home > 通信 > 『アセンション館通信』第420号:降参するということ



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2012/4/22(第420号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するあるパターンが
見ている風景の報告です。(なんちゃって。(*^_^*) )

現象のなかに得るべき何ものもなく、探求するその人もいないこと
が納得されても、まだ惰性で書くことが起こっているので。(^^;)

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在 886名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.降参するということ

2.写経ニサルガダッタ:
   【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】3回目

3.編集後記:春だけど……寒いなぁ。
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■ 1.降参するということ
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今年の春は……なかなか暖かくならないですね。

春はとても嬉しい季節なんだけど……気温がいまいち……思うよう
になってくれないなぁ……なんて勝手なことを言ってね。(^^;)

でも……庭はこれからが一番賑やかで……華やかな季節です。

赤・白・黄色の……チューリップ。

赤紫の……ミヤマツヅジ。(こんなの↓)
http://www.uchiyama.info/hana/hana/hanaki/miyamatu/

その隣の……もう少し赤い海棠。

黄色のレンギョウ……白いユキヤナギ……黄水仙。

そしてわが家の……遅咲きの桜。

下の方に見える……白とピンクの咲分けの桃。(こんなの↓)
http://www.saga-s.co.jp/news/machi-wadai.0.2189835.article.html

ここから見えるだけでも……なかなか賑やかです。

ひところと違って……もうイノシシやシカは庭に入って来ません。

外に出ても……このところ色々張り切っていて……とても綺麗です。

ただ……空だけは……このところずっと曇天が続きますね。

でも……それは全体の都合だし……。

まあ……いいですよね。(^_-)

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?

このごろ……なんだか英語づいちゃって……また新しいのを読んで
います。

いま読んでいるのはレオ・ハートングというオランダ人の
『Awakening to the Dream』(http://tinyurl.com/7677qen)
『夢に目覚める』といようなタイトルの本です。

英語で本を読んでいるなんて……ちょっと不思議。(-_-)

それが読んでみると……なんとか読み進められるんですよ。(@_@)

どうしても気になれば……『表音小英和』という……厚さ1センチ
くらいのポケット辞書で調べますけど。

で……これがとっても……何というか“勾配の速い”本で……なか
なか面白いです。

結局……人生の苦しみというのは……エゴによる“虚構の苦しみ”
……なわけですよね。

その“虚構の苦しみ”を味わっている“人”が……言うなれば……
“旬の人生”を味わっている……ということなんでしょうね。

誰がそんな“意地の悪いこと”を……したのかと言えば……。

もちろん……「真我」以外にいるはずもないわけで……。(^_-)

「たとえ見た者がいなくても、昨夜なかった雪が今朝積もっていれ
ば、夜の間に降ったのは明らか」と裁判長が言ったそうですね。

最近有名になった……裁判員裁判で……。

まったく物証がないのに……死刑判決を出すのは……なかなかでき
ないことなんでしょう……。(-_-)

この対象物からなる現象世界ですら……まったく物証が無いなかで
の犯人探しは……とても難しい……。

ましてや……犯人がじつは存在しないとなれば……その犯人探しは
……その何層倍も……難しい、うん。(-_-;)

なんちゃって。(*^_^*)

刑事裁判の判事とは……また違った判断基準で……判定しなければ
……ならないでしょうね。

自称“被害者”が……“自分”の苦しみの原因つまり“加害者”を
特定して……その犯人を……削除しようとするわけです。

しかしこれが……なかなか難しい。

苦しがっている“自分”は……現象世界のなかのマインドです。

最初のうちは……現象世界の中で“加害者”を探す“旬のゲーム”
を……やっていられます。

親のせい……家庭のせい……社会のせい……あいつのせい……こい
つのせいだ……と。

ロスチャイルドだ……イルミナティだ……いや星が遅れているんだ
……という話になる。

アヌンナキがいけないみたい……いやレプトゥリアンだ……と。

このあたりは……自分の正しさに確信もあるし……まあまあ楽しく
つらいゲームを……本気でやっていられる。

ところが……それではどうしても……間に合わなくなる。

いったい……どうしてこんな矛盾だらけ……苦しみばかりの世界が
あるのか……ということになる。

“何故にすべては始まってしまったのか?”……と。

いわゆる求道……探求の始まりです。

そうするとじきに……いや問題なのは……エゴであるらしい。

どうも……このエゴを……卒業しないとダメみたい……という噂話
が……どこからともなく……聞こえてくる。

なるほど……そうか……結局……エゴの問題なんだ、うん。(-_-;)

じゃ……エゴ卒業するには……どうするんだ?

そのエゴって……煎じ詰めたところ……いったい何なんだ? (?_?)

どうやったら……そこから抜け出せるんだ……ということになる。

するとやがて……どうもエゴというのは……この身体・思考・感情
への自己同化というものらしい……という話が入ってくる。

どうも……この身体や思考や感情への……自己同化そのものが……
根本原因みたいよ……という知見にたどり着く。

それを……なくさないと……ダメみたい。

自己同化って……何よ? (?_?)

だからー……この身体や思考や感情をー……自分だと思うことよ。

エー……?! (*_*) ⌒★?

だって……この身体や思考や感情って言ったら……それって自分の
ことじゃん。(@_@)

どうやって……そんなもの……なくせるのよ? (?_?)

そうか……お前……俺に……死ねっちゅうのか? (\/U)

いや……違うんだって。(>_<)

身体や思考や感情は……無くさなくても……いいのよ。

ただ……それへの自己同化を……無くせばいいだけなの。

だから何だよ……その自己同化って? (?_?)

さっぱし……わかんね。(-_-)

(*^_^*)

と……言ったかどうかはわかりませんが……。(^^;)

その自己同化なるものを……削除できるのか?

でも……じつは……元々これは……無理な話です。

たとえ身体は……別立てにしておくとしても……思考や感情そのも
のが……マインドです。

それに自己同化しているという……そのエゴも……マインドです。

そのエゴを断罪して……削除しようとしているという……その方も
……マインドにすぎません。

そんな……マインドの仲間割れ……マインドの再分割……再々分割
で……何がどうなるものでもない。

そういう……スピリチュアルマーケットの怪しさが……垣間見えて
来た者に……今度は最後の……噂話が聞こえてくる。

アドヴァイタ……不二一元論からの……呼び声です。

実在するのは……ただひとつである……あなたはそれだ……と。

それ自体で……独立して存在しているものなど……何ひとつない。

すべては……たったひとつの実在……認識する空……のなかに浮か
んでいる……見かけにすぎない。

見かけのなかには……見かけの分離がある。

その見かけの分離に……自己同化することによって……認識する空
は……しばらくの……“他人ゴッコ”ができるのだ。

「私はこれだ」……「お前はそれだ」……「私とお前は違うのだ」
……と。

好きなだけ……楽しみなさい。

誰も……邪魔するものはいない……。

飽きたら……やめるがいい……誰も止める者はいない……。

元々……他には誰もいない……あなたしか……いないのだから。

わたししか……いないのだから。

「私は在る」

……。(-||-)

(*^_^*)

ちょっと『Awakening to the Dream』からご紹介しましょうか。

ハートングさん……ちょっと強面なので……ご趣味じゃない方も…
…きっといると思いますけど。(^_-)

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 この洞察から人は、昔からもともと言われていたことは真実だと
 いう理解に到達するかもしれない。
 すなわち、自我とは幻影だと。
 実際、いまだかつて誰も、独立した実体の存在を立証する証拠を
 見たこともないし、確たる証拠の片鱗も提出できる者はいない。
 もちろん、何かを証明できないことが自動的にそれを反証するわ
 けではない。
 自分の夢の内容を証明できないからと言って、あなたのその釈明
 が嘘だということにはならない。
 その夢の内容は証明不可能かもしれないが、科学は夢見が確かに
 起こると示すことならきる。
 だが、自我の存在または不在に関してはそのような証拠はない。
 そこには主観的な確認しか存在しない。
 この個人的な「証拠」が何千年にもわたって研究されてきた。
 自我が幻影であるという人たちは、最初はその存在を信じていた
 が、後になってそれが存在しないというほうが存在するというよ
 りリアルだと報告しているのだ。
 自我の不在のなかに残るのは、あなたの真の存在は純粋な気づき
 であり、あなたの分離感は、あなたに制限された実体を体験させ
 るための神の催眠だったということだ。
 比喩的には、この分離した自己という体験は、遊んでいる真我の
 表現以外ではないと、説明できるかもしれない。
 この喩えのなかでは、自我とはそれ自体は存在しない制限された
 人格だ。
 それこそは多くの仮装のひとつをまとった真我であり、演じる役
 者がいなくては存在しない映画の悪党によく似ている。
 たとえこの論理的思考が知的レベルでは納得できても、探求者は
 やはり自我が確かに存在するという否定できない感覚で行き詰ま
 るかもしれない。
 この自我の実在感は、幻影を織りなす真我の達人技に由来する。
 真我による人格の演技はあまりに真に迫っていて、自律性の感覚
 まで包含している。
 あなたが小説を読んでいると想像してほしい。
 二十五ページで、主人公はどうすべきかを熟考している。
 彼は自分の選択肢を比較考量し、行動計画を選定しているらしい。
 しかし、彼が何を決定しようとも、著者はすでに三十ページにす
 べて書いてしまってある。
 生命の書の著者として、スピリチュアルな実践というような他の
 幻影と闘っている間でさえも、真我は巧妙に独立と意志の幻想を
 永続させる。
 自我を叩きのめして降参させようとするこれらの試みが、分離の
 錯覚を継続させるのだ。
             『Awakening to the Dream』(p58-59)
                  http://tinyurl.com/7677qen
------------------------------------------------------------

(@_@)

なんと……。(-_-)

もちろん、これはレオ・ハートングさんが捏造したお話です。

覚者の慈悲から溢れでた……見事な……作り話です。

いただけるかぎりのものを……いただいてください。

“明け渡し”……という言葉があります。

「surrender」……という言葉が……スピリチュアルブックでは…
…そう訳されるようです。

これ……戦争なら……“降参”を意味する言葉ですよね。

降参するということ……。

結局……他にどうしようもなくて……降参するんですよね。

現れへの自己同化が……抵抗だと思います。

マインド自体に……自立的実体があるかのように想像すること……
それが自己同化でしょう。

その“自立的実体”が……全体の流れに抵抗する……それが人生。

その抵抗が……何度も何度も失敗し……あるいは時にかすかな成功
があって……苦難はつづく……。

そしてある時……結局それが苦しくなって……ついに降参する。

抵抗をやめる……。

自己同化を……手放す。

そしたら……“自分”に……“自立的実体”が在ると……思ってい
たこと自体が……単純な間違いだったことがわかる。

ただ……勝手に……空想上の苦しみを創造していただけ……。

素粒子の振る舞いには……粒子的な動きと……波動のような動きが
……両方あるのだと……聞いたことがあります。

粒子的な動き……何となく……マインドへの自己同化を……つまり
「抵抗」とか……感情を……連想しますね。

当たると……痛いんですよね……感情って……。

それが……物質的に実体化すれば……戦争にもなる……。

それが……苦しくなれば……いつか自己同化を手放す……。

“旬の遊び”の……終わりですよね。

素粒子の振る舞いのなかの……粒子的な動きを……手放すような…
…連想が起こりましたけどね。

そして……波の動きだけになる。

もう……どんな変化にも……寄り添うだけです。

何にも……抵抗しない……。

すべての葛藤が……存在しない。

つまりは……何もないんです。

すべては……無です。

すべては……わたしです。

わたし……しかいない。

そうしたら……わたしと言うことに……どんな意味があるでしょう。

(*^_^*)

いずれにせよ……「私は在る」だけは……真実なのですから。

------------------------------------------------------------
 永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
                    『あるがままに』(p58)
                 http://tinyurl.com/2aar6zj
------------------------------------------------------------

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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■ 2.写経ニサルガダッタ:
   【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】3回目
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

じつは以前に……写経を始めて途中で中断した章がありました。

それまで2回写経して……そのまま別のところに……飛んでしまっ
ていたようです。

ずいぶん昔のことなので……いちおう本文は……章の最初から入れ
ておきます。

今回の部分のなかで……「自分の態度を変えることで事実を変える
ことができるのか?」という質問者の問に……マハラジは
 
> 態度が事実なのだ。

と答えています。

なるほど……。

(-||-)

では【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】の3回目
です。

(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解さ
 れることを願っています。(-||-) )

最初に通しで写経するので、それを読んでいただければいいです。

------------------------------------------------------------
 質問者 あるマハートマ(真我実現した人)たちが、世界は偶然
     の産物でも神の戯れでもなく、宇宙全体に意識を発展さ
     せ、覚醒をもたらそうとする壮大な計画の結果と表現な
     のだと主張しています。無生命から生命へ、無意識から
     意識へ、無知から優れた知性へ、迷妄から光明へ。これ
     こそ世界が絶え間なく、容赦なく進んでいる方向なので
     す。もちろん、宇宙は活動停止するような休息の瞬間も
     あれば、暗黒と見える時期もあるでしょう。しかし、休
     息は終わりを告げ、意識への働きかけは再開されます。
     私たちの目には、世界は涙の谷間として映ります。あら
     ゆる手段で、できるかぎり早く逃げだすべき場所なので
     す。覚醒した人にとって、世界は善であり、充分な目的
     を果たしています。彼らは、世界が精神によって構築さ
     れたものであり、究極的にはすべてがひとつであること
     を否定していません。
     しかし、その構造には意味があり、最上の望ましい目的
     に仕えていると言うのです。私たちの言う神の意志とは、
     遊び好きな神の気まぐれではなく、愛と叡智と力の中で
     成長し、生命と意識の無限の可能性を実現するために絶
     対必要な表現なのです。
     庭師がごく小さな種を輝かしい完全性へと開花させるよ
     うに、神も彼の庭で、ほかの生き物たちとともに、神を
     知り、愛し、彼と共に働く超人へと人間を育てるのです。
     
     神が休息(プララーヤ)をとるとき、成長が未完のもの
     は無意識となり、完成したものは、すべての形態と意識
     の内容を超え、宇宙的沈黙のなかで気づきつづけます。
     新たな宇宙が出現するとき、眠っていたものたちは目覚
     め、彼らの仕事をはじめます。より進歩したものたちは
     最初に目覚め、後進のものたちのために土台を準備しま
     す。このようにして未来の成長にふさわしい行動のパタ
     ーンと形態を見いだすのです。
     話の内容はこのようなものです。あなたの教えとの違い
     は、あなたは世界を避けるべき、価値のないものだと主
     張するのに対して、彼らは世界を忌み嫌うことは必要な
     通るべき段階ではあるが、一過性のものであり、じきに
     普遍の愛と確固たる意志で神とともに働くことになる、
     ということです。
 
 マハラジ
 あなたの言うことはすべて、外へ向かう(プラヴリッティ)道に
 とっては正しい。
 源へ帰還する(ニヴリッティ)道を行くものにとって、自己を無
 に帰することは必要なことなのだ。
 私のいる無(パラマカーシュ)の境界には、いかなる言葉も思考
 も届かない。
 マインドにとって、そこはまったくの闇と沈黙だ。
 そこに意識が攪拌しはじめ、マインドが目覚めだし(チダカーシ
 ュ)、世界を投影し(マハーダカーシュ)、記憶と想像を構築し
 はじめる。
 ひとたび世界が存在のなかに現れたならば、あなたの言ったとお
 りとなるだろう。
 目標を定め、それに向かって闘い、方法と未知を探し、ヴィジョ
 ンとエネルギー、そして勇気を示す、それがマインドの本性なの
 だ。
 それは神聖な質であって、私はそれらを否定してはいない。
 しかし、何の相違もなく、何も存在せず、それをつくり出したマ
 インドもないというのが私の立場だ。
 そこが私の居場所なのだ。
 何が起ころうと私には影響を与えない。
 ものごとがものごとに働きかける。
 ただそれだけだ。
 記憶と期待から自由なため、私はいつも新鮮で、無垢で、トータ
 ルだ。
 マインドはたいへんな働き者(マハーカルタ)で、休息が必要だ。
 何も必要ない私には、何の恐れもない。
 誰を恐れるというのだろう?
 そこには分離などない。
 私たちは分離し、孤立した自己ではない。
 ただ個人と非個人がひとつである真我、至高の実在があるだけだ。
 
 質問者 私はただ世界を助けられるようになりたいだけです。
 
 マハラジ
 あなたが助けられないと誰が言っただろうか?
 助けるとはどういう意味で、何が必要なのかということをあなた
 が自分で決めておいて、何をすべきで何ができるのかという必要
 性と能力の間で自分自身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。
 
 質問者 しかし、なぜ私たちはそうしてしまうのでしょうか?
 
 マハラジ
 あなたのマインドがある構造を投影し、それと自己同一化するか
 らだ。
 欲望の本性とは、それを満たすためにマインドが世界をつくり出
 すよう促すことだ。
 小さな欲望さえ、長い行動の連鎖を生みだすのだ。
 強い欲望ならばどうだろう?
 欲望は宇宙をも生みだす。
 その力は奇跡的なものだ。
 小さなマッチ棒が巨大な森林に火をつけることができるように、
 欲望も現象の現れに火をつける。
 想像の目的自体が欲望を満たすことなのだ。
 欲望は高尚なものかも、卑しいものかもしれない。
 空間(アーカーシュ)は中立的なものだ
 人はそれを何でも好きなように満たすことができる。
 何を望むのか、人はとても注意しなければならない。
 そしてあなたが助けたい人々だが、彼らもまた欲望を満たすため
 に、それぞれの世界のなかにいる。
 彼らの欲望を通して以外、彼らを助けることはできない。
 あなたには、彼らが正しい欲望をもつように教えることができる
 だけだ。
 そうすれば彼らは現状を超え、快楽と苦痛の住処(すみか)であ
 る欲望の世界を創造し、再創造しようという衝動から自由になれ
 るかもしれない。
 
 質問者 ショーが終わって人が命を終え、宇宙の終局を迎える日
     がかならず訪れます。
 
 マハラジ
 眠っていた人がすべてを忘れ、新たな日に目覚めるように、ある
 いは死んでから新しい命を授かるように、欲望と恐れの世界も溶
 解し、消え去る。
 しかし、普遍の観照者、至高の真我は眠りも死にもしない。
 偉大な心臓の鼓動は永遠に鳴りやまず、あなたの鼓動のたびに新
 しい宇宙が誕生するのだ。
 
 質問者 至高の真我には意識があるのでしょうか?
 
 マハラジ
 彼はマインドが考えることのできるすべてを超えている。
 彼は存在と非存在をも超えている。
 彼はすべてに対してイエスであり、ノーである。
 内側であり、彼方でもある。
 創造し、破壊する想像しがたい実在なのだ。
 
 質問者 神とマハートマはひとつでしょうか?
 
 マハラジ
 彼らはひとつだ。
 
 質問者 何らかの違いがあるはずです。
 
 マハラジ
 神はすべてを為すものであり、ジニャーニは無為の人だ。
 神自身が「私がすべてを為す」と言いはしない。
 神にとっては、ものごとはそれ自体の本性にしたがって起こるの
 だ。
 ジニャーニにとっては、すべてが神によって為される。
 彼は神と自然との間に何の違いも見ない。
 神もジニャーニもともに、彼ら自身が変動の中の不動の中心であ
 り、移り変わるものの永遠の観照者であることを知っている。
 その中心は空なる点であり、観照者は純粋な気づきの点だ。
 彼らは、彼ら自身が無であることを知っている。
 それゆえ、彼らに抵抗できるものは何ひとつないのだ。
 
 質問者 あなたの個人的な体験では、それはどのように見られ、
     感じられるのでしょうか?
 
 マハラジ
 無としてあることで、私はすべてなのだ。
 すべては私であり、すべては私のものだ。
 私の身体が、動かそうと考えるだけで動くように、私が思うだけ
 でものごとは起こる。
 言っておくが、私は何もするわけではない。
 ただものごとが起こるのを見るだけだ。
 
 質問者 あなたが起こるように望んでからものごとが起こるので
     しょうか? それともそれらが起こってから、あなたは
     そう起こることを望まれるのでしょうか?
 
 マハラジ
 それは両方だ。
 私は受け容れ、そして受け容れられるのだ。
 私がすべてであり、すべては私なのだ。
 世界であるゆえに、私は世界を恐れない。
 すべてとしてありながら、何を恐れるというのだろう?
 水は水を恐れず、火は火を恐れない。
 私は恐れない、なぜなら私は無であり、恐れや危険を体験しよう
 がないからだ。
 私には名前も形もない。
 名前と形に固執することが恐れを生むのだ。
 私には執着がない。
 私は無だ。
 そして無は無を恐れない。
 反対に、すべてが無を恐れている。
 なぜなら、何かが無に触れたとき、それは無となるからだ。
 底なしの井戸のように、何であれそこに落ちたものは消え去るの
 だ。
 
 質問者 神は個人ではないのでしょうか?
 
 マハラジ
 あなたがあなた自身を個人と考えるかぎり、神も個人だ。
 あなたがすべてであるとき、あなたは神をすべてとして見る。
 
 質問者 私の態度を変えることで、事実を変えることができるの
     でしょうか?
 
 マハラジ
 態度が事実なのだ。
 怒りを例にとってみなさい。
 私は激怒して、部屋のなかを歩きまわっているかもしれない。
 同時に、私は私が叡知と愛の中心、純粋な存在の原子であること
 を知っている。
 すべては静まり、マインドは沈黙へと溶けていく。
 
 質問者 まだ、あなたはときどき怒るのですね。
 
 マハラジ
 誰に対して、何のために私が怒らなければならないのか?
 怒りはやってきて、自己想起とともに消え去った。
 それはみな、ただのグナ(宇宙的特質)の戯れにすぎない。
 それらと自己同一化すれば、私はそれらの奴隷となる。
 距離をおいてあれば、私がそれらの主人なのだ。
 
 質問者 あなたは自分の態度によって世界に影響を与えることが
     できますか? あなたが世界から分離し、距離を置くこ
     とによって、世界を助けるという望みはみな失われてし
     まうのです。
 
 マハラジ
 そうではない。
 すべては私自身なのだ。
 私が自分を助けられないというのかね?
 私は特定の誰かと自己同一化しない。
 私は特定の個人でもあり、宇宙全体でもあるからだ。
 
 質問者 では、あなたは特定の個人である私を助けられますか?
 
 マハラジ
 だが、私はいつもあなたを助けているのだ、内面から。
 私自身とあなた自身はひとつなのだ。
 私は知っているが、あなたは知らない。
 違いはそれだけだ。
 そしてその違いは、長くは続かない。
 
 質問者 どのようにしてあなたは世界全体を助けるというのでし
     ょうか?
 
 マハラジ
 ガンディーは死んだが、彼の精神は地上を覆(おお)っている。
 ジニャーニの想いは人類のなかに浸透し、善のために絶えず働き
 かけている。
 無名のまま内面から働きかけるために、より力強く心を動かすの
 だ。
 このようにして内面での助けと、外面への祝福によって世界は改
 善されるのだ。
 ジニャーニが死を迎えると、大海へと溶けいる瞬間、川が消え去
 るように、彼も消え去る。
 名前と形はもはやないが、水は残り、大海とひとつになる。
 ジニャーニが宇宙的マインドに加わると、彼のすべての善と智慧
 (ちえ)は人類の財産となり、すべての人間を向上させるのだ。
 
 質問者 私たちは自分の人格に執着しています。ほかの人とは違
     った個性に、私たちは価値を与えます。あなたはそのど
     ちらも無駄なものとして非難しています。あなたの非顕
     現が私たちにとって何になるというのでしょうか?
 
 マハラジ
 非顕現、顕現、個性、人格(ニルグナ、サグナ、ヴィヤクタ、ヴ
 ィヤクティ)、これらすべてはただの言葉、見解、精神的姿勢に
 すぎない。
 これらに実在はない。
 実在は、静寂のなかで経験される。
 あなたは人格に固執する。
 しかし、個人としての存在を意識するのは、あなたが困難な状態
 にあるときだけだ。
 困難に直面していないとき、あなたは自分のことを考えてはいな
 い。
 
                   『私は在る』(p106-107)
                  http://tinyurl.com/s747u
------------------------------------------------------------

(-||-)

> 質問者 あなたが起こるように望んでからものごとが起こるので
>     しょうか? それともそれらが起こってから、あなたは
>     そう起こることを望まれるのでしょうか?

なるほど。

> マハラジ
> それは両方だ。
> 私は受け容れ、そして受け容れられるのだ。

そうか……。

> 私がすべてであり、すべては私なのだ。
> 世界であるゆえに、私は世界を恐れない。

はい。

> すべてとしてありながら、何を恐れるというのだろう?

まったくです。

> 水は水を恐れず、火は火を恐れない。

それはそうです。

> 私は恐れない、なぜなら私は無であり、恐れや危険を体験しよう
> がないからだ。

(-||-)

> 私には名前も形もない。

はい。

> 名前と形に固執することが恐れを生むのだ。

確かに。(-_-)

> 私には執着がない。

はい。

実際は……それだけのことなんだなぁ。

> 私は無だ。

わたしは……どのような現れにも……自己同化しない。

> そして無は無を恐れない。

はい。

> 反対に、すべてが無を恐れている。
> なぜなら、何かが無に触れたとき、それは無となるからだ。
> 底なしの井戸のように、何であれそこに落ちたものは消え去るの
> だ。

(-_-)

> 質問者 神は個人ではないのでしょうか?

う。

> マハラジ
> あなたがあなた自身を個人と考えるかぎり、神も個人だ。

はい。

> あなたがすべてであるとき、あなたは神をすべてとして見る。

わかりました。

> 質問者 私の態度を変えることで、事実を変えることができるの
>     でしょうか?

ふーむ。

> マハラジ
> 態度が事実なのだ。

(@_@)

> 怒りを例にとってみなさい。

(-_-)?

> 私は激怒して、部屋のなかを歩きまわっているかもしれない。
> 同時に、私は私が叡知と愛の中心、純粋な存在の原子であること
> を知っている。

ふーん。

> すべては静まり、マインドは沈黙へと溶けていく。

(-_-)

> 質問者 まだ、あなたはときどき怒るのですね。

ふ。(^^)

> マハラジ
> 誰に対して、何のために私が怒らなければならないのか?

やっぱり。

> 怒りはやってきて、自己想起とともに消え去った。

ふーん。

> それはみな、ただのグナ(宇宙的特質)の戯れにすぎない。
> それらと自己同一化すれば、私はそれらの奴隷となる。

確かに。

> 距離をおいてあれば、私がそれらの主人なのだ。

そうか。

> 質問者 あなたは自分の態度によって世界に影響を与えることが
>     できますか? あなたが世界から分離し、距離を置くこ
>     とによって、世界を助けるという望みはみな失われてし
>     まうのです。

この人のいう文脈では……わかるけど。

> マハラジ
> そうではない。
> すべては私自身なのだ。

はい。

> 私が自分を助けられないというのかね?
> 私は特定の誰かと自己同一化しない。
> 私は特定の個人でもあり、宇宙全体でもあるからだ。

そういうことですよね。

> 質問者 では、あなたは特定の個人である私を助けられますか?

うーむ。

> マハラジ
> だが、私はいつもあなたを助けているのだ、内面から。

わたしは……助けていただいています。

分離の幻想のなかで……。

> 私自身とあなた自身はひとつなのだ。

はい。

第二のない一なるものしか……存在しないのですから。

> 私は知っているが、あなたは知らない。

はい。

> 違いはそれだけだ。

確かに。

> そしてその違いは、長くは続かない。

おお……。

> 質問者 どのようにしてあなたは世界全体を助けるというのでし
>     ょうか?

うん。

> マハラジ
> ガンディーは死んだが、彼の精神は地上を覆(おお)っている。

はい。

> ジニャーニの想いは人類のなかに浸透し、善のために絶えず働き
> かけている。

そうなんですね。

> 無名のまま内面から働きかけるために、より力強く心を動かすの
> だ。

はい。

> このようにして内面での助けと、外面への祝福によって世界は改
> 善されるのだ。

わかりました。

> ジニャーニが死を迎えると、大海へと溶けいる瞬間、川が消え去
> るように、彼も消え去る。

(-||-)

> 名前と形はもはやないが、水は残り、大海とひとつになる。

(-_-)

> ジニャーニが宇宙的マインドに加わると、彼のすべての善と智慧
> (ちえ)は人類の財産となり、すべての人間を向上させるのだ。

わかりました。

> 質問者 私たちは自分の人格に執着しています。ほかの人とは違
>     った個性に、私たちは価値を与えます。あなたはそのど
>     ちらも無駄なものとして非難しています。あなたの非顕
>     現が私たちにとって何になるというのでしょうか?

うーん。

そうか……そういう考え方もあったか。

> マハラジ
> 非顕現、顕現、個性、人格(ニルグナ、サグナ、ヴィヤクタ、ヴ
> ィヤクティ)、これらすべてはただの言葉、見解、精神的姿勢に
> すぎない。

単なる……見かけの上のパフォーマンス……意識の相にすぎない。

> これらに実在はない。

固有の……実体というものはない。

> 実在は、静寂のなかで経験される。

はい。

> あなたは人格に固執する。
> しかし、個人としての存在を意識するのは、あなたが困難な状態
> にあるときだけだ。

(@_@)

> 困難に直面していないとき、あなたは自分のことを考えてはいな
> い。

ほんとだ。

……。(-_-)

ありがとうございました……。<(_ _)>

(-||-)

今日の写経は、ここまでです。

m(_ _)m


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■ 3.編集後記:春だけど……寒いなぁ。
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寒いですね。

春だけど……春だけど……寒いなぁ。

さあ……もう……寝ようかな……。

お休みなさい。

<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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