home > 通信 > 『アセンション館通信』第350号:人はつねに至福なのだ



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆ 『アセンション館通信』vol.349 2010/12/12(第349号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆              https://www.ascensionkan.com/
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このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))

マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ
という言葉を信じた、仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;

内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってますね。現在 930名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.人はつねに至福なのだ

2.写経ニサルガダッタ:【74 真理は今ここにある】の4回目

3.禊ぎ通貨の話(その7):ベーシックインカムと「禊ぎ通貨」

4.編集後記:誰が……幸福を求めて……いるんでしょうね。
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■ 1.人はつねに至福なのだ
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今日も素晴らしい天気……。

雲ひとつない冬空の中心から……日の光が降り注いでいます。

現れのなかに……何ひとつ獲得できるものはない……。

すべては……現れては消えてゆく……つかのまの風景……。

現れのなかに……何ひとつ失うわけでもない……。

すべては……ただこのように……現れているだけ……。

いったい……何を求めることが……できるというのだろう……。

すべて……現れは……あるがまま……。

「私は在る」……。

(*^_^*)

というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

ところで……こんな言葉がありました。

----------------------------------------------------------------------
 存在の静かな状態が至福なのだ。
 乱された状態が世界として現れる。
 非二元性のなかには至福がある。
 二元性のなかには体験がある。
 来ては去っていくのは苦痛と快楽の二元性の体験だ。
 至福とは知られるものではない。
 人はつねに至福なのだ。
 しかし、けっして至福に満ちているのではない。
 至福とはひとつの属性ではないのだ。
                        『私は在る』(p124-125)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

これ……何となく……理解できるような気がするのが……不思議です。

もちろん……マインドの理解にすぎませんが……。

> 存在の静かな状態が至福なのだ。

見ている者……見られているものの……区別がなく……ただ……赤ん坊の目が
開いていて……見ている……。

存在の……静かな状態です。

この状態を……至福……というらしい。

> 乱された状態が世界として現れる。

お腹が減って……違和が起こり……おっぱいを求めて……泣き叫ぶ……。

存在の……乱された状態が起こり……少しずつ……世界が現れはじめる……。

> 非二元性のなかには至福がある。

見る者と……見られるものの……区別がないとき……至福がある……。

> 二元性のなかには体験がある。

存在の静かな状態のなかに……違和が起こって……見ている者が……見られて
いるものから分離すると……体験が起こる。

> 来ては去っていくのは苦痛と快楽の二元性の体験だ。

おっぱいを求めて……泣き叫び……おっぱいを与えられて……満足する……。

変転きわまりない……現れ(二元性)の世界での……体験……。

体験は……苦痛と快楽の……ビリヤード……。

> 至福とは知られるものではない。

見る者と……見られるものが……分離していないとき……その状態を表す言葉
が……至福……。

至福を……見ることは……できない……。

至福を……体験することは……できない……。

至福を……知ることは……できない……。

> 人はつねに至福なのだ。

至福は……在る……。

在るのはつねに……至福だけ……。

> しかし、けっして至福に満ちているのではない。

知ることがすべて……剥げ落ちたとき……残っているのが……至福……。

知る者が……至福に満ちる……ことはできない……。

> 至福とはひとつの属性ではないのだ。

知る者が……至福という……衣装をまとうことは……できない。

現れが提供できる……あらゆる衣装に……心底うんざりした者が……ただ……
結果的に……あらゆる衣装を拒絶したとき……そこに残るのが……至福。

夢のなかでは……何ひとつ獲得できず……何ひとつ失うわけでもない……。

いったい……何を求めることが……できるだろう……。

----------------------------------------------------------------------
 分離は見かけだけだ。
 夢が夢見る人から離れてはいないように、知ることも在ることから離れては
 いない。
 夢は夢見る人であり、知識は知る人なのだ。
 区別は単に言葉の上にあるだけだ。
                          『私は在る』(p124)
----------------------------------------------------------------------

(-||-)

> 夢は夢見る人であり、知識は知る人なのだ。

この夢を見ている者……それがわたしだ……。

このある種の理解をしている者……それがわたしだ……。

わたしが……その他のどこかに……いるわけではない……。

わたしを探している者……それがわたしだ……。

このわたしが……そのわたしだ……。

そのわたしが……このわたしだ……。

> しかし、すべての存在は苦痛に満ちているというのは本当でしょうか?

----------------------------------------------------------------------
 この世界的な快楽の探求の原因が、何かほかにあるだろうか?
 幸せな人が幸せを探すだろうか?
 なんと人びとは落ち着かないのだろう!
 なんとつねに動きまわっているのだろうか!
 彼らは苦痛のなかにいるから快楽のなかに解放を探しているのだ。
 彼らが想像できうる幸福のすべてとは、繰り返される快楽の保証なのだ。
 
                        『私は在る』(p163-164)
----------------------------------------------------------------------

それは……確かだ……。(=_=)

だから……、

----------------------------------------------------------------------
 あなたは苦痛で苦しんでいるために、ここに来たのだ。
 そして、私が言えることは、「目覚めなさい。あなた自身を知りなさい。あ
 なた自身で在りなさい」ということだけだ。
 苦痛の終焉(しゅうえん)は、快楽のなかにはない。
 あなたが自分を苦痛も快楽も超えたものだと、超然として屈することなく気
 づくとき、幸福を追求することはやみ、結果として悲しみも消え去る。
 なぜなら、苦痛は快楽の後を追い、快楽は容赦なく苦痛に終わるからだ。
 
                          『私は在る』(p164)
----------------------------------------------------------------------

> 幸福を追求することはやみ、結果として悲しみも消え去る。

わかります……。(;_;)

----------------------------------------------------------------------
 あなた自身を過程として、過去と未来、そして物語をもつ者として想像する
 ことは奴隷状態の本質なのだ。
 実際には、私たちに物語はない。
 私たちは過程ではなく、発展もせず、崩壊もしない。
 すべてを夢と見て、動じずにいなさい。
                          『私は在る』(p207)
----------------------------------------------------------------------

(-||-)

……ありがとうございました。

……。

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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■ 2.写経ニサルガダッタ:【74 真理は今ここにある】の4回目
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何度も何度も……あなたで在るものは……ただ在ることが……できるだけだ…
…と聞かされる必要があるようです。

どんなに焦ったところで……自分以外のどんなものも……獲得することはでき
ず……自分を失うことも……ありえないのだ、と。

では、【74 真理は今ここにある】の4回目です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
 願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。

----------------------------------------------------------------------
 質問者 私は騙されることを恐れているのではありません。私が私自身を騙
     すことを恐れているのです。
 
 マハラジ
 だが、あなたは本当の動機に無知であることによって自分を騙しているのだ。
 あなたは真理を求めている。
 だが、実際には永遠に続く安楽を探しているだけなのだ。
 いかなるものも、どんなマインドの状態も永遠に続きはしない。
 時間と空間のなかではつねに限界がある。
 なぜなら時間と空間自体が限定されているからだ。
 そして時間を超えたもののなかでは「永遠に」という言葉は意味をもたない。
 「真理の証拠」についてもまた同様なのだ。
 非二元性の領域ではすべてが完全で、それ自体の証拠であり、意味と目的な
 のだ。
 すべてがひとつであるところでは、どのような支えも必要とされない。
 あなたは永久性が真理の証拠だと想像している。
 より長く継続するものが、より真理に近いのだと。
 時間が真理のはかりとなってしまった。
 そして時間がマインドのなかにあるため、マインドが判定者となり、真理の
 証拠をマインドそのもののなかに探求するのだ――まったく不可能で絶望的
 な仕事だ。
 
 質問者 あなたが「何も真理ではない。すべてが相対的なのだ」と言われる
     のなら、私も同意したでしょう。しかし、あなたは真理、実在、完
     全な知識はあると主張しています。それゆえ、「それは何なのでし
     ょうか、どうやって知ることができるのでしょうか?」と尋ねてい
     るのです。それでは、何が私に「そうです。マハラジの言うとおり
     です」と言わせるのでしょうか?
 
 マハラジ
 あなたは証明、証拠、権威の必要性にしがみついている。
 まだ真理が示され、「見なさい、ここに真理がある」と言われる必要がある
 と想像しているのだ。
 そうではない。
 真理は努力の結果、旅路の果てにあるのではない。
 それは今ここに、その熱望と探求そのもののなかにあるのだ。
 それはマインドや身体よりも近い。
 「私は在る」という感覚よりも近いのだ。
 あなたがそれを見ないのは、あなた自身からずっと遠くを、存在の核心の外
 を見ているからだ。
 あなたは真理を対象化し、あなたの証明と審査の基準に合うべきだと言い張
 っている。
 だが、それはものごとや思考にしか当てはまらないのだ。
 
 質問者 あなたの言われることから察するに、真理は手の届かないところに
     あり、私にはそれについて語る資格がないということです。
 
 マハラジ
 あなたには資格があるばかりではなく、あなたが真理そのものなのだ。
 ただあなたは偽物を真理だと勘違いしているだけだ。
 
 質問者 あなたは、「真理の証拠について尋ねてはならない。真理でないも
     のだけに関わりなさい」と言われているようです。
 
 マハラジ
 真理の発見は、偽りを識別することのなかにあるのだ。
 あなたは存在しないものを知ることができる。
 在るものは――あなたはただ在ることができるだけなのだ。
 既知にとって、知識は相対的なものだ。
 ある意味では、知識は無知の片割れなのだ。
 無知のないところに知識の必要があるだろうか?
 それ自体では、無知も知識も存在していない。
 それらは単なるマインドの状態であり、また本質的に不変である意識の運動
 の現れなのだ。
 
 質問者 真理はマインドの領域内にあるのでしょうか、それともそれを超え
     ているのでしょうか?
 
 マハラジ
 そのどちらでもない。
 それは両方だ。
 それを言葉で表すことはできない。
 
 質問者 表現不可能(アニエルヴァーチャーニヤ)……これがつねに私の聞
     いてきたことです。それが私を賢くすることはありません。
 
 マハラジ
 それがしばしば無知を覆(おお)い隠すことは本当だ。
 マインドはそれ自体がつくり出した言語で働くことができる。
 ただ、それ自体を超えていくことはできないのだ。
 感覚的でも精神的でもなく、しかも、それなしには感覚的なものも精神的な
 ものもありえないものが、感覚的なものや精神的なものに含まれることはあ
 りえないのだ。
 マインドには限界があることを理解しなさい。
 マインドを超えていくには、沈黙とひとつにならなければならないのだ。
 
                        『私は在る』(p387-388)
                       http://tinyurl.com/s747u
----------------------------------------------------------------------

(-||-)

> 質問者 私は騙されることを恐れているのではありません。私が私自身を騙
>     すことを恐れているのです。

なかなか高級なことを言うなぁ。

> マハラジ
> だが、あなたは本当の動機に無知であることによって自分を騙しているのだ。

どういう意味ですか? (?_?)0

> あなたは真理を求めている。

はい。

> だが、実際には永遠に続く安楽を探しているだけなのだ。

あーあ……そういう意味ですね。

> いかなるものも、どんなマインドの状態も永遠に続きはしない。
> 時間と空間のなかではつねに限界がある。

はい。

> なぜなら時間と空間自体が限定されているからだ。

そうなんですか……。

というか……物語に閉じ込められる……恐怖は……よくわかります。

> そして時間を超えたもののなかでは「永遠に」という言葉は意味をもたない。

はい……論理的には……理解できます。

> 「真理の証拠」についてもまた同様なのだ。

(?_?)O

> 非二元性の領域ではすべてが完全で、それ自体の証拠であり、意味と目的な
> のだ。

そうなのか……。(-||-)

> すべてがひとつであるところでは、どのような支えも必要とされない。

はい……わかるような気がします。

> あなたは永久性が真理の証拠だと想像している。
> より長く継続するものが、より真理に近いのだと。
> 時間が真理のはかりとなってしまった。

はい。

> そして時間がマインドのなかにあるため、マインドが判定者となり、真理の
> 証拠をマインドそのもののなかに探求するのだ――まったく不可能で絶望的
> な仕事だ。

わかります。

> 質問者 あなたが「何も真理ではない。すべてが相対的なのだ」と言われる
>     のなら、私も同意したでしょう。しかし、あなたは真理、実在、完
>     全な知識はあると主張しています。それゆえ、「それは何なのでし
>     ょうか、どうやって知ることができるのでしょうか?」と尋ねてい
>     るのです。それでは、何が私に「そうです。マハラジの言うとおり
>     です」と言わせるのでしょうか?

この方のはまっている……理屈の罠も……わかるような気がするけど。

> マハラジ
> あなたは証明、証拠、権威の必要性にしがみついている。
> まだ真理が示され、「見なさい、ここに真理がある」と言われる必要がある
> と想像しているのだ。

たしかに。

> そうではない。
> 真理は努力の結果、旅路の果てにあるのではない。

あーあ……。(-||-)

> それは今ここに、その熱望と探求そのもののなかにあるのだ。

おおー。(@_@)

求めている者こそ……求められている者……。

> それはマインドや身体よりも近い。
> 「私は在る」という感覚よりも近いのだ。

……。(-||-)

> あなたがそれを見ないのは、あなた自身からずっと遠くを、存在の核心の外
> を見ているからだ。

はい。

> あなたは真理を対象化し、あなたの証明と審査の基準に合うべきだと言い張
> っている。

たしかに。

> だが、それはものごとや思考にしか当てはまらないのだ。

はい。

> 質問者 あなたの言われることから察するに、真理は手の届かないところに
>     あり、私にはそれについて語る資格がないということです。

うう……。

> マハラジ
> あなたには資格があるばかりではなく、あなたが真理そのものなのだ。

ああ……。

真理が……真理を……探している……。

だから……神の隠れん坊……というのか……。

> ただあなたは偽物を真理だと勘違いしているだけだ。

はい。

> 質問者 あなたは、「真理の証拠について尋ねてはならない。真理でないも
>     のだけに関わりなさい」と言われているようです。

まさしく。

> マハラジ
> 真理の発見は、偽りを識別することのなかにあるのだ。

はい。

> あなたは存在しないものを知ることができる。

わたしは……現れを……知ることができる。

> 在るものは――あなたはただ在ることができるだけなのだ。

わたし自身は……ただ在ることができるだけ……。

わたしを……知ることはできない……。

「私は在る」……。

> 既知にとって、知識は相対的なものだ。

ここ……ちょっと文意不明瞭だったので……英文原典を調べてみたら、

Knowledge is relative to the known.

とありました。

知識は、既知に対して相対的なものだ。

あるいは、

知識というのは、既知との相対関係のなかにあるものだ。

というような意味みたいですね。

知識が……無知を根拠にした既知との……相対関係にある以上……、

> ある意味では、知識は無知の片割れなのだ。

というわけです……。

すべては……創造された物語と……その孫引き……。

おしなべて……TSUTAYAの棚に……並んでいるような……。

> 無知のないところに知識の必要があるだろうか?

「無知のないところに知識の必要があるだろうか?」

> それ自体では、無知も知識も存在していない。

「無知」や「知識」という……固有の実体が……存在しているわけではない。

> それらは単なるマインドの状態であり、また本質的に不変である意識の運動
> の現れなのだ。

ん。(@_@)?

ここも英文を確認しておきましょうか。

They are only state of mind, which again is but an appearance of 
movement in conciousness which is in its essence immutable.

> それらは単なるマインドの状態であり……、

They are only state of mind,

無知も知識も単なるマインドの状態であり、

わかります。

> また本質的に不変である意識の運動の現れなのだ。

which again is but an appearance of movement in conciousness 

マインドもまた意識の運動の現れにすぎず

which is in its essence immutable.

意識はその本質においては不変のものだ。

なるほど。

個々の文章の意味は明確なんですけどね。

ちょっと詰め込みすぎですよね。(*^_^*)

翻訳者の福間さんだって、こんなに長く引っ張られたら困りますよね。

まあ……マハラジが話すときに……日本語の述語の置き方を意識しているわけ
ではないから……文句も言えないですけどね。(^_-)

無知も知識も、本質において不変である意識の運動の、その現れであるマイン
ドの単なる状態にすぎない。

まあ……わかりました。(^^;)

> 質問者 真理はマインドの領域内にあるのでしょうか、それともそれを超え
>     ているのでしょうか?

ちゃんと、詰めて質問しておくところがありがたいですね。

> マハラジ
> そのどちらでもない。

(?_?)

> それは両方だ。

おう。

> それを言葉で表すことはできない。

わかりました。(^_^)v

> 質問者 表現不可能(アニエルヴァーチャーニヤ)……これがつねに私の聞
>     いてきたことです。それが私を賢くすることはありません。

突っ込むなぁ……このひと……。(^_-)

> マハラジ
> それがしばしば無知を覆(おお)い隠すことは本当だ。

たしかに。

> マインドはそれ自体がつくり出した言語で働くことができる。
> ただ、それ自体を超えていくことはできないのだ。

理解できます。

> 感覚的でも精神的でもなく、しかも、それなしには感覚的なものも精神的な
> ものもありえないものが、感覚的なものや精神的なものに含まれることはあ
> りえないのだ。

おお……。

大空の形を……雲が表現することは……できないのだ……。

> マインドには限界があることを理解しなさい。

わかりました。

> マインドを超えていくには、沈黙とひとつにならなければならないのだ。

たしかに。(-||-)

……。

ありがとうございました……。

(-_-)

……。

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


        …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。ボディブローが効くかも。
https://www.ascensionkan.com/ndic/

おこがましくも、『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/


        …………○…………○…………○…………



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■ 3.禊ぎ通貨の話(その7):ベーシックインカムと「禊ぎ通貨」
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縁あって知った、

             「禊(みそ)ぎ通貨」

という多呂ご兄弟のアイディア(特許申請済み)をご紹介しています。

と言ってもこれは……企業秘密に当たるような……情報ではありませんが。

前回、「禊ぎ通貨」の発行には財源が要らないという話をしました。

財源が不要ですから、理屈からすればいくらでも発行できるとも言えます。

しかし必要以上に発行する必要もないわけで、要は、国民すべてに各人が安心
して生活できるだけの現金を渡せばいい、というだけのことです。

その意味では、「禊ぎ通貨」は最近よく耳にする「ベーシックインカム」実現
のための、まさにすぐにも実施可能な具体的施策です。

----------------------------------------------------------------------
 ベーシックインカム(basic income)は最低限所得保障の一種で、政府がすべ
 ての国民に対して毎月最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を
 無条件で支給するという構想。基礎所得保障、基本所得保障とも、また国民
 配当ともいう。
            http://ja.wikipedia.org/wiki/ベーシックインカム
----------------------------------------------------------------------

もし運命がそうなっているのなら、遠からず「禊ぎ通貨」というシステムと、
「ベーシックインカム」構想はドッキングするでしょう。

そして、この「ベーシックインカム」構想を「禊ぎ通貨」というラディカルな
システムが裏付けするなら、否応なく新しい時代に突入することでしょう。

つまり、崩壊する「資本主義」に“ソフトランディング・スキーム”を提供す
ることになるだろう、ということです。

もしも、映画のシナリオがそうなっているならば、ですが。

なぜなら、単に「ベーシックインカム」構想だけでは、「資本主義」を安楽死
させることはできないからです。

財源を必要とする「ベーシックインカム」構想は、余剰な“保蔵通貨”をどこ
までも蓄積して、マネー経済の肥大化に貢献せざるをえないでしょう。

そうすれば、いつかはサイクルの後始末のための恐慌が起こらなければならな
いのかもしれません。

いわゆるハイパーインフレが来なければならないのかも……。

まあ、今となっては“マネー経済”の胴元たちが、ちゃんと従来の地位を保持
しているのかどうか不明ですが。

そして、彼らが“仕切直し”のために、また戦争を呼び出す権力を保持してい
るのかどうかも……。

それはともかく、どこかでシルビオ・ゲゼルの英知が、日の目を浴びる場面が
残されているかもしれませんし。

そして、もし出番があるなら、「禊ぎ通貨」は地球市民の感情体に力強い安心
波動を発信することになるでしょう。

何の財源も要せず、国民すべてに基本的生活資金を供給できる仕組みがあり、
しかも実際にそれが機能することを、証明して見せるでしょうから。

「禊ぎ通貨」は、巡れば巡るほど、周辺の“経済身体”を癒し、正常化してい
きます。

「惑星地球」という“生態系”と、個々の生命体という“生き物”の中間に、
経済身体という“理念構造体”がはさまっていたことがわかるでしょう。

そしてその「経済身体」の歪みが、地球上の“生き物”を苦しめ、“生態系”
そのものを疲弊させていたことが自明になるはずです。

いったんそのごく一部にでも正常な血液が流れはじめれば、「経済身体」は、
たちまち正常化しはじめるでしょう。

そうなれば、“生き物”たちの世界である瀕死の“生態系”は息を吹き返し、
また別種の夢を紡ぐための楽園となるかもしれません。

一年間にわたって商品売買を仲介した「FBS通貨」は、“償還期限”を迎え
たその時点で、すでに“償却”を終えています。

1万円の「Form通貨」は、52回にわたって200円ずつ償却されており、すで
に1万円(正確には10,400円)のいわば“返済”がなさているのです。

しかし、それにもかかわらず、その「Form通貨」は生きています。

なぜなら、“償還通貨”は「Booth」において新札(「Form通貨」)と交換さ
れるからです。

しかし、「Booth」に償還された“償還貨幣”の裏面に添付された合計1万円
の「Stamp通貨」は、ちゃんとした“キャッシュ”です。

つまり、「禊ぎ通貨」は、巡れば巡るほど「FBS通貨圏」に“共益金”を
蓄積していくということです。

この“共益金”は「Booth」の管理下にあり、「FBS通貨圏」の市民代表の
決定による以外には、誰も手を着けることはできません。

地上の“マネー経済”での資金運用など許されるはずもありません。

素晴らしいと思いませんか?

「Booth」に持ち込まれた“償還通貨”が、もし新札「Form通貨」と交換され
るなら、その「Form通貨」はまた新たな“共益金”収集の旅に出発します。

“償還通貨”が、もし「円」と交換されるなら、その「円」は所有者の裁量で
実体経済の貿易や、マネー経済での運用、または預金に回されるわけです。

「円」と「Form通貨」の累積発行高がつねに1:1になるように、「Booth」
には分刻みで変動する両通貨の交換レートが、表示されています。

どうですか、イメージが少し具体的になってきましたか? (^^;)

もし何か疑問に感じた方は、ツッコミを入れていただけば考えます。(^^)/

▼『アセンション館通信』へのご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702

今回はここまでにして、あとはこの次に回しましょう。

次回をお楽しみに……。(^^)/


        …………○…………○…………○…………


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        …………○…………○…………○…………


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■ 4.編集後記:誰が……幸福を求めて……いるんでしょうね。
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自分が幸福か不幸かを……判別しようとする……根深い癖があります。

マハラジに教わって……、

> すべての定義づけは、身体とその表現にしか当てはまらない。(p27)

ということは……間違いなく事実だと……納得しました。

しかし……そうなったら……けっきょく、

> 必要なのは、自己を定義しようとする傾向を捨て去ることだけ

なんですね。

たしかに……一瞬一瞬の……快不快は……あります。

身体がある以上……避けがたいことです。

でも……一瞬一瞬の……快不快は……身体とマインドの……問題です。

わたしの……問題ではない……。

わたしには……どんな定義も……あてはまらない……。

「私は在る」……だけだけですから……。

幸福を……求めるという……。

でも……誰が……幸福を求めて……いるんでしょうね。

そして……その方は……幸福を求めることで……幸福になれるんでしょうか。

では……おやすみなさい。

<(_ _)>


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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