home > 通信 >『アセンション館通信』第761号:意識の根源を発見しなさい



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2018/11/18(第761号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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 ☆☆   ☆☆   https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに
浮上している夢の場面の報告です。

わたしは存在している。身体は現れてはいるが存在してはいない。
欲望や期待や喜びは、現れはするが存在してはいない。
心配や恐怖や悲しみは、現れはするが存在してはいない。

内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在822名
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◇◇ もくじ ◇◇

1.意識の根源を発見しなさい

2.いただいたお手紙から:コマラさん

3.編集後記
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■ 1.意識の根源を発見しなさい
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十一月半ばを過ぎても温かいですね。

まあ、結構なことです。

現象に個人的なところは何もありません。

顕現全体から分離したものなど

何一つ顕現できないわけですから。

ただ全体から分離した自分がいる

という幻想があるだけです。

顕現のあるところ、

必ず意識がその顕現を見ています。

顕現があるから意識が見ているのか、

意識が見ているから顕現があるのか。

一つの現象をそうして分けてみても……。

(*^_^*)

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、

お付き合いいただく今がやってまいりました。

『アセンション館通信』配達人の pari です。

意識が夢を観ています。

その夢の中にわたしが現れています。

夢の中のわたしは、

夢の中のあれやこれやの事情の中で、

自分として生き延びなきゃと思いこんでるので、

いろいろ心配が絶えないのです。

あるいはときに

気分のいいときもあります。

時々ののちゃんを読んで声を上げて笑ったりもします。

でもそれはそういう場面だから

そんなふうに声を上げて笑っているのです。

夢の中のわたしは、

なるべくなら笑っていられる状態がいいが……、

と願っていますが、

それはそういう場面だから、

そんなふうに願っているのです。

もちろん、物語の中では

その状況にしっかりハマった自分として、

その自分にとってより良い状況を願うわけですが。

夢の構造体の話に立ち入れば、

あらゆる瞬間、あらゆる次元は

すべて今現在存在しているのだとか。

タイムラインとは、

どの時間のコマを見繕ってつなごうかという

その物語のシナリオの選択のことなのだそうです。

今年2018年に入って次元の帳が開いたので、

時間のコマの選択は自由になったのだとか。

ああ、そういうことなのか。

“自分”とか“魂”というのは、

参照する記憶の集合のことなのか……、

その記憶の集合から紡がれる物語のことなのか。

という解釈が現れたりもしてきます。

むかし、

こんなことを書いたことがありました。

──────────────────
 夢の中の遊園地に、
 お化け屋敷ならぬ「映画館」がある。

 肝試しではない、
 ここでのゲームは
 “覚えていられるか”どうか、だという。
 ここでは、
 観客が一旦
 自分が映画を観ていることを忘れてしまえば、
 映画は映画ではなく現実になる、
 夢は夢ではなく本物になる、という。
 何千年もの間、
 この「映画館」に入ったまま、
 外に出られない者もいるのだなどという、
 まことしやかな宣伝まがいの噂もあって、
 ピノキオは、
 何人かの友達と連れだって、
 面白がって中に入って行く‥‥。
 
 https://www.ascensionkan.com/cinema/paritexas.html
──────────────────

この夢の遊園地の「映画館」は、

ある意味では

最近閉鎖されたという「幽界」のことでしょうし、

また別の意味では、

現象宇宙全体のことでもあるしょう。

「自我」と「魂(霊体)」は両方とも観念です。

その背景にある全現象構造体のなかの

時間の部分集合で定義される物語のことです。

「自我(人格)」はいわゆる今生での

参照記憶のことでしょうし、

「魂(霊格)」はいわゆる過去世を含めた

時間の部分集合で定義される物語でしょう。

肉体内の物理基盤で言うなら、

「自我」とは

大脳辺縁系の記憶が海馬をつうじて

今の瞬間に再生される記憶でしょうし、

「魂」とは、

小脳に蓄積されている膨大なデータベースから

今の瞬間に再生される記憶のことなのでしょう。

「魂」のほうが記憶領域が広大なぶん、

閉塞感があまりないのかもしれません。

でもどちらも、

参照記憶によって構成される物語です。

地上の現実がすべて

ますますゲーム化してくる感じです。

あらゆる生命体験が、

ワクワク、ドキドキ、ビクビクの

波動娯楽であることが顕在化してくるようです。

人生とは物語なんですね。

物語とは基本的に

分離幻想による参照と比較で定義して、

創造された虚構ということでしょう。

遠い昔、受験生だったころ、

勝者と敗者のいない世界に行きたい、

と願ったものでしたが、

それは人生のなかにはありえない

無理筋の願いだったようです。

あるいは、

『神との対話』シリーズで明かされたように、

HEB(高度に進化した存在たち)は

地球のドラマをテレビのなかに収めて、

戒めの象徴としているのかもしれません。

──────────────────
 私たちは対比によって魅せられているのだ。
 このために対立するものと、
 それらの表面上の分裂を必要としている。

 『私は在る』(p434)
──────────────────

どれほど洗練された

上位次元の物語であっても、

分離幻想による参照と比較なしに

物語を創ることはできません。

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 あなたは
 あなたが存在することを知っている。
 あなた自身の上に
 名前という重荷を負わせてはならない。
 ただ在りなさい。
 いかなるものでも
 名前や形を自分自身に与えることで、
 あなたの真の本性は隠されてしまうのだ。

 『私は在る』(p214)
──────────────────

そういうことか……。

というわけで、

今日も運命である恩寵の指図のもとに、

マハラジ最晩年の言葉を

写経させていただきます。(-||-)

今回は

「一九八〇年九月二七日」の対話から

写経いたします。

──────────────────
 一九八〇年九月二七日
 
 マハラジ
 このすべての霊性は
 ただあなたの本質を理解するためのものだ。
 これを達成するためには、
 「生きている」とはどういうことなのかが、
 問題のすべてとなる。
 いったんあなたが自分の本質を知れば、
 そのときは、
 生きているということは個人としてではなく、
 単にその自然発生的な顕現の一部だ。
 求めるものは何もないし、
 探求者こそが見られるべきものだ。
 ただその肖像をあるがままに見なさい。
 
 あなた方はみな探求者だが、
 何を求めているのかを私に言ってみなさい。
 
 質問者 瞑想だけではなく、世の中で他人と
     生きることでも、人はそれに到達す
     ることができますか?
 
 マハラジ
 あなたが顕現の一部でないかぎり、
 生きることができるだろうか?
 これを知りなさい!
 あなたが意識していないとき、
 あなたの世界は存在しない。
 あなたは自分の存在と外の世界を意識するが、
 それは二つではない。
 
 これを理解しなさい。
 この心身組織がそこに現れるときだけ、
 世界は存在することができる。
 もしあなたがこの心身組織を
 自分自身だと考えるなら、
 あなたは死と死ぬことを受け入れることになる。
 ジニャーニは
 これが単なる装置であることを知っており、
 それから離れている。
 
 これを理解したら、
 自分の仕事を楽しんでやりなさい。
 起こることは自然発生的であり、
 すべての活動は全顕現の一部だ。
 
 『意識に先立って』(p126-127)
 https://goo.gl/pWqC7d
──────────────────

> マハラジ
> このすべての霊性は
> ただあなたの本質を理解するためのものだ。

霊性ということが関わっているのは、

自分の本質を理解することだけだ。

> これを達成するためには、
> 「生きている」とはどういうことなのかが、
> 問題のすべてとなる。

自分とは何かを理解するには、

まず「生きている」とはどういうことかが

解明されなければならない。

> いったんあなたが自分の本質を知れば、
> そのときは、
> 生きているということは個人としてではなく、
> 単にその自然発生的な顕現の一部だ。

ひとたびあなたが

生きている自分とは何かを知ったら、

生きているとは、

すべてが自然発生的な現象世界の

その一部を自分と認識することだ

ということがわかるだろう。

現象世界とは

すべてが厳密に波動で組み込まれた

全体がひとつの構造体の他ならない。

その波動構造体に組み込まれないものが

現象することはできないからだ。

現象世界の中には

どんな分離実体も存在しえない。

現象世界の中には、

いかなる意味でも個人的なものは何もない。

そこで展開する画像の中に

「あなた」のものなど何もないのだ。

「あなた」自体が

誤解による虚構の想像でしかないからだ。

> 求めるものは何もないし、
> 探求者こそが見られるべきものだ。
> ただその肖像をあるがままに見なさい。

現象世界に現れる画像の中に

求めるべきものなど何もない。

そこに何かを求めている

「あなた」こそが見られるべきものだ。

その「あなた」の肖像を

あるがままに見なさい。

> あなた方はみな探求者だが、
> 何を求めているのかを私に言ってみなさい。

ここで私の言葉を聴いているあなた方は

みな何かを求めている探求者だろう。

自分が何を求めているのかを

自分の言葉で私に言ってみなさい。

> 質問者 瞑想だけではなく、世の中で他人と
>     生きることでも、人はそれに到達す
>     ることができますか?

普通に世間で人と交わりながら

生活しているだけでも、

人は求めているものに到達できるでしょうか?

> マハラジ
> あなたが顕現の一部でないかぎり、
> 生きることができるだろうか?
> これを知りなさい!

こう考えてみなさい。

あなたは自分が何かを求めていると言う。

その「あなた」とは、

顕現の一部のことではないだろうか?

顕現の一部でなくて

あなたは生きられるのかね?

まず、そのことを知りなさい。

> あなたが意識していないとき、
> あなたの世界は存在しない。
> あなたは自分の存在と外の世界を意識するが、
> それは二つではない。

たとえば、深い熟睡状態の中で

あなたが意識していないとき、

あなたの世界は存在していない。

ということは、あなたは

自分が存在していると知っているときだけ、

外の世界を意識しているのだ。

ということは、

「自分の存在(の自覚)」と

外の世界というのは、

二つの別のものではなく、

同じものだということだ。

> これを理解しなさい。
> この心身組織がそこに現れるときだけ、
> 世界は存在することができる。

まずこのことを理解しなさい。

あなたの心と身体という

心身構造体が現れるときにのみ、

世界は存在できるということを。

> もしあなたがこの心身組織を
> 自分自身だと考えるなら、
> あなたは死と死ぬことを受け入れることになる。

だから、

あなたの前に世界が現れているときは、

必ずそこにあなたの心身構造体も現れている。

もしあなたが、

その心身構造体を自分自身だと考えるなら、

その心身構造体は

あなたの目の前で死滅する運命にある。

つまり、

顕現するものを自分自身とするかぎり、

あなたは自分が死ぬことを

受け入れるしかないということだ。

> ジニャーニは
> これが単なる装置であることを知っており、
> それから離れている。

ジニャーニは、

心身構造体とは単なる装置、

生物機械にすぎないことを知っている。

その運命に何の関心ももっていない。

> これを理解したら、
> 自分の仕事を楽しんでやりなさい。
> 起こることは自然発生的であり、
> すべての活動は全顕現の一部だ。

このことを理解したら、

夢の中のその肉体の運命にしたがって

自分の仕事を楽しんでやりなさい。

全現象構造体のなかで

起こることはすべて自然発生的に起こる。

心身構造体のすべての活動は

波動で織り込まれた全顕現の一部なのだ。

──────────────────
 質問者 もし顕現が自然発生的なら、
     すべての活動に何らかの理由か原因は
     あるのですか?
 
 マハラジ
 夢の中であなたは百年間生きたが、
 目覚めると夢はたった五分間だった。
 これはどうやって起こったのだろうか?
 
 質問者 マハラジは原因のない出来事を
     その夢と関連づけているのですか?
 
 マハラジ
 このすべての大きな原因の根本的理由は、
 あなたが存在しているということだ。
 だから、
 その性質を発見しなさい。
 これらのすべての行為は
 不妊の女性の子供によってなされている。
 これらすべては意識の問題だ。
 意識の根源を発見しなさい。
 
 質問者 どうやってやるのですか?
 
 マハラジ
 その意識を喉のところで掴まえなさい。
 概念的な喉によって
 概念的な意識を掴まえるのだ。
 この基本的な意識を厚くもてなし、
 それに求愛しなさい。
 知性ではなく、
 それだけがあなたの探求を満たすことができる。  
 その知識が満たされないかぎり、
 あなたは知識をもつことができない。
 
 私は決して知らなかったのだ。
 もし私が
 ほんのわずかな知識でももっていたなら、
 私は母の子宮という刑務所に
 降りてきただろうか?
 何をするにせよ、
 それ自身で起こるのだ。
 妊娠以前に存在していた
 それらについての知識を、
 誰が持つことができるだろうか?
 
 獲得するべきことは何もない。
 あなたはそれだ。
 
 『意識に先立って』(p127-128)
──────────────────

> 質問者 もし顕現が自然発生的なら、
>     すべての活動に何らかの理由か原因は
>     あるのですか?

現象がすべて自然発生的に起こるのなら、

そこで起こるすべての活動には

何か理由とか原因があるのですか?

> マハラジ
> 夢の中であなたは百年間生きたが、
> 目覚めると夢はたった五分間だった。
> これはどうやって起こったのだろうか?

夢の中で百年生きたのに

目が覚めたらたった五分しか経っていなかった、

そんな経験はありそうなことだ。

そういうことがあるとしたら、

それはどうして起こりえたのだろう?

その夢に何か理由や原因が必要だろうか?

> 質問者 マハラジは原因のない出来事を
>     その夢と関連づけているのですか?

おっしゃる意味は、

その夢に何の原因もないのと同じように、

現象世界で自然発生的に起こることにも、

何の原因もないということでしょうか?

> マハラジ
> このすべての大きな原因の根本的理由は、
> あなたが存在しているということだ。
> だから、
> その性質を発見しなさい。

現象世界で起こる

あらゆる出来事の根本的理由は、

その出来事に気づいている

あなたが存在しているということだ。

たから、

気づいているあなたとは何なのか?

そのあなたの性質を発見しなさい。

> これらのすべての行為は
> 不妊の女性の子供によってなされている。
> これらすべては意識の問題だ。
> 意識の根源を発見しなさい。

現象世界で起こるすべての行為は、

それを起こそうとする

どんな意図もないところから発生している。

それは言うならば、

不妊の女性の子供の仕業のようなものだ。

産んだ女性は存在しない。

しかし子供が現れていて、

好き放題の悪戯をしているのだ。

これらすべてを起こしているのは意識だ。

意識の根源がどこにあるかを見つけなさい。

> 質問者 どうやってやるのですか?

そんなこと、

どうやってやるのでしょう?

> マハラジ
> その意識を喉のところで掴まえなさい。
> 概念的な喉によって
> 概念的な意識を掴まえるのだ。

モグラの穴から

モグラが首を出した瞬間を捕らえるように、

想念が現れた瞬間、

その想念の喉元を掴みなさい。

何かの概念が現れた瞬間、

その概念的意識を捕まえるのだ。

> この基本的な意識を厚くもてなし、
> それに求愛しなさい。

この基本的意識は

第一の概念の「私は在る」という存在感だ。

その存在感を掴んだら、

そのその存在感を厚くもてなし、

その存在感に求愛しなさい。

> 知性ではなく、
> それだけがあなたの探求を満たすことができる。  
> その知識が満たされないかぎり、
> あなたは知識をもつことができない。

求めているあなたは、

自分を知性と思っているだろうが、

あなたの探求を

知性で満たすことはできない。

自分が座っている座布団の両端を

両手で引っ張っても、

あなたを持ち上げられないようなものだ。

知性によるどんな理解も、

あなたの探求を満たすことはできない。

あなたの探求を満たせるのは、

存在感に求愛して、

存在感をつうじて知識を得ることだけだ。

あなたは自分が存在することを知っている。

それがあなたの仕事の資本だ。

その資本を最大限に使いなさい。

> 私は決して知らなかったのだ。
> もし私が
> ほんのわずかな知識でももっていたなら、
> 私は母の子宮という刑務所に
> 降りてきただろうか?

私は誕生に興味をもつことが

どういう世界に導かれることなのかを

けっして知らなかったのだ。

もしほんのわずかな知識でもあったら、

母の子宮という刑務所に降りてくることなど

ありえなかっただろう。

> 何をするにせよ、
> それ自身で起こるのだ。
> 妊娠以前に存在していた
> それらについての知識を、
> 誰がもつことができるだろうか?

あなたには、

自分が行動しているように見えるかもしれない。

だが現象構造体の中で起こっていることは

すべて現象構造体内部の必然にしたがって

自然発生的に起こっているのだ。

肉体の誕生もその崩壊も、

すべては現象構造体内部の自然過程だ。

意識は妊娠と肉体の誕生とともに発生する。

その意識に先立って存在していた

それらについての知識をもっているのは

誰だろうか?

> 獲得するべきことは何もない。
> あなたはそれだ。

あなたが獲得すべきことなど何もない。

肉体の誕生とともに出現した意識に

覆われる以前の知識をもっているのは、

意識に先立って存在している

あなただからだ。

(-||-)

──────────────────
 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
──────────────────

(-||-)

──────────────────
 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
──────────────────

……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


   ………○…………○…………○………


『私は在る』の「目次」はここ↓にあります。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html

「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。
https://www.ascensionkan.com/ndic/

「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
https://www.ascensionkan.com/rdic/

『アセ通』既刊号はすべてここにあります。
https://www.ascensionkan.com/mm/


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■ 2.いただいたお手紙から:コマラさん
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▼『アセ通』へのご意見投稿フォーム:
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702

「私は在る」に関するご意見や単なるメールなど、

ご自由にお書きください。


   ………○…………○…………○………


今回、しばらくぶりでコマラさんから

ご投稿いただきました。

さっそく、ご紹介します。

【件名】:こんにちは。
──────────────────
 パリさま 
 
 こんにちは。 
 すっかりご無沙汰してしまって、ごめんなさい。 
 
 さっそくですが、聞いていただきたいことが、
 有るのです。 
 
 それは、ミカエル・ラングフォードさんの修練は、 
 もうすっかり、棚上げです。 
 
 でも、The Most Direct Means To Eternal Bliss は、 
 ひとりでトボトボとですが、それなりに、
 がんばったかな・・・・・ 
──────────────────

> パリさま 
> 
> こんにちは。

お久しぶりです。こんにちは。(^^)/

> すっかりご無沙汰してしまって、ごめんなさい。

こちらこそ一週間前にいただいていたのに

気づかなくてごめんなさい。

> さっそくですが、聞いていただきたいことが、
> 有るのです。 

はい。

> それは、ミカエル・ラングフォードさんの修練は、 
> もうすっかり、棚上げです。 

あ、そうでしたか。

『アセンション館通信』を出すことは、

コマラさんだけには役立ったのかな、

なんて勝手に想像してました。

沈潜するのはなかなか難しいですよね。

わたしもサバイバルにかまけていて、

土曜日だけ急に元気になってます。(*^_^*)

> でも、The Most Direct Means To Eternal Bliss は、 
> ひとりでトボトボとですが、それなりに、
> がんばったかな・・・・・ 

とても実践的な指示ですものね。

あれを活かせるところまで

生きましょうね。(^^)/

何しろタイムラインの選択は

もう自由になっているみたいですから。

> 今回は、こんな感じです。 

ありがとうございます。

> では、また。コマラより 

またコメントくださいね。

<(_ _)>


   ………○…………○…………○………


▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518


   ………○…………○…………○………


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■ 3.編集後記:
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自分が何を求めているか

その焦点が絞りきれていない、

それしか問題はないのかもしれません。

自分のフォーカスは

どこまでも後退していけるのですね。

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 すべては
 あなたが在るということを思い起こさせる。
 体験するにはあなたがいなければならない
 ということを充分利用するがいい。
 関心をもたないことが自由をもたらすのだ。
 
 『私は在る』(p259)
──────────────────

そういうことか……。

(-||-)

今日はすっかり暗くなりました。

おやすみなさい。

<(_ _)>


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
──────────────────
二つの配信スタンドで発行されています。
mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html
melma:http://www.melma.com/backnumber_110091/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyleft(C)2018 paritosho
↑コピーレフトの概念はこちら↓をご覧ください。
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