home > 通信 >『アセンション館通信』(第655号):起こることは起こる



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2016/10/30(第655号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに
浮上している心象風景の報告です。

現象がpariに起こっているかぎりpariの苦しみは避けられない。

pariとは誰か、そういう者は本当に存在しているのか?

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在870名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.起こることは起こる

2.編集後記
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■ 1.起こることは起こる
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今日は土曜日、

夢のなかは曇天下に無風の空間が広がっています。

ただ遠い南の稜線の上に薄明るい光が見えていますが。

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、

お付き合いいただく今がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。

みなさま固有の「私は在る」を、いかがお過ごしでしょうか?

もちろん、“自分”という分離の感覚は居座っています。

ただ、その自分が何かをできるという確信は

昔ほどには残っていない。(*^_^*)

もうほとんど残っていないような気さえします。

自分が努力して何かをできるという気はあまりしません。

かといって、まったくの無努力でいられるかと言えば、

そんなことが起こっているわけでもない。(^^;)

普通に、欲望と恐怖に突き動かされて、

いろいろ右往左往しているだけです。

つまり、まだ努力が必要なので

努力が起こっているというわけです。

──────────────────
 努力が必要となるときは、
 努力が現れるだろう。
 努力を要しないことが本質的となったときは、
 それが現れるだろう。
 あなたが生を推し進める必要はない。
 
 『私は在る』(p157)
──────────────────

あはは。(*^_^*)

マハラジの言葉って、

どうしてこんなに小気味よく愛想っけないんでしょうね。

あまりにも当然の話ばかりで……。

でも、pariパターンの事実としては

まだまだ、

努力して生を推し進めようとしているわけです。

でも、それはpariパターンにとっては回避不能なことなので、

理屈から言っても

pariパターンという個別の実体が存在するわけでもない。

そこで、不可避の行為が起こっているだけです。


つまり、右往左往して一喜一憂することは、

実際は好んで苦しんでいるだけなのだけれど、

でもそれをやめらるわけでもない。

なぜなら、それをやめたり、やめなかったりできる

自分という実体が存在するわけではないからです。


ときどき、

自分が人殺しをするようなパターンでなくてよかった

と思うことがあります。

だって、夢のなかで実際に人殺しをして、

それを自分のしたことと思って

うなされるパターンだって実際にいるんでしょうね。

大変だと思いますよ。

大変だけど、

それをどうにかできる誰かがいるわけでもない。

それがpariパターンだったとしても文句は言えないわけです。

でも、それはちょっと敵わないなぁ、とも思います。

しかし、ありがたいことに、それは起こっていない。

こんな思いはすべて、

一瞬湧いてきた架空の観念にすぎません。

でも、それは起こったから、起こったのです。

それはただ、あるがままです。

つまり、他にどうしようもないことなんです。

そして、興味があるかぎり、

その状況への自己同化も起こるわけです。

──────────────────
 関心をもっているのはあなたなのだ!
 そして、その絵があなたの真実、
 愛、美の感覚と衝突するかぎり、
 あなたはそれに関心をもちつづけるだろう。
 調和と平和への熱望は、
 消し去ることのできないものだ。
 だが、ひとたびそれが満たされれば関心は去り、
 身体的生活は注意のレベル以下の
 努力を要しないものとなる。
 身体を得るか、身体を去るかは、
 あなたにとって同じこととなる。
 あなたには何ひとつ起こらないという地点に達するのだ。
 身体なしには殺されない。
 所有物なしには奪われない。
 マインドなしには騙(だま)されない。
 そこに欲望や恐れを引っかける留めクギもない。
 何の変化もあなたに起こらないかぎり、
 ほかに何の問題があるだろうか?
 
 『私は在る』(p488)
──────────────────

まったく、

マハラジの論理展開は完璧です。

よくぞこういう言葉を残してくださった。(-||-)

とはいえ、

こういう言葉を残した

マハラジという個人が存在するわけではない。

それはただ、

あるがままの上に現れたひとつの場面にすぎません。


いわゆるわれわれ凡夫が

様々なパターンとなって展開するしかないように、

いわゆる覚者の方々もまた

様々なパターンとなって展開するしかありません。

凡夫だけが百人百様であるわけではない。

覚者方もまた百人百様でしかありえないわけです。

それらの森羅万象の場面は

ただひとつの真我のなかに浮かんでいる、

という言い方もあるかもしれません。


トニー・パーソンズなら、

それもまた一種の二元分離的表現であって

ただ、唯一の存在が存在を見ているだけだと言うでしょう。


マハラジなら、こう言うかもしれません。

> あなたが世界として考えているものは、
> あなた自身のマインドなのだということを理解しなさい。

と。

──────────────────
 「私は在る」が変わらぬ事実だ。
 一方、「私は創造された」はひとつの観念だ。
 神も宇宙もあなたのもとへやってきて、
 彼らがあなたを創造したと伝えはしなかった。
 因果関係の概念に取りつかれたマインドが創造を発明し、
 そして「創造者は誰なのか?」と不思議がるのだ。
 マインド自体が創造者だ。
 これさえもまた完全な真実ではない。
 なぜなら創造されたものと創造者はひとつだからだ。
 マインドと世界はひとつだ。
 あなたが世界として考えているものは、
 あなた自身のマインドなのだということを理解しなさい。
 
 『私は在る』(p521)
──────────────────

> なぜなら創造されたものと創造者はひとつだからだ。

【創造されたものと創造者はひとつ】

マインドは、

このことを納得しようとしているのでしょうね。

> マインドと世界はひとつだ。

【マインドと世界はひとつ】……なのか。


この同じことを、

トニー・パーソンズなら

【存在が存在を見ているだけだ】と言うかもしれません。

すべての現れとすべての観念が

存在の現れなのですから。


見かけの上で起こる様々な森羅万象に

いろいろな解釈や観念が付随して現れます。

でも、それを起こしている誰かがいるわけではない。

これはマインドには理解不能のことです。


理解するマインドという実体が存在するわけではないから。

マインドは理解する実体ではない。

解釈を一瞬の想念として表現する媒体です。

すべては不可思議です。


起こることは起こる、

起こらないことは起こらない、

何かをできるような自分がいるわけではない。

というあまりにも当然のことなのではないでしょうか。


pariパターンのような

やたらと文字情報だけに付き合ってきたパターンには

こういう道しか残っていないのでしょう。

そしてこういう観念というか、マインドの解釈もまた

一場の場面にすぎないでしょう。

起こることは起こる……。

(-_-)

──────────────────
 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421)
──────────────────

(-||-)

──────────────────
 永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
──────────────────

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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■ 2.編集後記:
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今日は歯が痛くて。(^_-)

これから街の歯医者に行くつもりです。

歯が痛いと書くこともイタイかも。(*^_^*)

いつもイタイか。(^_-)

今日はこんなところで。

<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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