home > 通信 >『アセンション館通信』第690号:幸福になろうと駆りたてられる必要はない



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
  ☆☆   ☆☆ 
 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2017/07/02(第690号)
☆☆   ☆   ☆☆
☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪――
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 ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに
浮上している心象風景の報告です。

 苦痛から欲望が生まれ、苦痛のなかで欲望を満たそうとする。

 世界の根本原因は自己愛である。そのために私たちは快楽を探し
 求め、苦しみを避ける。自己愛を真我への愛に変えなさい。
 すると画面は変わってくる。(ニサルガダッタ)

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在862名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.幸福になろうと駆りたてられる必要はない

2.いただいたお手紙から:annaさん

3.編集後記
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■ 1.幸福になろうと駆りたてられる必要はない
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どんよりとした一面の雲が空を覆って

この瞬間の気分を構成しています。

とはいえこの気分が

過去の似たような曇天の日の気分と

同じだというわけでもなくて、

やはりこの瞬間だけの固有の気分です。

そしてこうした束の間の顕れに

意識の焦点が合っているこの瞬間にも

それを可能にしている唯一の実在として

「私は在る」。

真に存在しているのはそれだけ、

現れているのはただ一瞬の風景です。

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、

お付き合いいただく今がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。

この瞬間が今と違う瞬間であってほしいと、

物心ついてからこの何十年ものあいだ、

わたしは……そしてあなたも

願ってきたのかもしれません。

でも、どんな画面が現れても、

その画面で落ち着くことはなかったのです。

だいいち、その画面は長続きするものではないし、

たとえ少しの間続いたとしても、

そのときはわたしたちはまた

それとは違った瞬間を願ってしまうからです。

これはとても深い問題で、

わたしたちは

自分が全体から分離した独立存在だと信じてからこの方

つねにその瞬間とは別のものを願ってきたのでしょう。

埴谷雄高さんの《自同律の不快》にも、

この<今>への不快を顕す側面も

包含されていたかもしれませんね。

埴谷さんの《自同律の不快》そのものについては、

以前に書いたことがあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/vol346.html#1

このどんな瞬間にも“自分”の利害得失を想像して

別の画面を求めてしまうこのわたしたちの状態を

マハラジは“脱臼”に喩えています。

──────────────────
 関節がはずれているかぎり、
 脱臼(だっきゅう)したところが痛むように、
 そして関節がはめられたとたん、
 忘れ去られるように、
 すべての利己的関心は、
 ひとたび正常な状態に戻れば消えてしまう
 精神的な脱臼の症候なのだ。
 
 『私は在る』(p350)
──────────────────

> すべての利己的関心は、
> ひとたび正常な状態に戻れば消えてしまう
> 精神的な脱臼の症候なのだ。

もしこれが本当なら、

(そして本当に決まっていますが)

すばらしいことですよね。(*^_^*)

いちど正常な状態に戻りさえすれば消えてしまうのですから。

しかしその分離幻想のなかでは、

その分離幻想自体を維持すること目的として

どこまでも欲望が再生産されつづけるのです。

現象する欲望に自己同化した自分としては

けっして欲望から目をそらしたくはないらしい。

たしかに、実際、

現象構造体全体の都合が許す範囲で、

個人が欲望することによって

有利な状態が得られるつかの間の場面も現象するわけです。

しかし、

そんなことが見えきった視野から

マハラジは言います。

欲望を満たすことは、満足を生み出さない。

それはより多くの欲望を生みだすだけなのだと。

──────────────────
 満足だけがあなたを幸せにすることができるのだ。
 満たされた欲望は、より多くの欲望を生みだす。
 すべての欲望に近づかず、
 自然にやってくるものに満足していることは、
 非常に実りある、満ち足りた状態への前提となる、
 必須の状態なのだ。
 一見空虚で不毛に見えることに、
 不信をもってはならない。
 私を信じてほしい。
 欲望を満たすことが惨めさを生みだし、
 欲望から自由になることが至福なのだ。
 
 『私は在る』(p267)
──────────────────

> 満足だけがあなたを幸せにすることができるのだ。

この言葉が叙述していることは

それなりに納得の行くような気もします。

しかし、そんな気分がしたからと言って、それは

> 満たされた欲望は、より多くの欲望を生みだす。

という言葉が意味するものを

理解できていることにはなりません。

【満たされた欲望は、より多くの欲望を生みだす】だけだ、

という言葉の実質をあなたは感じることができますか?

あなたは、このマハラジの言葉に触れただけで、

無意味な奮闘から降りることができますか?

わたしにはできませんでした。

この言葉の意味の片鱗を垣間見るだけのために、

何度も何度も夢のなかの登場人物が

夢の筋書きの変更を迫るような努力を

せざるをえませんでした。(-_-;)

いわば“神の裏をかいて”

自分の望みで自分の運命を都合よく変えることができる

と信じるしかありませんでした。

そして何度も何度も

自分の身勝手な欲望に裏切られ続けました。(*^_^*)

まさにそれは、

ストレートな恩寵だったと言うべきかもしれません。

そして、いまやっと

こうしてこの言葉を味わい直しています。

> すべての欲望に近づかず、
> 自然にやってくるものに満足していることは、
> 非常に実りある、満ち足りた状態への前提となる、
> 必須の状態なのだ。

……なるほど。(;_;)

> 一見空虚で不毛に見えることに、
> 不信をもってはならない。

われながら

“自分の”欲望には騙されつづけました。(-_-)

欲望とはいったい誰のものなんでしょう?

わたしは……配達されてくる欲望(想念)を

すべて無視することはできませんでした。

> 私を信じてほしい。

信じる必要もなくなってから、

やっと意味が伝わってきています。(^_-)

> 欲望を満たすことが惨めさを生みだし、

そうなのかもしれません。

> 欲望から自由になることが至福なのだ。

まだ、それは知りませんが、

そのことを望み続けてもいるのです。(*^_^*)

これから実際にそれを味わったらいいですよね。

欲望についてのマハラジのコメントは単純です。

──────────────────
 質問者 悪い欲望や良い欲望、高次や低次の欲望
     といったものはないのでしょうか?
 
 マハラジ
 すべての欲望は悪い。
 だが、あるものはほかのものよりさらに悪い。
 欲望を追求してみなさい、
 かならず災難にであうだろう。
 
 『私は在る』(p88)
──────────────────

どうですか、これ。(^_-)

> 質問者 悪い欲望や良い欲望、高次や低次の欲望
>     といったものはないのでしょうか?

これは至極もっともな疑問だと思います。

ところが、マハラジの答えはつれないです。

(いま「つれない」の語源を調べてみました。(^^;)

 この「つれない」は、漢字で書けば「連れない」ですが、
 この場合の「連れない」は〈連れの相手がいない〉
 という意味での「連れ」ではなくて、
 「関連」の「連」で、
 「連れない」は〈関係ない〉ということだそうです。

 そこから意味が発展して、〈取り合わない〉
 〈人の気もちを汲もうとしない〉 という意味になり、
 さらに〈薄情な〉という意味になったのだとか。
 https://goo.gl/NkpneY )

脱線しました。

でも、本質的にはマハラジの欲望に関するコメントは

欲望と関係がないのではなく、

まさに、欲望の本質を解説しています。

> マハラジ
> すべての欲望は悪い。

すべての欲望は、

分離幻想を維持・強化するために

分離幻想自体から分泌されるのでしょう。

> だが、あるものはほかのものよりさらに悪い。

だから、どんな欲望にも、

程度の差はあっても、

分離幻想を維持・強化する以外の機能はないのです。

> 欲望を追求してみなさい、
> かならず災難にであうだろう。

もし欲望に目的があるとすれば、

欲望とは、分離幻想の観点からは

分離幻想の維持・強化を目的にするものであり、

真我の観点からするなら、

欲望とは、欲望への絶望を目的にしている

ことになるのでしょう。

だから覚者の対機説法は、

ときに応じてこんな風に展開されるのです。

──────────────────
 あなたの欲望を、
 実在以外にはそれを満たすことができなくなるほど
 増大させ、拡大させなさい。
 欲望が間違いなのではない。
 だがその狭さ、小ささが間違いだ。
 欲望とは献身だ。
 ぜひとも真実に、かぎりなきものに、
 生命の永遠のハートに献身しなさい。
 欲望を愛に変容させなさい。
 あなたが求めているのは幸福であることだけだ。
 あなたのすべての欲望はそれが何であれ、
 あなたの幸福への熱望の表現なのだ。
 基本的に、
 あなたはあなた自身の幸福を望んでいるのだ。
 
 『私は在る』(p229)
──────────────────

こういう言葉が向いた聴き手もいるでしょうね。

この聴き手の方はお医者さんで、

おそらく知的キャパシティの大きな方で、

まだまだ知ることに関心をお持ちなのでしょう。

> 欲望が間違いなのではない。
> だがその狭さ、小ささが間違いだ。

もっと大きな欲望を持ちなさい、と。

ポジティブなレトリックを使っています。

> 欲望とは献身だ。
> ぜひとも真実に、かぎりなきものに、
> 生命の永遠のハートに献身しなさい。

相手の方に届く言葉を語ったのでしょう。

> 欲望を愛に変容させなさい。

マハラジがこういう言葉を語るのは珍しいですね。

> あなたが求めているのは幸福であることだけだ。

それは確かです。

> あなたのすべての欲望はそれが何であれ、
> あなたの幸福への熱望の表現なのだ。

まさに。

> 基本的に、
> あなたはあなた自身の幸福を望んでいるのだ。

そのとおりです。(-||-)

どうやら、分離の幻想を生きている者、

夢を見ている者は欲望が何かを知らなければ

ならないようです。

マハラジは、欲望の本性についてこう語ります。

──────────────────
 欲望の本性とは、それを満たすために
 マインドが世界をつくり出すよう促すことだ。
 小さな欲望さえ、
 長い行動の連鎖を生みだすのだ。
 強い欲望ならばどうだろう?
 欲望は宇宙をも生みだす。
 その力は奇跡的なものだ。
 小さなマッチ棒が巨大な森林に火をつけることができるように、
 欲望も現象の現れに火をつける。
 創造の目的自体が欲望を満たすことなのだ。
 欲望は高尚なものかも、卑しいものかもしれない。
 空間(アーカーシュ)は中立的なものだ
 人はそれを何でも好きなように満たすことができる。
 何を望むのか、
 人はとても注意しなければならない。
 
 『私は在る』(p105)
──────────────────

> 欲望の本性とは、それを満たすために
> マインドが世界をつくり出すよう促すことだ。

なるほど、そういうことだったんですね。

> 小さな欲望さえ、
> 長い行動の連鎖を生みだすのだ。

そうか。(-_-)

> 強い欲望ならばどうだろう?
> 欲望は宇宙をも生みだす。
> その力は奇跡的なものだ。

なるほど。

> 小さなマッチ棒が
> 巨大な森林に火をつけることができるように、
> 欲望も現象の現れに火をつける。

はい。

> 創造の目的自体が欲望を満たすことなのだ。

意識のコンテンツの目的のすべては

欲望を満たすことなのか。(-_-)

> 欲望は高尚なものかも、卑しいものかもしれない。
> 空間(アーカーシュ)は中立的なものだ
> 人はそれを何でも好きなように満たすことができる。

そういうことか。

> 何を望むのか、
> 人はとても注意しなければならない。

(-||-)

そして、

われわれが欲望に駆り立てられる具体的状況について

マハラジはこんなことを教えてくれます。

これ、とても地味なしかし実質的視点かもしれません。

──────────────────
 幸福となるためにものが必要だと信じているかぎり、
 ものの不在によって不幸になるに違いない
 と信じることだろう。
 マインドは
 それが信じることにしたがって形づくられるのだ。
 それゆえ人は、
 幸福になろうと駆りたてられる必要はないのだと
 確信することが重要なのだ。
 
 『私は在る』(p505)
──────────────────

> 幸福となるためにものが必要だと信じているかぎり、
> ものの不在によって不幸になるに違いない
> と信じることだろう。

(*_*) ⌒★?

(-_-)

> マインドは
> それが信じることにしたがって形づくられるのだ。

そうか……。(-_-;)

われわれは本当に神なんだ……。

> それゆえ人は、
> 幸福になろうと駆りたてられる必要はないのだと
> 確信することが重要なのだ。

(-||-)

──────────────────
 あなたはつねに快楽を求め、苦痛を避けている。
 いつも幸福と平和を追い続けているのだ。
 あなたの幸福への探求自体が、
 あなたを惨めに感じさせているのがわからないだろうか?
 ほかの方法を試してみなさい。
 苦痛と快楽に無関心でありなさい。
 求めず、拒まず、
 永遠に存在する「私は在る」のレベルに、
 あなたのすべての注意を払いなさい。
 すぐにあなたは平和と幸福が
 あなたの本性そのものであることを悟るだろう。
 何か特定の経路を通してそれを探しだそうとすることが
 あなたをかき乱すのだ。
 障害を避けなさい。
 ただそれだけだ。
 探す必要はないのだ。
 すでにもっているものを探すことはない。
 
 『私は在る』(p258)
──────────────────

> あなたはつねに快楽を求め、苦痛を避けている。
> いつも幸福と平和を追い続けているのだ。

おっしゃるとおりです。

> あなたの幸福への探求自体が、
> あなたを惨めに感じさせているのがわからないだろうか?

……。(-_-;)

なんか……少しずつ

それが実感されてくるような。

> 何か特定の経路を通してそれを探しだそうとすることが
> あなたをかき乱すのだ。

本当にそうなのかもしれない。(-_-)

> 障害を避けなさい。
> ただそれだけだ。
> 探す必要はないのだ。
> すでにもっているものを探すことはない。

なんか、本当にそんな感じがしてきたなぁ。

わたしとは何か?

わたしはもっともっと

わたし自身に関心をもつ必要があるようです。

マハラジは、

【夢見る人はひとりだ】と言っています。

──────────────────
 夢は同じではない。
 だが、夢見る人はひとりだ。
 夢のなかでは、私が昆虫であり、私が詩人なのだ。
 私は光だ。
 その光のなかで、すべての夢が現れては消える。
 私は夢の内側と外側だ。
 頭痛もちの人がその痛みを知り、
 また自分がその痛みではないことを知っているように、
 私も夢を知り、私自身が夢を見、
 また見ないことを同時に知っている。
 私は私で在る。
 夢の前も、夢の間も、夢の後も。
 だが、私が夢のなかで見ることは、
 私ではないのだ。
 
 『私は在る』(p135)
──────────────────

> 夢は同じではない。

いかにも、夢は人の数ほどあるようです。

> だが、夢見る人はひとりだ。

【だが、夢見る人はひとり】……。

ということは、この夢見ているわたしは……。(-_-)

> 夢のなかでは、私が昆虫であり、私が詩人なのだ。

あ、なるほど。(@_@)

> 私は光だ。

はい。

> その光のなかで、すべての夢が現れては消える。

あーあ、そうか。

> 私は夢の内側と外側だ。

む! (@_@)

> 頭痛もちの人がその痛みを知り、
> また自分がその痛みではないことを知っているように、

わかります。

> 私も夢を知り、私自身が夢を見、
> また見ないことを同時に知っている。

うーむ。(-_-;)

> 私は私で在る。

はい。

> 夢の前も、夢の間も、夢の後も。

あーあ、そうか。(-_-;)

> だが、私が夢のなかで見ることは、
> 私ではないのだ。

(*_*) ⌒★?

【私が夢のなかで見ることは私ではない】

(-||-)

──────────────────
 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
──────────────────

(-||-)

──────────────────
 永久的なもの、それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
──────────────────

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


       ………○…………○…………○………


『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。
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ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
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おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。
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▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
というのを作らせていただきました。(^^;)

「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な
るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。


       ………○…………○…………○………


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■ 2.いただいたお手紙から:annaさん
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▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム:
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というのを作らせていただきました。(^^;)

「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な
るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。


       ………○…………○…………○………


今回、annaさんという方からはじめてのご投稿をいただきました。

早速、ご紹介します。

【件名】:はじめまして
──────────────────
 pariさん いつもありがとうございます
 
 実はpariさんのことはあまり存知ませんが、以前読者の方のメー
 ルより想像しますと、私も似通ったルートを歩んで来ているよう
 な気がしています
 
 「ただ在る」ことに至福や方向性を感じるにつれ様々な体験への
 興味が色あせてきて、何をするにもどちらでもよくなってしまい
 ます
 
 とはいえ、日常の特に仕事がらみの人間関係や、雑多なことはな
 くならず、それについて真面目に一生懸命になろうとすればする
 ほど、想念が表出してきて厄介な出来事を呼び
 
 むしろ出来事として現れるのが早くなっているようで、まだまだ
 いろいろ見せてもらっていますが・・・
 
 正直もう、いいよね〜 という感じになっています
 
 できれば、隠居のような平安な生活を早くしたいのですが、まだ
 56才で家族の扶養もある中、モチベーションが保てないでいます
 
 おそらく、pariさんのこの配信というお役目についてはご苦労が
 おありかとは感じますし
 
 今こうして書いている私も
 それはすべて自分の創造の一部なのだということもわかります
 が…
 
 雑多な現実に向かう元気や興味がなくなり投げ出したくなってし
 まいます
 これらは少しずつなくなっていくのでしょうか?
 どうしたらいいのか、今はまだわからないでいます
 気が向いたら・・・ご意見お聞かせください
 
 この配信は無理のない所でいいので続けてくださいね
 お待ちしていますので・・・ ありがとうございました
──────────────────

annaさん、ご投稿ありがとうございます。m(_ _)m

> pariさん いつもありがとうございます

読んでいただいて、ありがとうございます。

> 実はpariさんのことはあまり存知ませんが、以前読者の方のメー
> ルより想像しますと、私も似通ったルートを歩んで来ているよう
> な気がしています

そうでしたか。

> 「ただ在る」ことに至福や方向性を感じるにつれ様々な体験への
> 興味が色あせてきて、何をするにもどちらでもよくなってしまい
> ます

わかります。

にもかかわらず、なかなか完全にどうでも良くはならなくて。

> とはいえ、日常の特に仕事がらみの人間関係や、雑多なことはな
> くならず、それについて真面目に一生懸命になろうとすればする
> ほど、想念が表出してきて厄介な出来事を呼び

ご同様です。(^^;)

> むしろ出来事として現れるのが早くなっているようで、まだまだ
> いろいろ見せてもらっていますが・・・

はい。

> 正直もう、いいよね〜 という感じになっています

わかるような。

> できれば、隠居のような平安な生活を早くしたいのですが、まだ
> 56才で家族の扶養もある中、モチベーションが保てないでいます

隠居のような平安な生活は、

望んで得られるものなのかどうか……。

> おそらく、pariさんのこの配信というお役目についてはご苦労が
> おありかとは感じますし

「お役目」という言葉を使ったとすれば、

まあ、負け惜しみのような気分だったかもしれません。^^;

夢のなかの登場人物の立場に立つかぎり、

夢は消費される以外にないものでしょうから。

> 今こうして書いている私も
> それはすべて自分の創造の一部なのだということもわかります
> が…

はい。

> 雑多な現実に向かう元気や興味がなくなり投げ出したくなってし
> まいます

そういう場面は夢から覚める過程には

なくてはならない場面だろうと思います。

ただ、本当に投げ出すことができるかどうかは、

また別のことでしょうし、

その過程がどんなふうに起こるかも、

ひとつひとつの夢で異なるのではないでしょうか。

よく、したり顔のスピリチュアルメッセージに、

「つねにちょうどいいことが起こっています」

みたいな言い方がありますが、

ある意味では、これもとても正しい言い方なのでしょう。

もちろん、いわゆるスピリチュアルメッセージには

未来の観念が含まれているでしょうが、

ここでは、

あらゆる未来が溶けて消えるまでは、という意味で。

> これらは少しずつなくなっていくのでしょうか?
> どうしたらいいのか、今はまだわからないでいます
> 気が向いたら・・・ご意見お聞かせください

わかりました。

ご承知のとおり、いずれにせよ、

これからどこかに行かなければならないわけではありません。

すべての想像が消えるまで、

想像のない実際の自分に親しめるまで、

それと親しくなりたくなるまでのプロセスです。

夢自体は、基本、百人百様だと思っています。

わたし自身が夢を見ている身分ですから、

取り分けて人様にお伝えできることようなこともありませんが、

これまでマハラジに教わったことで言うなら、

片側には、

──────────────────
 マインド自体が創造者だ。
 これさえもまた完全な真実ではない。
 なぜなら創造されたものと創造者はひとつだからだ。
 マインドと世界はひとつだ。
 あなたが世界として考えているものは、
 あなた自身のマインドなのだということを理解しなさい。

 『私は在る』(p521)
──────────────────

ということがあります。

そして、もう片側に

今現在の気分で言うなら、

今日マハラジから教わったことがあります。

──────────────────
 幸福となるためにものが必要だと信じているかぎり、
 ものの不在によって不幸になるに違いない
 と信じることだろう。
 マインドは
 それが信じることにしたがって形づくられるのだ。
 それゆえ人は、
 幸福になろうと駆りたてられる必要はないのだと
 確信することが重要なのだ。

 『私は在る』(p505)
──────────────────

このヒントは、

とても大きなものだと思いました。

> 幸福となるためにものが必要だと信じているかぎり、
> ものの不在によって不幸になるに違いない
> と信じることだろう。

これはもう、間違いありません。

夢を見ている今現在の自分が、

完全に理解でき、同意できることです。

pariパターンに日常の苦労があるにせよ、

annaさんが家族の扶養もあるなかで

モチベーションが保てなくなっているにせよ、

そういう葛藤はすべて

自分も幸福となるためにものが必要だと信じており、

家族も幸福となるためにものが必要だと信じているからでしょう。

家族の信念はあまり動かせないでしょうが、

まず自分が

【幸福になろうと駆りたてられる必要はないのだと

 確信すること】はできるかもしれません。

そして自分だけでも

【幸福になろうと駆りたてられる必要はないのだと

 確信すること】ができたら、

それだけでも途方もないことではないでしょうか。

マハラジによれば、

それはこれまでの世間での仕事以上に

難しいことのようですから。

──────────────────
 世界のなかで働くことは難しい。
 すべての不必要な仕事をやめることは、
 さらに難しい。

 『私は在る』(p222)
──────────────────

【すべての不必要な仕事をやめること】は

それほどにも稀有なことのようです。

そして、もしそれができれば、

それだけで、これほどの絶対的完璧性に

着地できるのかもしれません。

──────────────────
 あなたは今ここで、完璧なのだ。
 あなたは絶対的に何も必要ないのだ。
 
 それは何も、あなたが無能で無謀な、
 軽率で無関心な人になるべきだということではない。
 ただ自分自身に関する根本的な不安が去るべきなのだ。
 あなたにはいくらかの食事と衣服、
 そして住居が必要だ。
 しかし、欲望を必要と見なさないかぎり、
 それが問題をつくり出すことはないだろう。
 想像ではなく、
 あるがままのものごとと調和のうちに生きなさい。

 『私は在る』(p334-335)
──────────────────

われわれにはたしかに

いくらかの食事と衣服と住居が必要ですが、

しかし、欲望を必要と見なさないかぎり、

それが問題になることはないだろうというのです。

そうなのかもしれませんね。(-_-)

> この配信は無理のない所でいいので続けてくださいね

ありがとうございます。

> お待ちしていますので・・・ ありがとうございました

(-||-)

annaさん、ご投稿嬉しかったです。

m(_ _)m

       ………○…………○…………○………


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       ………○…………○…………○………


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■ 3.編集後記:
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少しずつ

> あなたの幸福への探求自体が、
> あなたを惨めに感じさせているのがわからないだろうか?

というマハラジのメッセージが

本当に浸透してくるようです。

ただそれだけのことだったのかなぁ。

不思議だなぁ。(-_-;)

今日は昏くなりました。

おやすみなさい。

<(_ _)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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