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『21世紀への指導原理 OSHO』より

舞台裏の独り言H


 その日はアシュラムで昼食を済ませて、一度宿に帰った。
 泊まっていた宿は、朝と夕方の決まった時間しかお湯を使うことができなかった。
 ちょうどその時間はお湯が出ない時間で、冷たい水のシャワーで身体をごしごし洗い、香料の入っていない石鹸で全身を流した。どれほど洗っても、まだ足りないような気がするのだった。
 全身をタオルで拭いて、買ってから今まで一度も手を通していなかったえんじ色のローブを羽織った。それで準備は全部整ったのだが、まだ時間があった。
 何をするでもなく、小さな窓がひとつしかないその薄暗い分厚い壁の部屋の中で独りじっとしていた。同室の彼は出かけているようだった。
 今日が自分の人生にとって非常に重要な日になることは分かっていた。
 ただ、だからといって何をどうできるというわけでもなかった。
 気がつくと、時間がきていた。
 さあ、出かけよう。

 さっそうと町を駆け抜ける力車【リキシャ】の中で、気持ち良い夕方の風に吹かれながら、薄いローブ一枚を纏った身体には変に力が入らなかった。
 陽気な運転手は、まるで初めて見る黄昏の夢のような光景の中をすいすいと移動して行くようだった。

 深まる夕闇の中に、まるで空気のように自然にその白い姿は現れた。
 たくさんのインド人にマラを掛け終わると、今度は数少ない外国人の番だった。
 外国から来た者たちに対しては、五分ほどの言葉が掛けられるのだった。
 やがて、私の番が来た。
 目をつぶってその白い姿の前に進み出る。
“See me.”という言葉が聞こえた。あ、目は開けるのだったか。
 目を開けると、何度も写真で見たあの顔が正面にあった。
 真っ直ぐ私の目を覗き込んで、かたわらの用紙を手に取り何かを書いていた。
 やおらペンを置くと、ゆっくりと私の方に向き直り、私の首にマラが掛けられた。

 白い用紙を手に取って、あの声が聞こえてきた。

「これがあなたの新しい名前だ。パリトーショ。パリトーショとは満足という意味だ」。
 英語に反応した私が、英語を理解すると思われたのかもしれない。かたわらのミーラ(日本人女性の弟子)の通訳が間に合わないような速さで、言葉が話されていくようだった。
 私は、全身を耳にして聴いた。
「……しかし、本当の満足には瞑想を通してしか到達できない。理由もなしに、幸せでいなさい……」

 確かに言葉は語られた。その白い姿は私の手の届く近さにあった。
 けれども、その人はそこにいて、しかもいないようなのだった。
 人生で二度とない、しかもたった二、三分ほどの時間にすら、自分のマインドが普通に動いているのが残念だった。

「ここには、どれ位いられるのかね」
「ひと月です」
「グッド。楽しんでゆきなさい」

“お前は、自分の本当の満足を求めているのだ。それでいい。求めなさい”
 私は、そんなふうに言い当てられたと思った。そして、その通りなのだった。(p199-202)

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