home > 通信 >『アセンション館通信』第536号:“空想”と“盥回し”のための装置



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2014/07/13(第536号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人 pari と称するあるパターンに
浮上している心象風景の報告です。

わたしが在るがゆえに、その光のなかにすべての現象は現れる。
わたしの幸せは在ることのなかにあり、現象のなかにはない。

現象に注意を向けることが夢を見ること、見かけへの努力を放棄し、
何も起こっていないことを思いだすために探求が起こっている。

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在873名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.“空想”と“盥回し”のための装置

2.ラングフォードの言葉:【第五章 
  自由を求めるきわめて強烈な欲望を目覚めさせる方法】(2)

3.編集後記
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■ 1.“空想”と“盥回し”のための装置
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台風が過ぎると、暑い夏になるようですね。

外から蝉の声が聞こえているのか、それともいつもの耳鳴りにすぎ
ないのか。

いずれにせよ、ただの現れです。

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ
「私は在る」噺に、お付き合いいただく今がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/

みなさま固有の「私は在る」を、いかがお過ごしでしょうか?

真実というものがあるのだと思っていました。

まあ、そういうことがあります。

子供のころ、なぜか自分の部屋に新潮社の『風の又三郎』という本
があったんです。

今思うに、たぶん、意図的に置かれていたのかもしれません。

宮澤賢治は真実というものがあると思っていた人だと思います。

その確信があるから、ああいう作品世界を書けたんでしょうね。

じゃあ、その真実というのはどんなものなんだというと、やっぱり
こういうような観念だったのだろうと思います。

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 ……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……
  
  おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
  もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
  われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
  近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於
  て論じたい
  世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
  自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
  この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
  新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
  正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じ
  て行くことである
  われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である
  
  「農民芸術概論綱要」序論から
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もちろん、子供のころ『風の又三郎』を読んだとき、そんなことは
知りやしません。

でもそういう観念につながる萌芽のなかにいたことは間違いないで
しょう。

そして本当のところ何が真実なのか、それを知りたいと思うように
なるわけですよね。

それがpariパターンとして紡がれた夢だったわけです。

真実は、もちろん、現象世界のなかにあるのだと思っていた。

現象世界が、存在するすべてだと思っていた。

ラングフォード流の言い方をするなら、エゴの維持戦略そのものの
手玉に取られていたわけです。

この比較と優劣の仮初めの現象世界のなかに、真実というものがあ
りうるのだと思っていたわけです。

そこではどんな疑問が起こっても、ああ問えば、こう言う、という
具合で、いくらでも次の画面に盥回しされるわけですから。

自己同化の道をまっしぐらに邁進したpariパターンの場合は、入っ
てくるその時々のマイブームに毎回真面目に取り込まれました。

提示される真理を全身で理解しようとするのですが、でも、何故そ
んなプロセスが必要なのかという疑問も出てきました。

どんな理解に熱中していても、いつか、でも何故そんなものが必要
なんだろう、という疑問がまた戻ってきてしまうわけです。

もし、それが真実で、その理解が正しいのなら、ではなぜ、最初か
らその理解だけで安定していないのか、というわけです。

どうして、途中のこの無用な苦しみが必要なのかと。

まあ、そういう意味では、ドストエフスキーの『悪霊』のイワンや
キリーロフには震撼しました。

埴谷雄高さんの『死霊』に、何かがあるかもしれないと、思ったこ
ともあります。

現象世界がただの“空想”と“盥回し”のための装置にすぎないこ
とを理解するのに、まあ一生を使ったわけです。

Oshoはいつもほのめかすだけですから、まあ、わかる人にしかわか
りません。

それと、自分が話すことの半分の責任は、聴衆であるあなた方にあ
る、と明言するようなタイプのグルですから。

ま、誰が悪いわけでもありません。

誰かなど、エゴが紡ぐ夢のなかに現れることはあっても、もともと
はじめから存在しないのですから。

pariパターンも、その存在を信じているエゴの夢のなかにしか現れ
ていない。

目が覚めれば、どこにも存在していないことが自明なのでしょう。

結局、単純な事実を知るには、ニサルガダッタにご登場願わなけれ
ばなりませんでした。

マハラジは、知覚可能なもののなかに真実などない、という単純な
事実を明快に伝えてくれました。

最初から、終始一貫、誤解の余地なく、明快に伝えてくれているの
に、それを納得するのに十年近くもかかってしまった。(*-_-*)

浮上するマインドの解釈を除けば、それはただのあるがままです。

マハラジは自分が語る「真実」について、次のように言います。

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 私の言うことは真実でも、あなたにとっては、それはただの理論
 となってしまう。
 どうすれば、あなたはそれが真実だと知るようになるだろうか? 
 聞きなさい、覚え、熟考し、視覚化し、体験しなさい。
 あなたの日々の生活においてそれを生かしなさい。
 私に対して忍耐強くありなさい。
 特に自分自身に対して忍耐強くありなさい。
 なぜなら、あなたがあなたのただひとつの障害だからだ。
 道はあなたを通ってあなたを超えていく。
 特定のものだけを真実、意識、そして幸福だと信じているかぎり、
 そして非二元性の実在を何か想像上の抽象的理念として拒否する
 かぎり、あなたは私が観念と抽象的理念を与えていると見なすだ
 ろう。
 しかし、ひとたびあなたが自己の存在の真実に触れたなら、私が
 言い表してきたことが、あなたにとってもっとも身近で、もっと
 も親愛なるものだということがわかるだろう。
 
 『私は在る』(p183)
------------------------------------

(-||-)

> どうすれば、あなたはそれが真実だと知るようになるだろうか? 

はい。

> 聞きなさい、覚え、熟考し、視覚化し、体験しなさい。

(-_-)O

> あなたの日々の生活においてそれを生かしなさい。

(-_-)?

> 私に対して忍耐強くありなさい。
> 特に自分自身に対して忍耐強くありなさい。
> なぜなら、あなたがあなたのただひとつの障害だからだ。

たしかに。(-_-)

ありがとうございました。m(_ _)m

そして、自分が何かについては、マハラジはこう言います。

------------------------------------
 あなたが何ではないか、ということを知ればそれでいい。
 あなたが何なのかを知る必要はない。
 なぜなら知識とは既知なるもの、知覚されるもの、あるいは観念
 としてしか表せないため、自己知識といったものはありえないか
 らだ。
 それゆえ、あなたが何なのかということは、完全な否定において
 しか表せない。
 あなたに言えることは、「私はこれではなく、あれでもない」と
 いうことだけだ。
 意図をもって「これこそが私だ」ということはできない。
 それはまったく意味をなさない。
 あれやこれ、と指し示すことができるものは、あなたではありえ
 ない。
 何かほかのものだとさえ言えない。
 あなたは知覚や想像を超えた何かだ。
 それにも関わらず、あなたなしでは想像も知覚もありえない。
 あなたはハートの感じること、マインドの考えること、身体の為
 すことを観察する。
 そのこと自体が、あなたはあなたが観察するものではないという
 ことを示唆しているのだ。
 あなたなしで知覚や体験が可能だろうか?
 体験とはかならず何かに帰属するものだ。
 誰かが、これは私の体験だと言明するのだ。
 体験者なくして体験はありえない。
 体験者が体験にその実在性を与えるのだ。
 あなたが体験できないもの、それに何の価値があるというのだろ
 う?
 
 『私は在る』(p24)
------------------------------------

> それゆえ、あなたが何なのかということは、完全な否定において
> しか表せない。
> あなたに言えることは、「私はこれではなく、あれでもない」と
> いうことだけだ。

この単純な事実を納得するのに、十年近くもかかったわけです。

それもこれもただ起こっていることです。

> あなたはハートの感じること、マインドの考えること、身体の為
> すことを観察する。

はい。

> そのこと自体が、あなたはあなたが観察するものではないという
> ことを示唆しているのだ。

この一言で、ニューエイジスピリチュアルはすべて、単なる汚れの
宇宙として放棄できます。

> あなたなしで知覚や体験が可能だろうか?

いいえ、けっしてそれはありえません。

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 自己の視点から見れば、世界は既知であり、至高なるものは未知
 だ。
 未知は既知に誕生を与え、しかも未知としてとどまる。
 既知は無限だが、未知は無限大の無限だ。
 光線がほこりの微少片にさえぎられないかぎり目に見えないよう
 に、至高なるものもすべてを既知にしながら、それ自身は未知と
 してとどまるのだ。
 
 『私は在る』(p85)
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> 光線がほこりの微少片にさえぎられないかぎり目に見えないよう
> に、至高なるものもすべてを既知にしながら、それ自身は未知と
> してとどまるのだ。

“ほこりの微少片”が“光線”をとらえて、定義しようとしても、
しょせん……それは無理です。

ふ。(-_-)

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 問題はあなたのものではない。
 それはただあなたのマインドの問題なのだ。
 あなたをあなたのマインドから分離することからはじめなさい。
 あなたはマインドではなく、その問題もあなたのものではないと
 思い起こすように堅く決心しなさい。
 
 『私は在る』(p143)
------------------------------------

> 問題はあなたのものではない。

これはニューエイジスピリチュアルの似たようなメッセージとは、
まったく違うものです。

> それはただあなたのマインドの問題なのだ。

そしてマインドの問題は、わたしの問題ではない。

> あなたをあなたのマインドから分離することからはじめなさい。

はい。

> あなたはマインドではなく、その問題もあなたのものではないと
> 思い起こすように堅く決心しなさい。

しつこく、誠実に、これをつづけるしかない。

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 もっとも正しいのは「私は在る」という純粋な感覚だ。
 忍耐強くそのなかにとどまりなさい。
 ここにおいては忍耐が智慧なのだ。
 失敗を思ってはならない。
 この仕事に失敗はありえないのだ。
 
 『私は在る』(p259)
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> もっとも正しいのは「私は在る」という純粋な感覚だ。
> 忍耐強くそのなかにとどまりなさい。

はい、ラングフォード師に方法を教わっています。

> ここにおいては忍耐が智慧なのだ。

わかりました。

> 失敗を思ってはならない。
> この仕事に失敗はありえないのだ。

(-||-)

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 私が教える道は、理解を通して至る太古からのシンプルな解放の
 道だ。
 あなたのマインドを理解しなさい。
 そうすればマインドはあなたをつかんでいる手をぱっと放すだろ
 う。
 マインドとは誤解するものだ。
 誤解がその本性そのものなのだ。
 正しい理解が唯一の治療法だ。
 あなたがそれをどう呼ぼうとも。
 理解の道はもっとも原初の、そして最新の治療法なのだ。
 なぜなら、それはマインドをあるがままに扱うからだ。
 
 『私は在る』(p540)
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> マインドとは誤解するものだ。
> 誤解がその本性そのものなのだ。

誤解が、マインドの本性そのものなんだ……。

> 正しい理解が唯一の治療法だ。

正しく理解すれば、ついにはマインドも明け渡す。

> あなたがそれをどう呼ぼうとも。
> 理解の道はもっとも原初の、そして最新の治療法なのだ。

はい。

> なぜなら、それはマインドをあるがままに扱うからだ。

「マインドをあるがままに扱う」……。

(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421)
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はい。

(-||-)

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 永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
------------------------------------

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


       ………○…………○…………○………


『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
https://www.ascensionkan.com/ndic/

新しい「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/rdic/

おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/


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■ 2.ラングフォードの言葉:【第五章 
    自由を求めるきわめて強烈な欲望を目覚めさせる方法】(2)
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『The Most Direct Means to Eternal Bliss』
(『永遠の至福への最も直接の手段』)の順次紹介をつづけます。

ラングフォードは、覚醒を求める強烈な欲望が起こるまで、この章
を毎日読むようにと言っています。

「それはしばらく待つことができるが、否定されてはならないのだ」
と語る、マハラジ流とはまた少し違います。

マハラジはマハラジ流、ボブさんはボブさん流、ラングフォードは
ラングフォード流です。

それがあるがままなのですから。

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(本文は配信メルマガでお読みください。)

 『The Most Direct Means to Eternal Bliss』(p56-60)
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今回は、ここまでです。

> 48. 自由を求めるきわめて強烈な欲望が生じると、これらの要請
>   は内側に向かい、他のものには向かわない。 

(-||-)

> 52. それは真の自己を、直接体験において知ることへの絶対の専
>   心と献身だ。 
>  
> 53. 解放に対するきわめて強烈な欲望が目覚めてからは、人生の
>   あらゆる瞬間が人間の夢から目覚めることに捧げられる。 

そういうことだったんですね。

> 67. もしあなたが自分の注意を思考から遠ざけ、気づきを見守る
>   気づきに向けて、毎日何時間もその眼差しを維持するなら、
>   最後にはエゴの夢が終わり、真の自己が体験されるだろう。 

はい。

> 79. すべての気晴らしと回り道と娯楽を捨て、毎日霊的実習ため
>   により多くの時間を作ることで、選択肢Aを選びなさい。

(-_-)

> 82. 毎日第五章を読むことは、自由を求めるきわめて強烈な欲望
>   を目覚めさせるずっと簡単で迅速な手段だ。 
>  
> 83. ある人々は自由を求めるきわめて強烈な欲望を永遠に目覚め
>   させる洞察を得るだろう。
>  
> 84. しかし、大部分の人々にとっては、自由を求めるきわめて強
>   烈な欲望を目覚めさせることは、自由を求める欲望の搖れ動
>   く強さとの日々の闘いだ。 

たしかに。(*-_-*)

(-||-)

       ………○…………○…………○………


▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
というのを作らせていただきました。(^^;)

「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な
るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。


       ………○…………○…………○………


『アセンション館通信』への「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。

▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518


       ………○…………○…………○………


みおさんから、資料請求フォームからの依頼があると伺ったので、
掲載しておきます。(記事はこちら→ http://goo.gl/T0zQkh )

『乳酸菌発酵食品資料請求フォーム』
http://my.formman.com/form/pc/uIHqH7Nz40FzSYYe/


       ………○…………○…………○………



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■ 3.編集後記:
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ときどき連絡しあう古い友人から最近電話をもらいました。

このメルマガに登録してくれているみたいで、たまに見ることがあ
るみたいなんです。

相変わらずやってるんだなぁと、ある意味でちょっと感心されてし
まいました。(^^;)

ですよね。

よくもこんな話題で、いつまでも書きつづけられるもんだと、自分
だって思いますもん。

ま、すべてはただ起こっているだけです。

夢のなかで。

放心すれば、それは現れるわけですから。

今日はまだまだ明るいようです。

<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  → メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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