home > 通信 > 『アセンション館通信』第471号:誰の目にも明白な秘密



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2013/4/14(第471号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するあるパターンに
浮上している心象風景の報告です。

現象世界はすべて変化の意識であり、変化するものは永遠に変化す
るのみ、見かけの自分はその変化のなかの出来事にすぎません。

その自分に何かができるという誤解も、何かができる自分など存在
しないという正解も、ともに永遠の戯れの顕現に他なりません。

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在865名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.誰の目にも明白な秘密

2.編集後記:ひたすら……その“自分”のために……
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■ 1.誰の目にも明白な秘密
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現れは……変化しつづける……。

これは……間違いない。

獲得できるようなものは……必ず失われる……。

これも……間違いない。

生まれたものは……必ず死ななければならない……。

これも……間違いない。

ならば……。

現れのなかに……幸福の条件を求めるかぎり……不幸は……定まっ
た運命だということだ。

なぜなら……不幸だからこそ……幸福を求めるのだから。

幸福を求めるということは……自ら不幸であることを……宣言する
ということだろう。

一見……現れは……幸福の条件を……提供するように見える。

しかし……幸福が……条件に依存するかぎり……その条件が失われ
たら……幸福も必ず……失われる。

それは……真の幸福では……なかったということだ。

単なる……条件に依存した……束の間の……幻影にすぎなかった。

そして……幸福の条件が……現れに依存するかぎり……その条件が
失われることも……また必定だ。

現れは……変化せざるをえないのだから。

幸福の条件を定めたら……その条件は……必ず失われる。

単純なんだな……。(-_-)

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ
「私は在る」噺に、お付き合いいただく今がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」を……いかがお過ごしでしょうか?

現れの条件ということで言うなら……山里のここは……今はまさに
……天国のような季節です。

わがやの遅咲きの桜は……今が満開です。

何本かある白い桃の花は……少し盛りをすぎたかな。

“咲き分け”と呼ばれる……おじさんが植えてくれた……ピンクと
白の花をつける桃の木は……今年はもう終わりましたけど。

三年前の嵐で倒れた……正面の花桃の切り株からは……、
https://www.ascensionkan.com/mm/vol390.html#1
今年はキリタンポみたいに……ピンクの花が広がりました。(^^;)

目の前の明るい赤紫のミツバツツジ……そしてチューリップ。

ここからは見えないけれど……シモクレンに……黄色の山吹。

まわりの山の色も……春の化粧で賑わっています。

本当に……すべてが一斉に……この時期に咲き出します。

でも……言うまでもなく……ほんの一瞬のことですよね。

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 仏道もとより豊倹(ほうけん)より跳出(てうしゅつ)せるゆえ
 に、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。
 しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜(あいじゃく)に
 ちり、草は棄嫌(きけん)におふるのみなり。
 
                   『正法眼蔵 現成公案』
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……。(-_-)

この光景を……誰が見ているのかは……知らないけれど……。

でも……この見かけの自分が……現れのなかの一場の光景でしかな
いのは……事実です。

それを自覚しているかどうかは別として……事実においてこのこと
を否定できる者は……現れのなかにはいません。

現れているものは……すべて変化し……個々の形態は……必ず崩壊
していくのだから。

それでもなおかつ……現れのなかに……幸福を求めて……藻掻いて
いる者がいる……ように見える。

本当に……そういう者が……いるのだろうか……。(-_-;)

確かに……幸福を求め……現れのなかで藻掻いている……そういう
者がいるような……感じはある。

でも……もし……身体のなかに閉じ込められ……藻掻いている者が
……存在しているのなら……彼はいったい……どこにいるのか?

この身体自体がその当人だと言うなら……この身体が現れのなかの
出来事……束の間の風景にすぎないことは……明らかではないか。

間違いなく……小学生の頃のこの身体と……現在のこの身体は……
まったくの別物でしかない。

それを……同じ身体だと……強弁することはできない。

でも……小学生の頃に周りの光景を見ていた者と……いまこの庭の
光景を見ている者は……同じ者だとしか思えない。

この身体と……この身体の両眼の穴から「見ている者」が……同じ
でないことは……自明ではないか。

臨死体験をした人々の多くは……その前後で人格が変わるという。

身体は死んでも……自分が死ななかったことを……体験的に知って
しまったということだろう。

ラマナ・マハルシは……十七歳のとき強烈な死の恐怖に襲われ……
そのまま自ら意志して……擬似的に死を体験したという。

『ラマナ・マハルシの伝記』からマハルシ自身の言葉で語っていた
だきます。

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 私の生涯に大いなる変化が起こつたのは、私がマドウライを永久
 に立ち去る六週間ほど前のことだつた。
 それはまつたく突然だつた。
 私は叔父の家の三階の部屋でひとり座っていた。
 私はめったに病気をしたことがなかつたし、その日はいつもと変
 わらない健康状態だつた。
 だが、激しい死の恐怖が突然私に襲いかかってきたのだ。
 私の健康状態には、その恐怖が起こるような原因は何もなかった。
 私はその原因を探しだそうとすることも、恐怖の理由が何かを見
 いだそうともしなかつた。
 私はただ『私は死のうとしている』と感じ、それについて何をす
 べきか考えはじめた。
 医者や兄や友人に助けを求めるという考えはまったく心に浮かば
 なかつた。
 私はそのときその場で、自分自身で問題を解決しなければならな
 いと感じたのだ。
 
 死の恐怖の衝撃は、私の心を内側へ向かわせた。
 そして私は実際に言葉にすることなく、自分自身に心の中でつぶ
 やいた。
 『今、死がやってきた。
  これはいったい何を意味するのか? 
  死んでゆくのは何なのか?
  死ぬのはこの身体だ』。
 私はすぐさま死という出来事を劇的に表現した。
 私は探求によりいっそうの現実性を与えるため、あたかも死後硬
 直が起こったかのように、手足を硬く伸ばしたまま死体を模倣し
 た。
 そしてどんな音も漏れることなく、『私』という言葉や他のどん
 な言葉も口に出せないように息を殺し、硬く唇を閉じた。
 そして私は心の中でつぶやいた。
 『これでこの身体は死んだ。
  それは硬直したまま火葬場に運ばれ、そこで燃やされて灰と化
  すのだ。
  だがこの身体の死とともに私は死ぬのだろうか? 
  果たして身体が「私」なのだろうか?
  身体は沈黙し、それ自体に生命力はない。
  だが私は自分の人格の完全な力を感じているし、それとは別に、
  私の内側で「私」という声さえ感じる。
  それゆえ、私は身体を超越した霊性なのだ。
  身体は死ぬ。
  だが、それを超越した霊性は死によつて触れられることばない。
  それゆえ、私は不滅の霊性なのだ』。
 これらはけつしてとりとめのない漠然とした考えなどではなかつ
 た。
 それはほとんど何の思考過程もなしに直接知覚された生きた真理
 として、鮮やかに私にひらめいたのである。
 『私』とは真に実在する何かであり、私の現在の状態において唯
 一真正なものだつた。
 そして身体と結びついた意識的な活動はすべて『私』を中心とし
 ていた。
 その瞬間から、『私』あるいは真我は、強力な魅惑をもってして
 それ自身に注意を集中するようになつた。
 死の恐怖は永遠に消え失せた。
 それ以来、真我への没入は揺るぎなく不断のものとなつた。
 他の想念は音楽のさまざまな音階のように来ては去つてゆくが、
 『私』は基底のシュルテイ音のようにすべての他の音の根底にあ
 つて、それらと交わり調和していた。
 身体が会話や読書や他の活動に従事していようとも、私は『私』
 に中心が定まつたままだった。
 
 この一大転機が起こる以前は、私は真我のはっきりした認識をも
 たず、意識的にそれに興味をもったこともなかった。
 私は真我に相当の、または直接の興味をもったこともなかったし、
 ましてその中に永遠にとどまろうとは思ってもいなかったのであ
 る。
             『ラマナ・マハルシの伝記』(p20-22)
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……。(-_-)

この体験のわずか六週間後に……マハルシはアルナーチャラに向け
て……出発するわけです。

もちろん……こういう死の疑似体験が……そのまま覚醒につながる
ようなケースは……滅多に存在しないでしょう。

しかしそれとても……ヴェンタカラーマンという青年が……このよ
うな偉業を……成し遂げたわけではない。

変化の相自体のなかには……どんな叡智もありえません。

実在が……現れの世界に……このような形で……滲みでてきた……
ということでしょう。

でも……これほど特殊でなくとも……擬似的な死を……体験するこ
とは……あるわけです。

禅などで言う……「見性」が……それに当たるのでしょう。

マハラジの……「真我の実現」に……当たる言葉だと思います。

一般的には……マインドによる理解と……一切のマインドを排除す
る修練によって……顕在化する状態なのでしょう。

「悟り」と言っても……じつに多様なイメージがあるものです。

このメルマガを書きだした頃は……もちろん……個人が悟るのだと
……思っていました。

そして……もしできることなら……自分も悟りたいものだと。

でも……ニサルガダッタの言葉に出会い……アドヴァイタを知って
から……悟る個人など存在しない……という概念を知りました。

現象世界は……波動世界であり……波動に織り込まれていない……
分離した実体など……たとえあったとしても……現象できない。

現象もせず……知覚もできず……想像もできないものを……われわ
れが問題にすることは……ありえない。

となると……われわれが抱える不幸の種は……すべて現象世界のな
かに……あることになります。

ところが……厄介なことに……現象世界のなかに……幸福の条件を
求めるかぎり……不幸は確定してしまう……ようなのです。

なぜなら……現象世界は……変化の絶えない世界であるために……
その幸福の条件を……固定することはできないからです。

現象のなかで望ましい状況が手に入っても……いつかは必ず……そ
れと別れなくてはなりません。  【愛別離苦(あいべつりく)】

現象のなかで幸福の条件を定めれば……必ず疎ましい状況に出会わ
ざるをえません。        【怨憎会苦(おんぞうえく)】

現象のなかで幸福の条件を追求すれば……必ず得られない苦しみを
味わうことになります。      【求不得苦(ぐふとくく)】

現象のなかで幸福の条件を求めていれば……必ず欲望が肥大し……
依存症に苦しむことになります。【五蘊盛苦(ごうんじょうく)】

現象世界のなかで……幸福を求める者は……現象世界中毒という…
…依存症にならざるをえない……というわけです。

何という……正確さでしょう。

これではまるで……現象のなかに幸福の条件を求めるのは……不幸
に立候補するようなものではありませんか。

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 生命への執着は不幸への執着だ。
 私たちは私たちに苦痛を与えるものに執着するのだ。
 私たちの本性とはそんなものなのだ。
                     『私は在る』(p436)
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マハラジのこの言葉が……けっして極端とは聞こえなくなります。

幸福を求めるということは……自ら不幸であると……宣言している
るだけではない。

幸福を求めるとは……暗黙に……幸福が条件に依存することを……
含意することになります。

それは取りも直さず……幸福の条件が……現象世界のなかにあると
……宣言することにもなる。

しかし……いったん……幸福が……現象世界の条件に依存すること
になってしまったら……どういうことになるか。

現象世界とは……その条件の消滅が……約束された世界です。

われわれは……幸福を約束する蜃気楼を……永遠に追いつづけ……
なくてはならなくなる。

この状況が……さらに深刻なジョークなのは……現象世界には……
何かを追求する実体など……じつは存在しえないからです。

なぜなら……波動世界のなかに……本質的にまわりの波動に逆らう
波動は……織り込むことはできません。

つまり波動世界には……本質的な分離は……存在しえない。

ただ……許容可能な……不協和音として……織り込めるだけです。

つまり……現象世界のなかに……分離・独立した実体など……もと
もと……在りえないわけです。

分離というものは……見かけのなかにしか……存在できない。

つまり波動世界のなかで……何かを追求するとは……許容限度内の
不協和音として……見かけの苦しみを……実現する意味しかない。

現象世界のなかでの……努力とは……極端な“自惚れ”による……
“架空の苦しみ”……という以外の意味はないのです。

(*-_-*)

ただここに……誰の目にも明白な秘密……公然の秘密があります。

それは……幸福を追求している自分が……映画のなかに姿を見せて
……登場しているという……明々白々の事実です。

映画のなかの自分が……その映画のなかで……幸福になることはあ
りえない……シナリがそうなっているのでないかぎり。

映画のなかの自分が……その映画のなかで……幸福になろうとする
ことに……果たして意味があるだろうか?

もしわたしが……その映画を観ていたら……映画の登場人物のその
努力は……とても悲しく……滑稽に見えるでしょうね。(;_;)

(-_-)

現れはすべて……分割不能の……ユニシティ(単一性)。

だから……悟ることができる存在も……悟らないことができる存在
も……ともに……ここには存在しないわけでした。

いわゆる「悟り」とは……要するにただ……個人が存在しうるかの
ような幻想が……解体することでした。

個人が存在しないのなら……個人が存在するという前提で紡ぎ出さ
れる……すべての思考と感情は……誤解に基づく想像です。

かくて……思考と感情に基づく……すべての物語は……崩壊します。

織り込まれているものには……内在する物語は……ありません。

その“見かけ”をきっかけに……想像された物語……以外には。

現象するものはすべて……織り込まれ……包摂されて……許されて
……現象しているのです。

そこに本来内在する……感情も……意味もありません。

ある意味で……すべては許容され……愛されて……存在しています。

なぜなら……すべてを包摂する者だけが……すべてを見ている者で
ありうるのですから。

つまり……それは……変化する現れの世界のなかで……不動の者。

生きる者たちのなかで……既に死んでいる者。

揺らめく死物のなかで……ただひとり……生きている者。

「私は在る」……。

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 あなたの非依存性を自覚し、幸せでありなさい。
 あなたに言おう。
 これが幸福の秘密なのだ。
 あなたの幸せがものごとや人びとに依存すると信じることは、自
 己の真の本性に関するあなたの無知によるものなのだ。
 自己知識を除いては、幸せとなるために必要なものは何もないと
 知ることが智慧なのだ。
                     『私は在る』(p523)
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(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
                     『私は在る』(p421)
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はい。(-_-)

(-||-)

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 永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
                   『あるがままに』(p58)
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……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


       ………○…………○…………○………


『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
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おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
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       ………○…………○…………○………


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るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。


       ………○…………○…………○………


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       ………○…………○…………○………


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■ 2.編集後記:ひたすら……その“自分”のために……
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この“自分”が……実は存在しないということを……知的には……
理解しています。

でも……ひたすら……その“自分”のために……書いています。

あるいは……書くことが……起こっています。

それ以外に……書く理由がありませんから。

今日は……ボブさんの翻訳を……入れる時間がありませんでした。

でも……なかなか……楽しかった。

おやすみなさい。

<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  → メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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