home > 通信 > 『アセンション館通信』第392号:心と真我の違いは何か?



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2011/10/9(第392号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
-☆☆---------☆☆------------------------------------------
 ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/
━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に
自己同化した観照者が覗き見た風景の報告です。(*^_^*)

マインドを超えるにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の
準備という言葉を信じた、現象世界に興味を失うための努力です。

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。現在 886名
------------------------------------------------------------
◇◇ もくじ ◇◇

1.心と真我の違いは何か?

2.写経ニサルガダッタ:【19 実在は客観性の内に在る】2回目

3.編集後記:こんな明快な……説明も……在りえた
------------------------------------------------------------

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 1.心と真我の違いは何か?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ポジティブシンキング(positive thinking)ならぬネガティブシン
キング(negative thinking)とでも……いうのでしょうかねぇ。

どうも……ろくなことを考えない。

嬉しくなるようなことを……あまり考えられない……。

だから……考えると……不幸になっちゃうんです。(*^_^*)

まあ……俗に言う……“根暗(ねくら)”ですよね。

あんまりいいこと……ないみたいですけど……。

でも……何ごとも極まると……反転してくるのかもしれません。

なにしろ……考えると不幸になるんですから……行き着く先は……
ある意味……決まっているのかもしれません。

これほど強度の思考中毒人間が……少しずつ……考えることを……
避けるようになりつつ……あるような……。

ところで……マハラジが……こんなことを言ってるんです。

------------------------------------------------------------
 生命への執着は不幸への執着だ。
 私たちは私たちに苦痛を与えるものに執着するのだ。
 私たちの本性とはそんなものなのだ。
                     『私は在る』(p436)
                  http://tinyurl.com/s747u
------------------------------------------------------------

これ↑……ホントなんですかね。(@_@)

これじゃ……まるで……考えるということは……不幸志願……みた
いなものじゃないですか……。

ったくねぇ……。(-_-;)

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

まあ……考えるということを……簡単にやめることはできません。

そんなに簡単にやめられたら……苦労はしない。(^_-)

もちろん……囚われのなかの……それなりの対応も……しなくちゃ
ならないわけですし。

------------------------------------------------------------
 する必要があることはしなさい。
 抵抗してはならない。
 あなたのマインドのバランスは、的確に正しいことをすることを
 基本に、瞬間から瞬間へと活動的でなければならない。
 
                     『私は在る』(p260)
------------------------------------------------------------

> する必要があることはしなさい。

やらなきゃならないことは……やらなきゃならないわけです。

> 抵抗してはならない。

こうして……念まで押してくださって……。

やらなきゃならないことは……やらなきゃならない。

その意味では……映画の登場人物なのだから……シナリオの枠から
……勝手にはみ出すこともできないわけです。

しかし……いつまでも外界の印象に……反応しつづけることを……
覚者が勧める……はずもありません。

同時に……、

> マインドを占有するすべてのものから注意を背けなさい。

とも……言うわけです。

------------------------------------------------------------
 完成しなければならない仕事は何であれ完成させなさい。
 だが、新たな義務は避けなさい。
 空っぽでいることを保ち、つねに用意のできた、開いた状態であ
 りなさい。
 招かずにやってきたものを拒んではならない。
 最後には、あなたは無欲、歓喜の無執着、内なる平安、そして描
 写不可能な解放の状態に達する。
 しかも、それはすばらしく実在なのだ。
                     『私は在る』(p393)
------------------------------------------------------------

> 完成しなければならない仕事は何であれ完成させなさい。

と……じつに綿密で親切な……方針を示しながら……同時に、

> だが、新たな義務は避けなさい。

という……ガイドラインを……示してくれる。

なぜなら……そういう外界の状況は……じつは……あなた自身とは
何の関係もないのだから……と。

------------------------------------------------------------
 あなたがマインドをもって知ることは何であれマインドのもので
 あって、あなたではない。
 あなた自身についてあなたに言えることは「私は在る。私は気づ
 いている。私はそれを愛する」だ。
                     『私は在る』(p536)
------------------------------------------------------------

> あなたがマインドをもって知ることは何であれマインドのもので
> あって、あなたではない。

なんと!? (@_@)

“わたしがマインドをもって知ることは……何であれマインドのも
 のであって、わたしではない”……。

ふーむ。(-_-;)

わたしが考える内容は……わたしとは……まったく別物……。

たまたま……フォーカスしてみた……観念にすぎない……。

“ネガティブシンキング”……と言っても……それは単に……外界
の印象への……マインドの歪んだ思考対応……なのだし……。

わたしが……自分を……嫌っているわけではない。

> あなた自身についてあなたに言えることは「私は在る。私は気づ
> いている。私はそれを愛する」だ。

そうか……。(-_-)

(-||-)

もしもわたしが……自分の自然な状態に……戻ったら……。

> もしあなたが不変なるものを求めるならば、体験を超えていきな
> さい。

やっぱり……。

------------------------------------------------------------
 私が「私は在る」をつねに覚えていなさいと言うとき、それは
 「繰り返しそれに戻ってきなさい」という意味なのだ。
 いかなる特定の思考もマインドの自然な状態ではない。
 ただ、沈黙だけが自然な状態だ。
 沈黙という概念ではなく、沈黙そのものだ。
 マインドが自然な状態にあるとき、すべての体験の後に、自発的
 にそれは沈黙へと立ち返る。
 あるいはむしろ、沈黙の背景に対してすべての体験が起こるのだ。
 
                     『私は在る』(p260)
------------------------------------------------------------

> 私が「私は在る」をつねに覚えていなさいと言うとき、それは
> 「繰り返しそれに戻ってきなさい」という意味なのだ。

はい。

> いかなる特定の思考もマインドの自然な状態ではない。

え?! (@_@)

「いかなる特定の思考もマインドの自然な状態ではない」……。

そうなのか……。(-_-)

いつからか……マインドって……不必要で……無用な混乱を意味す
る言葉……みたいに思うようになってた。

つまり……マインドって……想念と同類の言葉かと思ってた。

マインドの正常状態……心の正常状態は……無心なんだ。

そうか……日本語の心と……英語の mind は……そんなに違う言葉
である……わけでもないしな。

乱れた心……もあれば……静かな心……もあるわけだ。

そして……コンテンツのない無心が……心の自然な状態なのか……。

なるほどなぁ。

> ただ、沈黙だけが自然な状態だ。

はい。

> 沈黙という概念ではなく、沈黙そのものだ。

(*-_-*)

> マインドが自然な状態にあるとき、すべての体験の後に、自発的
> にそれは沈黙へと立ち返る。

おお……。

そういうことなのか……。

> あるいはむしろ、沈黙の背景に対してすべての体験が起こるのだ。

なるほど……。

そう言っても……いいわけだ。

「沈黙の背景に対してすべての体験が起こる」……と。

沈黙の背景……。

沈黙といえば……マハルシは……真我は沈黙(マウナ)だ……とも
言っていたような……。

------------------------------------------------------------
 質問者 あなたはときおり、真我は沈黙であると語っています。
     なぜでしょう?
 
 マハルシ
 真我のなかで無心の美しさを生きる者にとって、考えるべきこと
 は何ひとつない。
 なぜなら、その至高の状態のなかでは、真我以外に達成されるよ
 うなものは何も存在しないからだ。
                    『あるがままに』(p23)
                 http://tinyurl.com/2aar6zj
------------------------------------------------------------

ふーむ……。

その至高の存在である……真我を背景にして……彩(いろどり)で
ある……汚れが……名前と形が……舞い踊っているわけか……。

今その……彩が……意識のコンテンツが……自分が自前で存在して
いると……誤解している……。

どうすれば……自分が自前では存在できないことを……理解できる
のだろう……? (-_-)

ああ……そうか……それが……「私とは何か?」か……。

あるいは……「私は在る」という感覚に……張りつくことなのか。

すると……舞い上がったマインドのホコリが……静まったとき……
沈黙である……真我が……顕れてくるわけか……。

(@_@)

マインドが……真我を知るということは……あるのだろうか?

------------------------------------------------------------
 あなたはマインドを超えている。
 だが、あなたはマインドで知るのだ。
 知識の範囲、深さ、性質は、あなたがどのような手段を使うかに
 依存するということは明らかだ。
 あなたの手段を改善しなさい。
 そうすれば、あなたの知識も改善されるだろう。
 
                     『私は在る』(p330)
------------------------------------------------------------

あ……なるほど。(@_@)

わたしは……マインドを超えているけれど……わたしは……マイン
ドで知るんだ……。

わたしは……意識を超えているけれど……意識で知る……。

では……マインドは……どのように……真我を知るのだろう?

------------------------------------------------------------
 質問者 人はどのようにして真我を知るのでしょうか?
 
 マハルシ
 真我を知ることは、真我として在ることである。
 
                   『あるがままに』(p123)
------------------------------------------------------------

おお……。

“真我を知ること”とは……“真我として在ること”……。

そうか……真我は現象ではないから……真我を……対象として知る
ことは……できないんだった。(*-_-*)

では……真我として在るとき……何か風景が変わるのかしら? (?_?)

------------------------------------------------------------
 質問者 真我を実現すると、人は何を見るのでしょうか?
 
 マハルシ
 そこに見るということはない。
 見るということは、ただ在るということだ。
 
                    『あるがままに』(p22)
------------------------------------------------------------

おお……。

ここでも……同じ回答だ……。

真我を……現象として……見ることはできない……。

真我を……現象として……知ることはできない……。

真我を知るとは……真我として在ること……。

------------------------------------------------------------
 それはつねにあなたであるもの、そして今までずっとあなたであ
 ったものとして、ただ在ることである。
 あなたに必要なのは、ただ偽りを真実と見なすのをやめることだ
 けだ。
                    『あるがままに』(p22)
------------------------------------------------------------

「必要なのは、ただ偽りを真実と見なすのをやめることだけ」……。

現れを……実在とは……見なさない……ということか。

つまり……現れには……フォーカスしない……。

------------------------------------------------------------
 われわれは皆、実在ではないものを実在だと見なしている。
 ただこの習慣を放棄するだけでいい。
 そうすれば、われわれは真我を真我として実現するだろう。
 言い換えれば、「真我として在りなさい」ということである。
 あまりにも明白な真我を発見しようと努力しているあなた自身を
 笑うときが、いつかやってくるだろう。
 だから、この質問に対していったい何が言えるというのだろう?
 
 その境地は見る者も見られるものも超越する。
 そこには何かを見ている見る者がいない。
 それらすべてを今見ている見る者が存在を消し、そしてただ真我
 だけが残るのである。 
                    『あるがままに』(p22)
------------------------------------------------------------

> 言い換えれば、「真我として在りなさい」ということである。

……。(-||-)

真我を実現しなさい……とは……「真我として在りなさい」という
ことなのか……。

> その境地は見る者も見られるものも超越する。

はい。

> そこには何かを見ている見る者がいない。

「そこには何かを見ている見る者がいない」……。(-_-)

> それらすべてを今見ている見る者が存在を消し、そしてただ真我
> だけが残るのである。 

おお……。(@_@)

そういうことなのか……。(-_-)

そのとき……マインドとしてのわたしは……消えるのかしら?

いったい……マインドと真我は……どういう関係になっているんだ
ろう?

------------------------------------------------------------
 質問者 心と真我の違いは何でしょうか?
 
 マハルシ
 何の違いもない。
 心が内側に向かえば真我であり、外側に向かえばそれは自我、そ
 して世界となる。
                    『あるがままに』(p30)
------------------------------------------------------------

ガーン!? (*_*) ⌒★?

> 心が内側に向かえば真我であり、外側に向かえばそれは自我、そ
> して世界となる。

なんと……。

わかりやすい……。

ここまで言われて……わからないとは……言えないような……。

マインドが……純粋になったとき……それが真我なのか……。

(-||-)

わかりました……。

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.写経ニサルガダッタ:
           【19 実在は客観性の内に在る】の2回目
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

この章は……すべてを読み終わったとき……タイトルの意味が……
判明します。

> すべては主観的だ。
> しかし、実在は客観的だ。

これって……とても変な……言い回しですものね。

だから……当然……質問者だって「どういう意味でしょうか?」と
……問うわけです。

すると……マハラジは、

> それは記憶や期待、欲望や恐れ、好き嫌いといった選択に依存し
> ない。
> すべてはあるがままとして見られるのだ。

と……答える……。

あるがままとして見られたとき……すべては実在なのでしょうね。

では【19 実在は客観性の内に在る】の2回目です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解さ
 れることを願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、それを読んでいただければいいです。

------------------------------------------------------------
 質問者 神を見るために世界を見なければならないのでしょうか?
 
 マハラジ
 それ以外どうするというのだろうか?
 世界がなければ神もない。
 
 質問者 何が残るのでしょう?
 
 マハラジ
 あなたが純粋な存在として残る。
 
 質問者 そして世界と神が何になるのですか?
 
 マハラジ
 純粋な存在(アヴィヤクタ)になる。
 
 質問者 それは偉大な広がり(パラマカーシュ)と同じなのでし
     ょうか?
 
 マハラジ
 そう呼んでもいい。
 言葉は問題ではない。
 言葉では表現不可能だからだ。
 完全な否定によってのみ表現できるのだ。
 
 質問者 どうすれば世界を神としてみることができるのでしょう
     か? それはどういう意味なのでしょうか?
 
 マハラジ
 それは暗室に入っていくようなものだ。
 あなたには何も見えない。
 あなたは触れるかも知れないが、色彩も輪郭も、何も見えない。
 そこで窓が開き、部屋は光で溢れ、満たされ、色彩と形態が現れ
 だす。
 光を与えたのは窓だ。
 だが窓が光の源なのではない。
 太陽が源なのだ。
 同じように、物質は暗室のようなものだ。
 意識が窓だ。
 感覚と知覚によって物質はあふれだす。
 そして物質と光の両方の源である至高なるものが太陽なのだ。
 窓は開いているかも、閉じているかもしれない。
 太陽はいつも輝いている。
 太陽は部屋に完全な変化をもたらしたが、太陽は変化しない。
 しかし、これらすべても小さな「私は在る」にとっては大きな意
 味を持たない。
 「私は在る」なしには何も存在できないからだ。
 すべての知識は「私は在る」に関わる。
 この「私は在る」についての誤った考えが束縛へと導き、正しい
 考えは自由と幸福をもたらすのだ。
 
 質問者 「私は在る」と「そこに在る」は同じでしょうか?
 
 マハラジ
 「私は在る」は内側を、「そこに在る」は外側を意味する。
 ともに存在(ビーング)の感覚に基づいている。
 
 質問者 それは実存(イグジスタンス)の体験と同じなのでしょ
     うか?
 
 マハラジ
 実存することとは、あるもの、ある感情、ある思い、ある概念と
 いった何かとして在ることを意味している。
 すべての実存は、ある特定のものだ。
 すべての存在はほかのあらゆる存在を互いに受け入れるという意
 味で、存在だけが普遍的なものと言える。
 実存は対立するが、存在に対立はありえない。
 実存とは何かになること、生まれ、死に、また生まれるという変
 化を意味する。
 一方、存在には平和と静寂があるのだ。
 
 質問者 もし私が世界をつくり出したなら、どうしてこのような
     間違ったものになってしまったのでしょうか?
 
 マハラジ
 誰もが皆、その人自身の世界に生きている。
 すべての世界が同じように良いわけでも悪いわけでもない。
 
 質問者 何が違いを決定するのでしょうか?
 
 マハラジ
 世界を投影するマインドが、それ自身のやり方で色づけするのだ。
 あなたがある人に出会うとき、彼は見知らぬ人だ。
 彼と結婚すれば、彼はあなた自身のものとなる。
 喧嘩をすれば、彼はあなたの敵になる。
 彼があなたにとって何であるかを決定するのは、あなたのマイン
 ドの姿勢によるのだ。
 
 質問者 私の世界が主観的なものだということは理解できます。
     それはつまり幻想でもあるということなのでしょうか?
 
 マハラジ
 主観的であるかぎり、それは幻想だ。
 実在は客観性の内にある。
 
 質問者 客観性とはどういう意味でしょうか? あなたは世界が
     主観的なものだと言いました。今、あなたは客観性につ
     いて語っています。すべては主観的ではないのでしょう
     か?
 
 マハラジ
 すべては主観的だ。
 しかし、実在は客観的だ。
 
 質問者 どういう意味でしょうか?
 
 マハラジ
 それは記憶や期待、欲望や恐れ、好き嫌いといった選択に依存し
 ない。
 すべてはあるがままとして見られるのだ。
 
 質問者 それはあなたが第四の状態(トゥリーヤ)と呼ぶものな
     のでしょうか?
 
 マハラジ
 あなたの好きなように呼ぶがいい。
 それは確固とし、一定で、変化せず、はじまりも終わりもない。
 つねに新しく、つねに新鮮だ。
 
 質問者 どうやってそれに到達するのでしょうか?
 
 マハラジ
 欲望もおそれもない状態があなたをそこへ連れていくだろう。
 
                    『私は在る』(p81-82)
                  http://tinyurl.com/s747u
------------------------------------------------------------

(-||-)

> 質問者 神を見るために世界を見なければならないのでしょうか?

この質問者の言葉は……前回の最後にある

「あなたは世界を見るとき、神を見ている。
 世界を離れて、神を見るということはない。
 世界を超えて神を見るということは、神となることだ。
 あなたは光によって世界を見る。」

というマハラジの言葉に対する質問です。

> マハラジ
> それ以外どうするというのだろうか?
> 世界がなければ神もない。

なるほど。

「世界がなければ神もない」……というわけなんですね。

> 質問者 何が残るのでしょう?

うん。

> マハラジ
> あなたが純粋な存在として残る。

ああ……そういうことか……。

> 質問者 そして世界と神が何になるのですか?

ん?

> マハラジ
> 純粋な存在(アヴィヤクタ)になる。

沈黙のなかに……飲みこまれる……ということかな……。

> 質問者 それは偉大な広がり(パラマカーシュ)と同じなのでし
>     ょうか?

ふーん。

> マハラジ
> そう呼んでもいい。
> 言葉は問題ではない。

ふふ。

> 言葉では表現不可能だからだ。

はい。

> 完全な否定によってのみ表現できるのだ。

「完全な否定によってのみ表現できる」……。

> 質問者 どうすれば世界を神としてみることができるのでしょう
>     か? それはどういう意味なのでしょうか?

あ……この質問者は……画家の方でしたね。

> マハラジ
> それは暗室に入っていくようなものだ。

(?_?)O

> あなたには何も見えない。
> あなたは触れるかも知れないが、色彩も輪郭も、何も見えない。

なるほど。

> そこで窓が開き、部屋は光で溢れ、満たされ、色彩と形態が現れ
> だす。

おお。

> 光を与えたのは窓だ。

はい。

> だが窓が光の源なのではない。

確かに。

> 太陽が源なのだ。

わかります。

> 同じように、物質は暗室のようなものだ。

ほー。

「物質は暗室のようなもの」……。

> 意識が窓だ。

あ、そういう意味ですね。

> 感覚と知覚によって物質はあふれだす。

ああ……そういう関係なのか……。

> そして物質と光の両方の源である至高なるものが太陽なのだ。

そういうことですか……。

> 窓は開いているかも、閉じているかもしれない。

はい。

意識は……あるかもしれないし……ないかもしれない。

意識があれば……物質はあふれだす。

なるほどなぁ。

> 太陽はいつも輝いている。

真我はつねに……存在している。

> 太陽は部屋に完全な変化をもたらしたが、太陽は変化しない。

真我は意識と物質の世界に……完全な変化をもたらしたが……真我
自体は変化しない。

> しかし、これらすべても小さな「私は在る」にとっては大きな意
> 味を持たない。

へー……。

“小さな「私は在る」”は……いずれにしろ“お山の大将”なんだ。

そう言えば……お釈迦さまも……「天上天下唯我独尊」と……おっ
しゃったそうな。

> 「私は在る」なしには何も存在できないからだ。

確かに。

> すべての知識は「私は在る」に関わる。

はい。

> この「私は在る」についての誤った考えが束縛へと導き、正しい
> 考えは自由と幸福をもたらすのだ。

うーむ。(-_-;)

“「私は在る」についての誤った考え”というのが……自分は身体
だ……という観念かしら。

そして……“「私は在る」についての正しい考え”というのが……
自分は真我だ……という観念かな。

> 質問者 「私は在る」と「そこに在る」は同じでしょうか?

いや……それはちょっと……。

あ、そうか……ここは……英語表現が……関係しているかも。

------------------------------------------------------------
 Q: Is 'I am' and 'there is' the same?
 M: 'I am' denotes the inner, 'there is' -- the outer.
    Both are based on the sense of being.
 
                     『I AM THAT』(p62)
                 http://tinyurl.com/24va8fq
------------------------------------------------------------

> Q: Is 'I am' and 'there is' the same?

これなら……そんな頓狂な質問でもないかもですね。

> マハラジ
> 「私は在る」は内側を、「そこに在る」は外側を意味する。

これも日本語だけだと……ちょっと……という感じですが。

 M: 'I am' denotes the inner, 'there is' -- the outer.

これなら……そんなに不自然なコメントでもありません。

> ともに存在(ビーング)の感覚に基づいている。

    Both are based on the sense of being.

この連想の流れが……さほど唐突でもないことがわかります。

> 質問者 それは実存(イグジスタンス)の体験と同じなのでしょ
>     うか?
> 
> マハラジ
> 実存することとは、あるもの、ある感情、ある思い、ある概念と
> いった何かとして在ることを意味している。

はい。

> すべての実存は、ある特定のものだ。

わかります。

> すべての存在はほかのあらゆる存在を互いに受け入れるという意
> 味で、存在だけが普遍的なものと言える。

なるほど。

> 実存は対立するが、存在に対立はありえない。

理解できます。

> 実存とは何かになること、生まれ、死に、また生まれるという変
> 化を意味する。

だから……やがて必然的に“比較”が発生して……苦しくなってく
るわけですよね。

> 一方、存在には平和と静寂があるのだ。

はい……存在は……何者でもない……。

ただ……あるがままに……在るだけ。

> 質問者 もし私が世界をつくり出したなら、どうしてこのような
>     間違ったものになってしまったのでしょうか?

はは。(^^;)

上手いこと……言いますね。

> マハラジ
> 誰もが皆、その人自身の世界に生きている。

アチャ。(>_<)

> すべての世界が同じように良いわけでも悪いわけでもない。

確かに……。

> 質問者 何が違いを決定するのでしょうか?

うん。

> マハラジ
> 世界を投影するマインドが、それ自身のやり方で色づけするのだ。

そういうことだよなぁ……。

> あなたがある人に出会うとき、彼は見知らぬ人だ。

はい。(-_-)?

> 彼と結婚すれば、彼はあなた自身のものとなる。

ああ……この質問者の画家は……女性なんですね。

> 喧嘩をすれば、彼はあなたの敵になる。

確かに。

> 彼があなたにとって何であるかを決定するのは、あなたのマイン
> ドの姿勢によるのだ。

わかります。

> 質問者 私の世界が主観的なものだということは理解できます。
>     それはつまり幻想でもあるということなのでしょうか?
> 
> マハラジ
> 主観的であるかぎり、それは幻想だ。

そういうことなんだ……。

「主観的であるかぎり、それは幻想」なのか……。

> 実在は客観性の内にある。

へー……。

「実在は客観性の内にある」……。

> 質問者 客観性とはどういう意味でしょうか? あなたは世界が
>     主観的なものだと言いました。今、あなたは客観性につ
>     いて語っています。すべては主観的ではないのでしょう
>     か?

うん……その質問……わかります。

> マハラジ
> すべては主観的だ。

(@_@)

> しかし、実在は客観的だ。

(>_<)

> 質問者 どういう意味でしょうか?

どういう意味でしょうか?

> マハラジ
> それは記憶や期待、欲望や恐れ、好き嫌いといった選択に依存し
> ない。

ああ。(@_@)

> すべてはあるがままとして見られるのだ。

うーむ。(-_-)

> 質問者 それはあなたが第四の状態(トゥリーヤ)と呼ぶものな
>     のでしょうか?

うん。

> マハラジ
> あなたの好きなように呼ぶがいい。

ふ。

> それは確固とし、一定で、変化せず、はじまりも終わりもない。
> つねに新しく、つねに新鮮だ。

あ……つまり……実在……真我のことか……。

> 質問者 どうやってそれに到達するのでしょうか?

うう。

> マハラジ
> 欲望もおそれもない状態があなたをそこへ連れていくだろう。

欲望もおそれもないとき……あなたはそれなのだ……とか。(^_-)

(*-_-*)

……。(-_-)

ありがとうございました……。<(_ _)>

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


      …………○…………○…………○…………


『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストし
てくださる方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。ボディブローが
効くかも。
https://www.ascensionkan.com/ndic/

おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/


      …………○…………○…………○…………


忘れた頃にでる広告ですが、仲間内からの情報をお知らせします。

=======[▼広告]===========================================

【農地除塩 と ス○○○】

東日本大震災の大津波は、東北沿岸部の農地に冠水被害をもたらし
ました。

被害範囲は農水省の推計で約2万3600ヘクタールだそうです。

海水の塩分は浸透圧により作物から水分を奪うのだそうですね。

また塩分により土壌の単粒化が進み、透水性もそこなう。

いずれも作物の育成環境に適さない。

こうした土壌を農地として再生するには、主に二種類の方法がある。

一つは塩分に強い作物を育てること。

例えばトマトなどがこれにあたります。

もう一つが「除塩」。

この「農地除塩」に、ス○○○が著効があることが証明されました。

『大震災津波による塩害被害水田が、ス○○○発酵液で甦った!』
http://ameblo.jp/stevia21world/entry-11038654980.html

『田んぼの除塩  ス○○○が国家財政、県財政を救う!!!』
http://ameblo.jp/stevia21world/entry-11040618858.html


▼「デトックス」篇DVD資料請求フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P31478903

[注]なお“ス○○○”と伏せ字にしているのは、オンライン宣伝
   を禁止されているためですので、ご了解ください。
===========================================[▲広告]=======


      …………○…………○…………○…………


▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
というのを作らせていただきました。(^^;)

「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な
るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。


      …………○…………○…………○…………


『アセ通』への「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。

▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518


      …………○…………○…………○…………



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 3.編集後記:こんな明快な……説明も……在りえた
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ラマナ・マハルシの言葉は……まったく誤解の余地のない……言葉
なのに……。

その言葉が耳に入ってくるために……とても不思議な言葉と聞こえ
た……マハラジの言葉が……わたしには必要だったんですねぇ。

マインドと……真我じゃ……まるで正反対とも……思えるのに、

> 質問者 心と真我の違いは何でしょうか?
> 
> マハルシ
> 何の違いもない。
> 心が内側に向かえば真我であり、外側に向かえばそれは自我、そ
> して世界となる。

こんな明快な……説明も……在りえたんですね。

そして……確かに……聴けば……その意味は伝わる……。

だんだん……攻めこまれますね……。(-_-)

今日も……明るいうちに……終えました。

<(_ _)>


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  → メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
------------------------------------------------------------
『アセンション館通信』の既刊号を毎日連続で配信いたします。
連続配信をご希望の方は“『アセ通』連続配信依頼フォーム”
https://www.ascensionkan.com/mm/deliver.html
↑より、空メールをお送りください。翌日より毎日配信されます。
ただし、これからの号の購読にはメルマガ登録が必要です。(無料)
------------------------------------------------------------
このメールマガジンは二つの配信スタンド
『まぐまぐ!』http://www.mag2.com/ と
『melma』 http://www.melma.com/ を利用して発行しています。
「まぐまぐ」は:http://www.mag2.com/m/0000126287.html
「melma」は  :http://www.melma.com/backnumber_110091/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyleft(C)2011 paritosho
↑コピーレフトの概念についてはこちら↓をご覧ください。
http://now.ohah.net/commune/?license/copyleft.html
------------------------------------------------------------