対的な関係性」を愛
(め)で、楽しみ、祝福し、賛美するためにこの三次元物質宇宙に舞い降り
たのです。
そこには「感謝」があるばかりです。
「純粋な二元の関係性」をただ愛でるとき、
「金持ち」と「貧乏人」、「優等生」と「劣等生」、「善」と「悪」、「幸
運」と「不運」、「損」と「得」、「賢者」と「愚者」・・・・・
こうした「観念・宗教としての」二元の相対的な関係性が超克(ちょうこ
く)・統合され、あらゆる葛藤が放下(ほうげ)されます。
そして遂(つい)に幻想の写し絵が消え、
自身の本来の存在性そのまんまが、我々の眼前に自己の投影として顕(あら
わ)れ出て来るので御座います。
自身の本来の存在性――何の衒(てら)い(気取り、もったい振り)もない
開けっ広げの無垢な歓び――「神性」(随神(かんながら))です。
たぶん・・・・
―――――――――――――――――――
あの素晴らしい愛をもう一度 (北山修 作詞、昭和46年)
http://www.youtube.com/watch?v=V7SKP7yZnFI&feature=related
命かけてと 誓った日から
素敵な思い出 残して来たのに
あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴しい 愛をもう一度
あの素晴しい 愛をもう一度
赤とんぼの歌を 歌った空は
何にも変わって いないけれど
あの時 ずっと夕焼けを
追いかけて行った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴しい 愛をもう一度
あの素晴しい 愛をもう一度
広い荒野に ポツンと居るよで
涙が知らずに 溢れてくるのさ
あの時 風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴しい 愛をもう一度
あの素晴しい 愛をもう一度
―――――――――――――――――――
「素晴しい愛」を「素晴しい愛」として感得するために、
この惑星に於いて、宗教・観念という幻想を創造し、
審判、呵責(かしゃく)、被害者意識といった葛藤の海に遊び呆けた旅で御
座いました。
その楽しい旅もそろそろ終わりに差し掛かっている様で御座います。
「素晴しい愛」を「素晴しい愛」として感得できるまでに、私たちはもう既
に、対極の関係性を極めたのでは御座いませんか?
御一緒にふるさとへ還りませんこと?
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ドン・ガバチョさん、ご投稿、ありがとうございました。
m(_ _)m
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【食べ物でクリーニング】
今回も仲間内からの情報を受け売りさせていただきます。m(_ _)m
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以下『豊かに成功するホ・オポノポノ』から転載します。
日本人がクリーニングをしていけば、食べ物でクリーニングが
自然に行われるようなものを発明して、そのような産業が始まります。
事実、そういうことに興味を持ち始めている起業家たちが今、
現れ始めています。
食べ物に関する新しい産業が始まると、その食べ物を運ぶための
新しい流通ネットワークが必要となります。
さらには、その流通ネットワークを支える独自のコンピューター
システムが開発され、次はその食べ物を海外に輸出するとなれば
輸出に関する新しい産業がまた生まれることになります。
糖尿病の人がいるとしたら「ああ、糖尿病なのですか。
わかりました。その情報を消去する食べ物はこれです」と言って、
ただ伝えるだけでいいようになるのです。
まったく新しいビジネスモデルです。
ゼロの状態のビジネスです。
この役割は、わたしは日本人しかできないと思っています。
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新型インフルエンザがフェーズ6に引き上げられましたね。
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■ 4.編集後記:もうしばらく延命できるのかもしれません。
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……もうそろそろ……終わるのかな……と思っていたのですが。
もうしばらく延命できるのかもしれません。
それなら……もうしばらく“汚れ”を識別していきたいと思います。
別にどなたに迷惑をかけるわけでもないので。
<(_ _)>
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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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