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『21世紀への指導原理 OSHO』より

■瓶の中の水


 私たちの地球の外に、この様子を眺めている誰かがいるのだろうか。

 それは海底近くで静かに揺らいでいる海水からは、海面上で騒々しくせめぎあう海水の不安と焦燥が理解できないようなものだったかもしれない。
 あるいは、和田重正先生の『もうひとつの人間観』での比喩を借りるなら、海面に浮かぶ一個の薬瓶の中の水の心境を、外に広がる海水が思いやることができないようなものかもしれない。
 もっとも実際は、瓶の外の海水からはまさに素通しのガラスを通して瓶の中の水の不安は見て取れたのだが、瓶の中の水が自分から外の海水と交わることを望んではいない以上、分かってはいてもどうしようもないことだったのかもしれない。

 けれども海面に浮かぶ瓶の中の水にとっては、大変な緊張と心労の日々だったことも確かだ。
 何しろ、運命に翻弄されながら、できることなら海面の絶頂に向かって這い上らなければならない使命を課され、それと同時にいつ海面下に没してしまいはしないかと絶えず不安におののいていなければならなかったからだ。
 瓶の中の水に、瓶の蓋を取り外すように勧めることができるだろうか。
 いったいその状況にある瓶の中の水に、自分を守っているその瓶の蓋を開ける勇気を出すことが可能だろうか。
 もし瓶の中の水が、そのようなバカげた、途方もない勇気を出すことができたら、瓶の蓋は取り除かれ、それまで水を守っていた瓶という鎧【よろい】は海の中に沈んで行くだろう。
 そのとき、瓶の中にいた水は恐怖を感じるのだろうか。

 瓶の中の水は確かに生きている実体だ。
 それは<意識>とつながっている。
 海面下に落ちていった瓶は、実は虚構の想像上の入れ物にすぎない。
 海面下に落ちていく瓶が恐怖を感じることはありえない。だが、瓶の中の水が、その虚構の瓶に自己同化することによって、中の水は確かに恐怖を感じることができる。
 その瓶に守られて「自分」は存在すると思ってきた中の水にしてみれば、瓶という鎧を脱いでそれまで自分がひたすら落ちることを恐れてきた外の海水と交わることは、恐怖以外の何ものでもなかっただろう。
 しかし瓶が落ちてしまった今、瓶の中の水は瓶に守られた「自分」を主張することはできない。なぜならそのとき、自分は海水そのものになってしまっていたからだ。
 自分は下の方に向かえば安定した海底にまで届いているし、上に向かえばせめぎ合いのドラマを演じている海面で戯れることもできた。
 その海水に心配することが可能だろうか。
 瓶の中にいた水は、ただ瓶の中の水であることを卒業したにすぎない。もともと海水以外に水などあるはずもなかったのだから。瓶の中の水という作りごとのお話の中で、一瞬心配という芝居を演じてみただけだった。

 もともと海面上の一滴の海水が、非常な“自尊心”のゆえに、まわりの水に融け入ることを拒否したとしたら、その一滴はどのような道を辿ることになるのだろうか。
 無論、その一滴は自ら固有の道を歩むことなどできはしないかもしれない。
 その一滴は、ただ波の上がり下がりのままに押し上げられ押し下げられ、海の表面を漂うことだろう。けれども、途方もない“自尊心”のゆえに、けっしてまわりの水に融合することをせず、“自分”という特別の一滴を保持して、どこまでも波の表面にへばりついていれば、いつかその一滴は、めったに起こらないような海の大嵐を、途方もない大きさの波の上下動を体験するかもしれない。
 そして、一滴の飛沫となってとんでもない高みにまで押し上げられるかもしれない。

 一瞬彼は、月光に照らされて見渡す限りの視界の果てまで逆巻き轟き、銀色に荒れ狂う海の姿を垣間みるだろう。
 そして、そのときその一滴は“自分”が海の一部であることを納得し、了解し、感動で打ち震えるかもしれない。
 そのとき、“自分”が知った事実がけっして特別の事実ではなく、ずっと以前に“自尊心”を手放して海中にはいって行った、あの友人が知った事実と同じものであったことを理解するだろう。
 けれどもその一滴は、それまでの自分の苦闘を無駄と思いはしないだろう。
 自分はその苦闘あったがゆえに、この大いなる光景を観た。
 そして自分がその広大な風景の一部であることを知った。
 その広大な光景がなければ自分にはこのことが納得行かなかっただろう。その広大な光景は、自分が必要としたものだった。その意味では、その広大な光景は自分が創り出したものともいえた。
 その一滴は、“自分”を許し、“自分”をいとおしみ、そして安らかにその“自分”を手放すことができただろう。 (p352-355)


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