━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆『アセンション館通信』2018/09/09(第751号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇
このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに
浮上している夢の場面の報告です。
わたしは存在している。身体は現れてはいるが存在してはいない。
欲望や期待や喜びは、現れはするが存在してはいない。
心配や恐怖や悲しみは、現れはするが存在してはいない。
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在827名
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◇◇ もくじ ◇◇
1.どんな道具でそれを掴むつもりか?
2.編集後記
──────────────────
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■ 1.どんな道具でそれを掴むつもりか?
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南の方の山際には
少し青空が見えているのですが、
上はやはり曇天に覆われています。
そしてそれがゆっくりと
向かって左側、東の方に流れていきます。
時々あたりが明るくなったりするので、
きっと頭上にも雲の切れ間が来るのでしょう。
(*^_^*)
さて、またまた一週間が過ぎて、
楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、
お付き合いいただく今がやってまいりました。
『アセンション館通信』配達人の pari です。
毎回順にマハラジの言葉を
写経するつもりでいたのですが、
現象世界は娯楽です。
そう“決めごと”に縛られて
生真面目にやることもないか、
とまた思い直しました。(^^;)
というか
毎日寝る前に布団のなかで、
『意識に先立って』を
1ページほど読むのですが、
これ、面白いと思ってしまいました。
ならば、
その面白いと思ったところを
次回に写経したらいいではないかと。
さて、どう面白いか、
それは見てのお楽しみです。
というわけで、
今日も運命である恩寵の指図を受けて、
マハラジ最晩年の言葉を
写経させていただきます。
今日は
「一九八〇年一〇月四日」の対話から
写経いたします。
──────────────────
一九八〇年一〇月四日
質問者 私の状態とマハラジの状態の違いは
何ですか?
マハラジ
ジニャーニからすれば何の違いもない。
違いは無知の人たちの場合に起こる。
なぜなら、
彼はまだ肉体と一体化しているからだ。
肉体との一体化を放棄して、
何が起こるかを見なさい。
『意識に先立って』(p137)
──────────────────
> 一九八〇年一〇月四日
>
> 質問者 私の状態とマハラジの状態の違いは
> 何ですか?
これ、
とても聞きたい質問ですよね。
マハラジなら端的に答えてくれるはずです。
> マハラジ
> ジニャーニからすれば何の違いもない。
はい。
実際は、
それしか実在しないわけですから。
> 違いは無知の人たちの場合に起こる。
わかります。
顕現に自己同化したものにしか
違いというのは存在しない。
> なぜなら、
> 彼はまだ肉体と一体化しているからだ。
はい。
> 肉体との一体化を放棄して、
> 何が起こるかを見なさい。
この文脈から即座にこう言うのが
マハラジ流です。
われわれはこう言われて
すぐに納得することなどできません。
もちろん、
この質問者もわれわれに成り代わって
質問してくれています。
──────────────────
質問者 どうやってやるのですか?
マハラジ
私はただあなたに、
「これはまさにそれだ」
と言うことしかできない。
どうやってそれを受け入れるかは、
私の関与を超えている。
私にはその処方箋がない。
私はあなたに語り、
あなたはそれを理解しなければならない。
『意識に先立って』(p137)
──────────────────
> 質問者 どうやってやるのですか?
「肉体との一体化を放棄して、
何が起こるかを見なさい。」
……なんて、いったい
どうやってやるんですか?
やり方があるんなら、教えてください。
> マハラジ
> 私はただあなたに、
> 「これはまさにそれだ」
> と言うことしかできない。
私はあなたに
「これがまさにそれなのだ」
と言うことしかできない。
存在しているものはすべてそれであり、
それしか存在していない。
あなたはすでにそれであり、
自分がすでにそれであるものに
あなたは成ることはできない。
あなたは自分が存在することを知っている。
そして現象に気づいている。
実際に在るのはそれだけだ。
ただ、
あなたは身体に一体化しているので、
身体が現象に気づいていると
誤認しているだけだ。
実際は、
身体は現象の一部にすぎない。
気づいているのはあなただ。
その気づきの空間の中で
現象が起こっているだけなのだ。
> どうやってそれを受け入れるかは、
> 私の関与を超えている。
どうやってこの事実を受け入れるかは、
私が関われることではない。
なぜなら、
こうして話している私と、
それを聴いているあなたは、
同じものだからだ。
ただ私は
自分が気づきだと知っているのに対して、
あなたは自分が身体だと思っている。
私とあなたの違いはそれだけだ。
現在私は
「私は在る」という知識が起こるには
その知識が起こるに先立って
何かが存在しなければならないと知っている。
私は今その状態にある。
しかし、
その理解は必ずしも必要ではない。
あなたが理解しなければならないのは、
現象が起こるには、
その現象に気づいているものが
存在しなければならないということだ。
そして、
たった今
現象に気づいているあなたこそが、
それだということを。
あなたはその事実を受け入れればいいだけだ。
ただそれを受け入れるのはあなただ。
あなたにその事実を受け入れさせる方法はない。
あなたが何であるかは、
あなたの確信が決めることだからだ。
その確信のパワーの大きさは
あなたの世界全体を支えることができる。
だからこそあなたの宇宙があるのだ。
あなたの確信を直接変える方法に関しては、
> 私にはその処方箋がない。
あなたの自覚が自動的に変わる道に
私があなたを導くことはできない。
もしそんなことができるなら、
そこで導かれた自覚は
またいつか失われてしまうことだろう。
> 私はあなたに語り、
> あなたはそれを理解しなければならない。
私にできることは、
あなたに対して真実を語ることだけだ。
それが真実かどうかを
理解するのはあなたの仕事だ。
あるいは、
あなたに起こることだと言ってもいい。
──────────────────
質問者 仮に私があなたの言葉を文字通りに受け入れ
るとしたら、これからずっと必要なことは
それですべてですか ?
マハラジ
そのとおりだ。
これが理解するべき唯一のことであるが、
しかし、
どんな道具をもって、
あなたはそれを掴むのだろうか?
それは肉体ではなく、
マインドと知性でもない。
質問者 では、意志でしょうか?
マハラジ
あなたがどんな努力をしても、
あなたをさらなるトラブルに導くだけだろう。
それゆえ、
偽のアイデンティティではなく、
この知識を受け入れなさい。
あなたが存在しているのはこの知識ゆえだ。
私から聞いたことを
真実としてマインドに留め続け、
それから自然に起こる行動を
何であれしなさい。
『意識に先立って』(p138)
──────────────────
> 質問者 仮に私があなたの言葉を文字通りに受け入れ
> るとしたら、これからずっと必要なことは
> それですべてですか ?
では、仮に私があなたの言葉を
文字通り受け入れて、
肉体との一体化を放棄したとしたら、
必要なことはそれだけなんですか?
> マハラジ
> そのとおりだ。
必要なことはそれだけだ。
> これが理解するべき唯一のことであるが、
> しかし、
> どんな道具をもって、
> あなたはそれを掴むのだろうか?
> それは肉体ではなく、
> マインドと知性でもない。
それが理解するべき唯一のことだ。
だが、
あなたはどんな道具で
自分は肉体ではないという事実を
掴むつもりなのかね?
あなたは肉体ではない。
その肉体の誕生によって起こった
マインドとその記憶に基づく知性でもない。
それらすべてはあなたではない。
その真実をあなたは
どんな道具で掴むつもりなのだろう?
> 質問者 では、意志でしょうか?
では、
私は断固たる意志で掴むべきなのでしょうか?
> マハラジ
> あなたがどんな努力をしても、
> あなたをさらなるトラブルに導くだけだろう。
あなたがどんな努力をしても、
それは現象の中のことでしかない。
それは現象の中のさらなる変化の波に
あなたを導くだけだろう。
> それゆえ、
> 偽のアイデンティティではなく、
> この知識を受け入れなさい。
だから、
そういう見かけの幻影に頼った
偽のアイデンティティではなく、
ただ単にこの知識を受け入れなさい。
> あなたが存在しているのはこの知識ゆえだ。
あなたが存在しているのは
「私は在る」というこの知識のゆえだ。
自分が存在していることを
あなたが知っているからなのだ。
あなたが真実として受け入れた
知識を根拠にして、
あなたの世界は起こっている。
> 私から聞いたことを
> 真実としてマインドに留め続け、
> それから自然に起こる行動を
> 何であれしなさい。
だから今度は、
私から聞いた
【あなたは肉体ではない】という知識を
真実としてマインドに留め続け、
それから自然に起こる行動を
何であれしてみるといい。
──────────────────
私には時間がなく、
空間がなく、
属性がないと、
私のグルは教えてれた。
それから私は、
もしそれが実状なら、
もはや恐れをもつ必要がないだろうと決断した。
いったい誰が恐れを持つというのだろうか?
仮にあなたがトラに出会ったとしよう。
トラはおそらくあなたを食べてしまうだろうが、
もしあなたが攻撃すれば、
トラは逃げ去るかもしれない。
だったら、
その機会を利用したらどうだろうか?
自分自身を肉体と切り離してみたらどうだろうか?
あなたがどんな不幸をもっているにせよ、
どんな恐れをもっているにせよ、
それは完全に肉体との一体化にもとづいている。
しだいに自分自身を
その肉体から切り離すように努めなさい。
それは単純なことだ。
死が不可避なら、
グルあなたに言うこと、
つまり死はあなたであるそれに
影響を及ぼさない何かであることを
受け入れたらどうだろうか?
肉体とのこの一体化は時間に縛られている。
だったら、
今それを切り離したらどうだろうか?
私が言うことを、
あなた方の何人が記憶し理解することだろうか?
あなたがどんな恐れをもつにしろ、
それはただ記憶と概念と噂にもとづいている。
あなたが記憶や概念にしがみつくかぎり、
この恐れはあなたから去らないことだろう。
この恐れを守ってはいけない。
それを放棄し、
解放しなさい。
あなたにそれができるだろうか?
あなたは私から聞いたことを蓄積してきたが、
究極的には何が蓄積されても、
それは放棄されねばならない。
それは理解され、
使われ、
それから放棄されなければならないのだ。
『意識に先立って』(p138-139)
──────────────────
> 私には時間がなく、
> 空間がなく、
> 属性がないと、
> 私のグルは教えてれた。
私のグルは私に
あなたは時間を超えており、
空間を超えており、
あらゆる属性を超えている
と教えてくれた。
私という存在は、
時間で定義することも、
空間で定義することも、
属性で定義することもできないと。
> それから私は、
> もしそれが実状なら、
> もはや恐れをもつ必要がないだろうと決断した。
グルからそう教えられ、
その事実を受け入れた私は、
もしそれが実状だったのなら、
もはや恐れをもつ必要など
ないではないかと決断した。
> いったい誰が恐れを持つというのだろうか?
いったい
時間でも定義できない、
空間でも定義できない、
属性でも定義できない
どこの誰が恐れをもてるというのか?
> 仮にあなたがトラに出会ったとしよう。
> トラはおそらくあなたを食べてしまうだろうが、
> もしあなたが攻撃すれば、
> トラは逃げ去るかもしれない。
たとえば、
あなたがトラに出遭ったとしよう。
もしかしたら、
トラはあなたを食べてしまうかもしれない。
だが同じように、
もしあなたが攻撃したら、
そのトラは逃げ出すかもしれないのだ。
いずれにせよ、
時間でも定義できない、
空間でも定義できない、
属性でも定義できないあなたに
何の関係があるというのだろう?
> だったら、
> その機会を利用したらどうだろうか?
> 自分自身を肉体と切り離してみたらどうだろうか?
それならいっそのこと、
この幻影の見かけの中に現れた
その機会を利用してみたらどうだろうか?
自分が肉体とは無関係の存在だということを
表現してみたらどうだろうか?
> あなたがどんな不幸をもっているにせよ、
> どんな恐れをもっているにせよ、
> それは完全に肉体との一体化にもとづいている。
あなたが現在どんな窮地に陥り、
どんな不幸を抱えながら、
どんな恐れをもっているにせよ、
それは完全に見かけの幻影の中の
肉体との一体化にもとづくことは明らかだ。
> しだいに自分自身を
> その肉体から切り離すように努めなさい。
ゆっくり納得しながら、
自分をその肉体から切り離していきなさい。
> それは単純なことだ。
> 死が不可避なら、
> グルあなたに言うこと、
> つまり死はあなたであるそれに
> 影響を及ぼさない何かであることを
> 受け入れたらどうだろうか?
それは単純なことだ。
もし死が不可避だというなら、
グルがあなたに告げることを、
受け入れたらどうだろうか?
死という
幻影である見かけの肉体の崩壊は、
気づきであるあなたに
何一つ影響を及ぼせないということを
受け入れてみてはどうか?
> 肉体とのこの一体化は時間に縛られている。
> だったら、
> 今それを切り離したらどうだろうか?
あなたが今陥っている肉体との一体化は
肉体の誕生によって舞立った意識の中、
時間と空間の中で起こっていることだ。
グルの言葉を聴いた今、
自分と時空の中で起こっている見かけとを
切り離してみたらどうだろう?
> 私が言うことを、
> あなた方の何人が記憶し理解することだろうか?
> あなたがどんな恐れをもつにしろ、
> それはただ記憶と概念と噂にもとづいている。
私が今こうして言うことを、
あなた方の中の誰が記憶し、
理解しようとするだろうか?
今あなたがどんな恐れをもっているにせよ、
それはひたすらあなたが今参照できる
記憶と概念と噂に基づいているのだ。
> あなたが記憶や概念にしがみつくかぎり、
> この恐れはあなたから去らないことだろう。
> この恐れを守ってはいけない。
> それを放棄し、
> 解放しなさい。
> あなたにそれができるだろうか?
あなたがこれまで蓄積したそれらの
記憶や概念にしがみつくかぎり、
その恐れが自ら離れていくことはない。
なぜなら、
それらは単なる現象の表現媒体にすぎず、
そこに何かの独立した実体が
あるわけではないからだ。
パワーをもっているのは、
それらの記憶や概念や噂に執着し、
そこから捏造される恐れにしがみついている
あなたのほうなのだ。
それらの記憶や概念や噂を放棄し、
そこから捏造される恐れを解放しなさい。
あなたにそれができるだろうか?
> あなたは私から聞いたことを蓄積してきたが、
> 究極的には何が蓄積されても、
> それは放棄されねばならない。
あなたは私からいろいろな概念を聞き、
それらを蓄積してきたことだろう。
しかし、
記憶の中に何が蓄積されたとしても、
最後にはそれらはすべて
放棄されなければならない。
> それは理解され、
> 使われ、
> それから放棄されなければならないのだ。
なぜなら、
それらはすべて“刺抜きの刺”にすぎず、
理解され、使われて、
用が済んだら
放棄されなければならないからだ。
──────────────────
質問者 あらゆることは自然発生的に起こったと
マハラジは言いました。しかし私たちは、
あらゆることにはそれを始める人、コント
ロールする人がいるはずだと考えることに
慣れています。
コントロールする権威者なくして、何かが
機能することを想像するのは困難です。
マハラジ
二元性の状態では、
こういった考えは必要だ。
さもなければ、
どんな概念も機能もありえず、
これが顕現の基本だ。
しかし、
究極的には知識が知識の中に溶け込むとき、
探求者は消え、
質問する者は誰もいない。
言われていることと聞かれていることは
時間──ある特定の時間から今日まで──
に束縛されているが、
私たちであるそれは、
時間の束縛から完全に分離している。
私はこの時間の存続を理解し、
計ることができる。
それゆえ私は、
明らかにこの存続から
分離しているに違いない。
『意識に先立って』(p139-140)
──────────────────
> 質問者 あらゆることは自然発生的に起こったと
> マハラジは言いました。しかし私たちは、
> あらゆることにはそれを始める人、コント
> ロールする人がいるはずだと考えることに
> 慣れています。
> コントロールする権威者なくして、何かが
> 機能することを想像するのは困難です。
あらゆることは自然発生的に起こる、
とマハラジがおっしゃるのは、
たしかに、理屈としては分かります。
しかし私たちは、
あらゆることにはそれを始める人、
コントロールする人がいるはずだ
と考えることに慣れているのです。
コントロールする者が誰もいないのに、
何かが自然現象として機能する、
と考えるのは難しいです。
特に人間の世界で
それを想像するのは困難です。
> マハラジ
> 二元性の状態では、
> こういった考えは必要だ。
> さもなければ、
> どんな概念も機能もありえず、
> これが顕現の基本だ。
二元性の原理が支配する
現象世界の中ではそういう考えは必要だ。
それがなかったら、
どんな概念も機能も起こらないだろう。
したがって、
いかなる進歩発展も起こりえない。
それが現象世界の基本原理だ。
> しかし、
> 究極的には知識が知識の中に溶け込むとき、
> 探求者は消え、
> 質問する者は誰もいない。
しかし、
その原理が永久に支配するわけではない。
「私は在る」という知識が、
その源泉である「私は在る」という
知識の中に溶け込むとき、
そこで探求者は消失し、
質問と質問者が消えてしまう。
> 言われていることと聞かれていることは
> 時間──ある特定の時間から今日まで──
> に束縛されているが、
> 私たちであるそれは、
> 時間の束縛から完全に分離している。
記憶や概念や噂という
語られた想像や聞かれた想像は、
すべて時間の中の現象だが、
それを映し出しているものは
時間のなかの現象ではなく、
時空を存在させている不動の土台だからだ。
> 私はこの時間の存続を理解し、
> 計ることができる。
> それゆえ私は、
> 明らかにこの存続から
> 分離しているに違いない。
私は時間が継続していることを
理解することもできれば、
それを計ることもできる。
つまり、
私はこの継続する時間の
外側に在るということだ。
(-||-)
──────────────────
あなたは在る。
ほかのすべては現れにすぎない。
『私は在る』(p421)
──────────────────
(-||-)
──────────────────
永久的なもの、
それはあなた自身の存在である。
真我として在りなさい。
それが至福である。
あなたはいつもそれなのである。
『あるがままに』(p58)
──────────────────
……。(-_-)
ありがとうございました。<(_ _)>
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(_ _)m
………○…………○…………○………
『私は在る』の「目次」はここ↓にあります。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html
「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
https://www.ascensionkan.com/ndic/
「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/rdic/
『アセ通』既刊号はすべてここにあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/
………○…………○…………○………
▼『アセ通』へのご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702
「私は在る」に関するご意見や単なるメールなど、
ご自由にお書きください。
………○…………○…………○………
▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518
………○…………○…………○………
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■ 2.編集後記:
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こうしてマハラジの言葉を
一行一行、
舐めるように写経していくと、
それぞれの行に込められた
マハラジのメッセージが立ち上がります。
理解できるはずもないと
思われていた言葉が、
いつの間にか、
なぜ理解できないのかわからない、
そんな言葉に変化してゆく一瞬があります。
これが恩寵というものなのかもしれません。
苦しみでしかない人生が
単なる娯楽でしかないと思われてきます。
そこにわたしが付与する以外の
どんな意味もありえません。
それを理解というのなら、
理解が起こっているのでしょう。
自然現象の一部として。
今日は比較的に蒸し暑い日でした。
明るいうちに終えました。
ではまた。
<(_ _)>
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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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二つの配信スタンドで発行されています。
mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html
melma:http://www.melma.com/backnumber_110091/
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Copyleft(C)2018 paritosho
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