home > 通信 >夢から抜け出す画策:『アセンション館通信』第988号



━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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 ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2023/03/26(第988号)
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☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇

 〈自己〉は展開する宇宙的ドラマの壮大なショーを生み出し、
 それを観ながら、そのなかに、そしてそれとして現れているが、
 それは夢を見ている人が自分の夢を作り出すと同時に
 それを見ながらそこに出演しているのと同じだ。
 (『夢へと目覚める』レオ・ハートン)
 
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。
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◇◇ もくじ ◇◇

1.夢から抜け出す画策

2.編集後記
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■ 1.夢から抜け出す画策
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今日も一日雨が降っています。

見かけは絶えず変化してゆきます。

見かけはつかの間もとどまることはありません。

絶えざる変化が見かけなのですから。

その見かけに“自分”に都合のいい形を取ってくれと

あれこれ無理な注文を付けるのが自我です。

別の言い方をするなら、

そうやって見かけは変化のためエネルギーを

自家製生していると言えるのかもしれません。

それぞれがそれぞれの役割を果たせばいい。(*^_^*)

もしも“それぞれ”というのがいるのなら。

さて、またまた一週間が過ぎて、

楽しい“アセンション噺”と

“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。

『アセンション館通信』配達人のpariです。

みなさま、この永遠の<今>を

いかがお過ごしでしょうか?

「父母未生以前本来の面目」を問う禅の公案がありました。

たしかに、われわれは

この身体に入ってくる以前の記憶を持っていません。

ましてや“自分”の両親が生まれる前の

“自分”の記憶などあるはずもない。

これは誰にも否定できない事実です。

“自分”の両親が生まれる前の

“自分”とはいったいどんなものでしょうか?

“自分”が思い出せる記憶に関するかぎり、

“自分”の両親が生まれる以前は

われわれがそこに存在しなかったことは確実です。

そのとき、たとえそこに何があったにしても、

少なくともわれわれに関するかぎり

そんなことはまったく気にする必要がなかった。

われわれは何を期待する必要もなかったし、

われわれは何を心配する必要もなかった。

そもそも何かを期待する“自分”がいなかった。

何かを心配する“自分”がいなかったわけですから。

要するに、われわれは存在しなかった。

これは誰にも否定できない事実です。

「父母未生以前」どころか、

いまのこの身体が生まれる以前ですら、

“自分”がいなかったのは明らかです。

さぞやすっきりしたものだったでしょう。

しかし、この身体が誕生してから

この惑星で言うところの数年の時間が経過すると、

いつのまにかわれわれは

この身体の所有主になっていて、

“自分”としてこの身体に閉じ込められていた。

見かけの世界におけるこの“自分”が

この身体の誕生後にでっち上げられた

作り話であるのは紛れもない事実です。

これは「誰にも否定できない事実」です。

と思いますよね?(?_?)

ところがどっこい、

ご存知のようにこれは、

ほとんど「万人が否定する事実」でもあります。(*^_^*)

冤罪と言ってこれほど悪質な冤罪はありません。

身に覚えのない罪を着せられた当人が、

必死になってその罪状を自ら主張するようになるのですから。

横から弁護士だか覚者だかが現れて、

「いやあなたはそもそも存在していないのだから

 なにも好んで身に覚えのない罪を被る必要はないのだ」、

と弁護してくれても、

とんでもない、わたしはちゃんとここにいます、

と主張するわけです。

なぜか?

この身体の誕生から数年の間にこの身体という

自己同一化ツールの使い方を完全にマスターして、

いまでは一体化ヨーガの達人になっているからです。

実際は、すべての見かけは

今この瞬間にただこのように起こっているだけです。

ここに誰がいるわけでもない。

ところがわれわれはここに意味を見つけたがる。

たとえば、このpariという現れは

毎週土曜日になるとこうしていそいそとメルマガを書きます。

“自分”ひとりならそんなことやりはしないでしょう。

期待して待ってくれている方が

いるかもしれないと自ら期待するばかりに、

こうして土曜日になると

習慣のリズムが動きはじめるのです。

「感謝」という感情は、

想定された他者の存在への感情だとも言えるでしょう。

他者が存在することによって、

まさに“自分”の存在自体が補強されるからです。

でも事実は、

他者というのは存在しない。

そもそも他者の存在を期待する“自分”自体が

存在していないわけですから。

ただ、この<いま・ここ>に

このような見かけが現れているだけです。

そこにどんな意味もありません。

意味はスクリーン上に投影されている

映画のなかで展開される物語のなかにしかありません。

映画のなかの登場人物は

映画のなかで展開される物語のなかにしかいません。

その映画のなかのそれぞれの登場人物が

映画のなかで展開される物語の文脈のなかの

それぞれの立場と状況に応じて

それぞれの意味を想像しているだけです。

しかし、

映画のなかの

それぞれの登場人物自体が知覚の対象物であり、

それぞれの登場人物自体が織りなす状況自体も

また知覚の対象物なのですから

【見かけ】のあらゆる現れは

形も名前もすべて知覚の対象物です。

では、誰がその形や名前を識別しているのか?

誰がその映画を観ているのか?

空間がそれ自体のなかに映画を照らし出して、

自らその映画を鑑賞しているとでも言うしかない。

まあその空間を<意識>と呼んだリするのでしょう。

その映画に見入ることを「夢を観る」と言うのだとすれば、

夢から覚めたらその夢はどこにも存在しません。

<意識>の他に客観的に存在しているものなど

何ひとつないからです。

実在しているのは唯一

二つ目のない<意識>だけです。

【見かけ】の現れが

それ自体で存在しているという誤解だけが

すべての意味と苦しみを想像(創造)しています。

夢のなかに

この夢を終わらせられる者は存在しません。

夢のなかの登場人物の誰ひとりとして

この夢のなかから抜け出ることはできない。

そもそも夢のなかには【見かけ】以外の

どんな実体も存在していないから。

ただ夢のなかの登場人物が

夢から抜け出す画策にあまり熱心に取り組めない

ということが見かけ上で起こることがあるかもしれない。

夢のなかの登場人物のエネルギーが

あまり思考に向かわなくなることが起こるかもしれない。

何を考えようと、

それはただ生き残りをかけた自我の画策にすぎないことが

自明になってしまうことがあるかもしれない。

なんとなく

あまり熱心に画策もできないというか。(*^_^*)

まあ、起こることになっていることが起こるだけです。

誰の手柄でもありません。

(-||-)

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 あなたは在る。
 ほかのすべては現れにすぎない。
 
 『私は在る』(p421) 
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(-||-)

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 永久的なもの、
 それはあなた自身の存在である。
 真我として在りなさい。
 それが至福である。
 あなたはいつもそれなのである。
 
 『あるがままに』(p58) 
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……。(-_-)

ありがとうございました。<(_ _)>

(-||-)

今日はこんなところで。

……。

m(_ _)m


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■ 2.編集後記:
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思考の範囲がだんだん狭まってくるようです。

存在しないと言われている「無知」が

だんだん狭い範囲でくるくる回っているのか。

先を急ぐ旅でもないのかもしれません。(*^_^*)

おやすみなさい。

<(__)>


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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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  メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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