タントラ秘法の書I 『和尚講話録:空の哲学』から抜粋 |
第一に、あなたの現状は、すべて信じ込みだ。あなたは「自分はこれこれだ」と信じ込んでいる――そのように育てられてきた。そのように条件づけられてきた。それを信じ込んでいる。その「信」によって影響されている。それは悪循環だ。……。 現在、この「信」の現象について盛んに研究がなされている。そして科学は、いろいろ驚くべき結論に到達しようとしている。……。たとえば、偽薬について聞いたことがあるだろう。……。現在こう言われている――何を与えようとも、患者の三割はほとんどすぐに治る。何を与えようともだ。逆症療法なり、自然療法なり、同種療法なり、どんな療法でもだ。何を適用しても、患者の三割はすぐに治る。 その「三割」とは、「信じる人間」だ。みんなの中でも三割の人間は、すぐにでも変容する素質を持っている。いったん信を得れば、たちまちその信が働き始める。全人類の三分の一はたちまち変容できる。何の困難もなく、新しい存在の秩序へと入っていける。問題は、どうやって彼らの中に信を創り出すかだ。いったん信が形成されれば、もはや妨げるものは何もない。 あなたもまた、その幸運な三割の一人かもしれない。ところが人類には大きな不幸が起こっている。その三割の人間が蔑視されているのだ。社会が、教育が、文明が、こぞって彼らを蔑視する――愚かな人間だと決め付ける。彼らには、もっと大きな潜在性がある。彼らには大きな力がある。でも蔑視されている。 その一方、無力な頭人間が持ち上げられている。頭人間は言語や言葉や理性が使えるから持ち上げられる。ところが実際は、彼らはまったく無力だ。内側にある信の世界では何もできない。ただ頭で生きるのみだ。でも彼らは大学を所有し、報道機関を所有している。ある意味で彼らは「主人」だ。そして彼らは、蔑視することにかけてはお手のものだ。何でも蔑視する。 一方、潜在性を持つこの三割は……信じることによって変容できる人々は、それほど口達者ではない。だいたい、理屈や議論は得意ではない。だからこそ信じることができるのだ。それで彼らは反論できない。そして「自分は変だ」と思ってしまう……何かがおかしいと思ってしまう。信じることができる人間は、自分が何だかおかしいと思い始める。一方、疑うことができる人間は、自分が何だか偉いように思う。でも疑いは力ではない。今まで誰一人として、疑いを通じて最奥の存在に到達したり、究極のエクスタシーに到達したことはない。 この技法は、信じることができる人間に有効だ。 全智、全能、遍在を、信じる。 あなたはすでにそれだ。そして信じることによって、あなたを隠していたものすべて、あなたを覆っていたものすべてが、たちまち落ちる。ただ、その三割の人間にも、きっとこれは難しいだろう。彼らもまた条件づけによって、実際にはそうでないことを信じるように仕向けられている。疑うべく条件づけられている。……。 まずこんな実験をやるといい。数日の間、目を閉じ、そしてひたすら「自分では体ではない」と考える。考えるだけでなく、「自分は体ではない」と感じる。そうして目を閉じて座っていれば、距離が生まれる。体はどんどん遠ざかっていく。そしてあなたはどんどん内側に入っていく。そして大きな距離が生まれ、「自分は体ではない」と感じるようになる。「自分は体ではない」と感じたら、次には、「自分は遍在しており、全能で、全知だ……何でも知り、何でもできる」と信じられるようになる。 この全能や全知は、いわゆる知識とは関係ない。それは感覚だ。「自分は知っている」という感覚の爆発だ。(p31-p39) |