━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆『アセンション館通信』2014/08/24(第542号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇
このメルマガはアセンション館主人 pari と称するあるパターンに
浮上している心象風景の報告です。
無限定の実在が在るゆえに、その光の中にすべての現象は現れる。
無限定で在ることが幸せ、限定された現象であることが苦楽。
個別の現象への自己同定(エゴ)が夢を見ること、無限定の実在へ
の自己同定が眼覚めること。すべての現象はエゴの夢。
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在872名
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◇◇ もくじ ◇◇
1.偽りを偽りとして見る
2.ラングフォードの言葉:【第七章
「気づきを見守る気づき」法 実習指示 予備的指示】(2)
3.編集後記
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■ 1.偽りを偽りとして見る
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数日暑い日がつづきましたが、今日はしっとりと湿って涼しい。
もちろん、いろいろな現象が起こりますが、でも現象世界に重要な
ことは何もないと感じられるので、その意味では楽です。
> 重要なことは、あなたの無意識が意識に対抗しないこと、すべて
> のレベルでの統合があることだ。
> 知ることは重要なことではないのだ。(『私は在る』(p403))
と教わっているので。
(*^_^*)
さて、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ
「私は在る」噺に、お付き合いいただく今がやってまいりました。
『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/
みなさま固有の「私は在る」を、いかがお過ごしでしょうか?
いわゆるニューエイジのスピリチュアル文献などに“本当の自分”
とか“真の自己”を発見するというような言い方があります。
つまり、われわれは“本当の自分”を知らない、というわけです。
それで“本当の自分”を発見して、その“本当の自分”を実現する
旅を始めるわけです。
もちろん、そういう観点にケチをつけるつもりはありません。
現象にはそういうことが含まれている、というだけなので。
でも、言語化された文献のなかにも、とても明瞭な表現があるんで
すよね。
すでにそれに出会っているのだから、それを無視しなければいいだ
けだと思います。
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質問者 私の知っていることは、私自身を知らないということだ
けです。
マハラジ
自己を知らないということをどうして知るのだろう。
あなたの直接の洞察が、何よりもあなた自身を知っていると告げ
ているのだ。
なぜなら、ものの存在を体験するあなたがそこにいないかぎり、
何も存在することはできないからだ。
あなたは自己を描写できないために、自己を知らないと想像して
いるのだ。
あなたはつねに、「私は在るということを知っている」と言うこ
とができる。
そして「私はいない」という表明を偽りとして退けることだろう。
だが、何であれ描写できるものはあなた自身ではありえない。
そしてあなたであるものを描写することはできないのだ。
あなたは自己定義や自己描写を試みることなしに、あなた自身で
在ることによってだけ、自己を知ることができるのだ。
あなたが知覚可能、想像可能なものは何ひとつあなたではありえ
ず、何であれ、意識の領域に現れるものは自己ではないとひとた
び理解したなら、より深い自己実現への唯一の方法として、すべ
ての自己同一化を断ち切ることだろう。
否定することによって、文字どおりあなたは、まさにロケットの
ように進歩するのだ。
あなたが身体のなかにもマインドのなかにも存在せず、しかもそ
の両方に気づいていると知ることは、すでに自己知識なのだ。
『私は在る』(p537)
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> 質問者 私の知っていることは、私自身を知らないということだ
> けです。
スピリチュアル文献を読む多くの人がハマる思い込みです。
もちろん、pariパターンもそれを信じていました。
でもそれは、ボブさんも何度も教えてくれているように、体験を求
めているだけなんですよね。
そして、“自分”が信じる素晴らしい体験に、自己同化しようとし
ているだけのことだと思います。
でも、マハラジはここで、とても懇切丁寧に、その誤解の根を断っ
てくれています。
> マハラジ
> 自己を知らないということをどうして知るのだろう。
ここです。
「自己を知らないということをどうして知るのだろう」
「自己を知らない」と言っているあなたは、いったい誰なのか?
> あなたの直接の洞察が、何よりもあなた自身を知っていると告げ
> ているのだ。
え。(?_?)
> なぜなら、ものの存在を体験するあなたがそこにいないかぎり、
> 何も存在することはできないからだ。
(@_@) ⌒★?
決定的ですね。(-_-)
(-||-)
あなたはすでに存在するではないか、と。
> あなたは自己を描写できないために、自己を知らないと想像して
> いるのだ。
まったくです。
> あなたはつねに、「私は在るということを知っている」と言うこ
> とができる。
はい。
> そして「私はいない」という表明を偽りとして退けることだろう。
はい、「私はいない」とは言えない。
もし、そう言ったら、それはたちまち偽りになってしまう。
「私はいない」と言っているあなたがいるではないか、と。
> だが、何であれ描写できるものはあなた自身ではありえない。
この言葉にどれだけ全面的に共振できるかだと思います。
定義を担うものは、自分(真我)ではありえないということに。
> そしてあなたであるものを描写することはできないのだ。
描写したとたんに、私であるものはそこから抜けだしている。
実在が定義を担うことはできないから。
無限は限定された何かではありえないから。
鏡の汚れはもはや映しだすことはできないから。
> あなたは自己定義や自己描写を試みることなしに、あなた自身で
> 在ることによってだけ、自己を知ることができるのだ。
これが「私は在る」の「実在」側の姿ですよね。
> あなたが知覚可能、想像可能なものは何ひとつあなたではありえ
> ず、何であれ、意識の領域に現れるものは自己ではないとひとた
> び理解したなら、より深い自己実現への唯一の方法として、すべ
> ての自己同一化を断ち切ることだろう。
これしか在りえない。(-||-)
> 否定することによって、文字どおりあなたは、まさにロケットの
> ように進歩するのだ。
ああ……。
> あなたが身体のなかにもマインドのなかにも存在せず、しかもそ
> の両方に気づいていると知ることは、すでに自己知識なのだ。
……。(-_-)
ありがとうございました。
(-||-)
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私が教える道は、理解を通して至る太古からのシンプルな解放の
道だ。
あなたのマインドを理解しなさい。
そうすればマインドはあなたをつかんでいる手をぱっと放すだろ
う。
マインドとは誤解するものだ。
誤解がその本性そのものなのだ。
正しい理解が唯一の治療法だ。
あなたがそれをどう呼ぼうとも。
理解の道はもっとも原初の、そして最新の治療法なのだ。
なぜなら、それはマインドをあるがままに扱うからだ。
『私は在る』(p540)
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> 私が教える道は、理解を通して至る太古からのシンプルな解放の
> 道だ。
はい、初めてこの言葉の意味が入ってきたような気がします。
> あなたのマインドを理解しなさい。
(-_-)
> そうすればマインドはあなたをつかんでいる手をぱっと放すだろ
> う。
……。(-_-)
> マインドとは誤解するものだ。
たしかに。
> 誤解がその本性そのものなのだ。
はい。
> 正しい理解が唯一の治療法だ。
そうなんですね。
> あなたがそれをどう呼ぼうとも。
> 理解の道はもっとも原初の、そして最新の治療法なのだ。
「もっとも原初の、そして最新の治療法」……。
ほんとだ……。
(-||-)
> なぜなら、それはマインドをあるがままに扱うからだ。
マインドを……あるがままに……自分ではないものとして……扱う
からだ。
(-||-)
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完成を知ることはできない。
あなたは未完成だけを知ることができるのだ。
知識が存在するには、そこに分離と不調和がなければならない。
あなたはあなたではないものを知ることができる。
だが、あなたの真の存在を知ることはできないのだ。
あなたはあなたであるものとしてだけ在ることができる。
そのアプローチ全体が理解を通してのものだ。
それは偽りを偽りとして見るというものだ。
しかし理解するために、あなたは外側から観察しなければならな
い。
『私は在る』(p354)
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> 完成を知ることはできない。
そうか……。
そうなんだ……。
(-||-)
> あなたは未完成だけを知ることができるのだ。
そうなんですね。
だからわたしはpariパターンを知ることができるんだ。(-_-)
> 知識が存在するには、そこに分離と不調和がなければならない。
あ。(@_@)
「知識が存在するには、そこに分離と不調和がなければならない」
なるほど。(-_-)
> あなたはあなたではないものを知ることができる。
わかりました。
> だが、あなたの真の存在を知ることはできないのだ。
了解です。
わたしは“真の自己”を知ることはできない。(-_-)
> あなたはあなたであるものとしてだけ在ることができる。
ここ、ちょっと気になったので、英語を確かめてみました。
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You can be only what you are.
『I AM THAT』(p98)
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なるほど。
翻訳者の福間巌さんもここを翻訳するとき悩まれたでしょうね。
> You can be only what you are.
「あなたはあなたであるものとしてだけ在ることができる」
たしかに、このようにしか訳せないかもしれません。
あなたは本来のあなたとしてだけ在ることができる。
あなたが在ることができるのは、本来のあなたとしてだけだ。
在ることができるのは、本来のあなただけだ。
どう言っても、同じですね。(^^;)
言葉を換えれば、あなたであるもの以外は、すべて現れることがで
きるだけだ、ということでしょうか。
つまり、逆に言うと、現れることができるもの、現象できるものは、
すべてあなたであるものではない。
すべての現象は現れるだけで、「在る」ことはできないのだ。
だから、あなたが気にするようなことは、すべて気にする必要のな
いことなのだ、と。
いずれにせよ、それは“現れ”、つまり“見かけ”であり、あなた
ではないからだ。
……。(-_-)
> そのアプローチ全体が理解を通してのものだ。
まったくです。
> それは偽りを偽りとして見るというものだ。
「偽りを偽りとして見る」……。
マインドに起こりうることは、そこまでだな。
> しかし理解するために、あなたは外側から観察しなければならな
> い。
理解するために、わたしは“見かけ”を観察しなければならない。
そうか……。
(-||-)
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(存在の感覚以外のすべてから)注意を退けなさい。
ものごとが去来するにまかせなさい。
欲望や思考もまた、ものごとなのだ。
それらを無視するがいい。
遙かなる昔から、あなたのマインドの鏡は出来事のほこりで覆わ
れてきたため、あなたには記憶しか見えなくなっているのだ。
ほこりが積もってしまう前に払い落としなさい。
あなたのマインドの真の本性が発見されるまで、それが古い層を
露にしていくだろう。
それはすべてとても容易なことだ。
誠実で忍耐強くありなさい。
ただそれだけだ。
無執着、冷静さ、欲望と恐れとすべての利己主義からの自由、気
づき、記憶と期待からの自由、これこそ発見が起こりうるマイン
ドの状態だ。
結局のところ、解放とは発見することの自由なのだ。
『私は在る』(p513)
------------------------------------
> (存在の感覚以外のすべてから)注意を退けなさい。
(-_-)
> ものごとが去来するにまかせなさい。
……。
> 欲望や思考もまた、ものごとなのだ。
わかります。
> それらを無視するがいい。
……。(-_-)
知覚の対象も、それをきっかけに湧いてくる想念も、すべて知覚可
能なものごとであり、無視しなさい、ということですね。
> 遙かなる昔から、あなたのマインドの鏡は出来事のほこりで覆わ
> れてきたため、あなたには記憶しか見えなくなっているのだ。
はい。
> ほこりが積もってしまう前に払い落としなさい。
(*-_-*)
> あなたのマインドの真の本性が発見されるまで、それが古い層を
> 露にしていくだろう。
……。
> それはすべてとても容易なことだ。
そんな。
> 誠実で忍耐強くありなさい。
(;_;)
> ただそれだけだ。
わかりました。
> 無執着、冷静さ、欲望と恐れとすべての利己主義からの自由、気
> づき、記憶と期待からの自由、これこそ発見が起こりうるマイン
> ドの状態だ。
そうか……。
そうだろなぁ。
> 結局のところ、解放とは発見することの自由なのだ。
After all, liberation is but the freedom to discover.
そうか……。
(-||-)
マハラジはこれほど懇切丁寧に伝えてくれていますが、もちろん、
個々の夢がこんな言葉を理解したいわけではありません。
ラングフォード師が言う「エゴの維持戦略」が、懸命に別の遠回り
を捏造してきます。
なので、当然、“真の自己”の実現とか、上位次元とか、ハイヤー
セルフ、進化、使命といった物語に誘導しようとするでしょう。
そういう観点に異を唱えるつもりはありませんが、一応、ご存知の
とおりのマハラジの言葉もご紹介しておきます。
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そこに探求すべき第二の、あるいは高次の自己というものはない。
あなたが最高位の自己なのだ。
ただ、あなた自身に関する偽りの観念を捨て去りなさい。
あなたは身体、そしてその欲望と恐れではなく、またマインドと
その幻想的な観念でもなく、社会があなたに演じるように強要し
た個人としての役柄でもないと、信念と理性があなたに告げてい
るのだ。
偽物を捨て去りなさい。
『私は在る』(p536)
------------------------------------
> そこに探求すべき第二の、あるいは高次の自己というものはない。
> あなたが最高位の自己なのだ。
こういう言葉が、嬉しいかどうかですよね。
“見かけ”のなかにはそのどちらのパターンも現れるはずです。
でも、存在しているものは存在している。
存在していること以外に「実在」を証明できるものはないので、それ
が最高位の自己ということですよね。
あなたは存在している、だからあなたは最高の自己なのだ。
わたしは存在している、だからわたしは最高の自己だ。
あえて自ら“物語”のなかに降りさえしなければ。
> ただ、あなた自身に関する偽りの観念を捨て去りなさい。
はい。
> あなたは身体、そしてその欲望と恐れではなく、またマインドと
> その幻想的な観念でもなく、社会があなたに演じるように強要し
> た個人としての役柄でもないと、信念と理性があなたに告げてい
> るのだ。
はい、わかります。
> 偽物を捨て去りなさい。
はい。
(-||-)
------------------------------------
私はすでに、あなたが違いを見るとき私は見ないという、とても
意味深い手がかりを与えた。
私にとってはそれで充分だ。
もしあなたがそれで充分ではないと思うならば、私はただ繰り返
そう。
それで充分だ。
それについて深く熟考しなさい。
そうすれば、私が見ているものをあなたも見るだろう。
『私は在る』(p186)
------------------------------------
> 私はすでに、あなたが違いを見るとき私は見ないという、とても
> 意味深い手がかりを与えた。
(-_-)
> 私にとってはそれで充分だ。
はい。
> もしあなたがそれで充分ではないと思うならば、私はただ繰り返
> そう。
(-_-)?
> それで充分だ。
(@_@)
> それについて深く熟考しなさい。
(-_-)
> そうすれば、私が見ているものをあなたも見るだろう。
……。(*-_-*)
(-||-)
------------------------------------
あなたは在る。
ほかのすべては現れにすぎない。
『私は在る』(p421)
------------------------------------
はい。
(-||-)
------------------------------------
永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
真我として在りなさい。
それが至福である。
あなたはいつもそれなのである。
『あるがままに』(p58)
------------------------------------
……。(-_-)
ありがとうございました。<(_ _)>
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(_ _)m
………○…………○…………○………
『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html
ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
https://www.ascensionkan.com/ndic/
新しい「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/rdic/
おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/
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■ 2.ラングフォードの言葉:【第七章
「気づきを見守る気づき」法 実習指示 予備的指示】(2)
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『The Most Direct Means to Eternal Bliss』
(『永遠の至福への最も直接の手段』)の順次紹介をつづけます。
今回の部分は、具体的な「気づきを見守る気づき」法の実習指示に
入る前の、予備的な指示の後半部分です。
とても懇切丁寧で、誤解の余地はまったくありません。
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(本文は配信メルマガでお読みください。)
『The Most Direct Means to Eternal Bliss』(p79-81)
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今回は、ここまでです。
これほどまでに誤解の余地のない言葉で書かれているので、意味が
わからないとか、取り違えるということはないと思います。
ただ、マハラジが言うように、
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だが、あなたはほかのことにもっと興味がある。
そしてあなたはその興味と闘うことはできないのだ。
『私は在る』(p475)
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というわけなので、pariパターンを含め、個々の夢には、時節がら
起こるべきことが起こっているのだと思います。
次回は、実習指示の「記述」です。
(-||-)
………○…………○…………○………
▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
というのを作らせていただきました。(^^;)
「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な
るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。
………○…………○…………○………
『アセンション館通信』への「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。
▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518
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■ 3.編集後記:
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今日はちょっと、秋の風を感じさせるような日ですね。
涼しくて気持ちがいい。
このまま秋になるわけじゃないだろうけど。
今日はまだまだ明るいです。
<(_ _)>
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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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→ メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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